第3話 王様をしばくよ
「ヒエエエエエエエエエエエエエッ!? なんじゃ、なんじゃ! 貴様は何なんじゃアアアアアアアアアアッ!」
男の絶叫が部屋の中に響き渡る。
野太い濁声で叫んだのはこの城の主……国王と呼ばれている人物だった。
場所は先ほど召喚された城。その中にある、王の私室だった。
「誰って……さっき会ったよね? もう忘れちゃったのかな?」
ウータが不思議そうに首を傾げた。
王の部屋にはいくつかの塵の山ができている。
それはこの場にいた王以外の人間……護衛の騎士だったものの残骸だった。
兵士に襲われたことについて王を問い詰めに戻ってきたウータであったが、この部屋に入るや、曲者呼ばわりされて彼らが襲いかかってきた。
仕方がないので塵にしてしまったのだが……それを目の当たりにした国王は混乱しまくっている。
「だ、誰か! 誰かおらぬか!? 侵入者、曲者じゃあああああああああああっ!」
「誰も来ないよ。空間を閉じちゃったからね」
「く、空間……?」
国王が引きつった声を漏らす。
空間に干渉する魔法は存在する。
だが……それを使用することができるのは、伝説級の大賢者だけ。
職業『無職』であるはずの少年にできるわけがなかった。
「ま、まさか何らかの魔法でジョブを偽装していたのか……何という卑劣な……!」
「卑劣なのはそっちじゃないかな? 僕のことを殺そうとしたわけだし」
「い、いや、違う! ワシは何も知らぬ!」
国王が必死な様子で両手を振りながら、助かる方法について模索する。
目の前の少年……名前すらも思い出せない『無職』が特別な力を持っていることは明らかである。
もしもその凶刃が振るわれたら、国王もまた塵となってしまうはず。
「ご、誤解があったのじゃ……話し合おう。話せばわかる……!」
「話せばわかるって……」
それを口にした日本の偉い人は撃たれて死んでいるのだが。
「まあ、でもいいいよ。僕も話し合いに来ただけだから」
「そ、そうなのか……?」
「うん、殺すつもりはなかったよ。そっちから襲いかかってこなければね」
ウータは肩をすくめた。それはまぎれもない本心である。
この部屋にやってきた途端、国王の仲間が襲ってきたので迎撃したが……そうでなければ、穏便に話し合いだけ済ませて去るつもりだった。
「それじゃあ、話し合いだ。その前に……」
「ヒエッ!?」
王の首に触れる。
いつでも、塵にすることができるように。
「嘘をついたら殺すからね。正直に僕の質問に答えてくれ。繰り返すけど……嘘はつかないように」
「わ、わかった……」
「それじゃあ、質問。僕達を召喚した目的は?」
「……侵略してきた魔王を倒してもらうため」
「嘘じゃないね? 嘘だったら……」
「ほ、本当じゃ! 本当に魔王を倒してもらって、この国を救ってもらいたかったんじゃ!」
国王の顔は必死なものであり、嘘をついている様子はない。
「それじゃあ、次の質問。僕達を元の世界に帰す方法を教えてくれ」
「それは……」
「それは?」
「…………知らぬ」
「…………」
「ほ、本当じゃ! 本当に知らぬのじゃ!」
「魔王を倒したら、元の世界に帰れるっていうのは? やっぱり、嘘だったのかな?」
「うぐっ……」
押し黙る国王に、ウータの顔が不機嫌なものになっていく。
いつ殺されてもおかしくない状況に、国王が焦って弁明の言葉を口にする。
「仕方がなかったんじゃ! 勇者が魔王と戦ってくれなければ、この国は滅んでしまう! ワシはこの国の王として、どんな悪事を働いてでも国民を守る義務がある!」
「そのためになら、僕達はどうなっても良いのかな? 竜哉達を騙して戦わせたり、僕を殺したりしても許されると言いたいのかな?」
「それは……」
国王が気まずそうに目を逸らす。
どんな大義名分があったとしても、無関係な人間を巻き込んでも良い理由にはならない。
少なくとも、ウータには目の前の男を殺す理由がある。
「でも……まあ、いっか」
しかし、ウータは国王を殺さない。
殺したところでどうなるわけでもないということは、何とはなしにわかったからだ。
「貴方を殺したらかえって面倒になりそうだから……とりあえず、やめておくね?」
「そ、そうか……わかってくれたのか……」
「だけど……僕の友達におかしなことをしたら許さない」
「…………!」
底冷えのする声で告げると、国王が恐怖に顔を歪める。
別に何かされたというわけではない。
それなのに……体の震えが止まらなくなっている。
例えるのなら、絶対的に勝つことができない天敵を前にしているかのように。
「もしも四人にわずかでも不自由を与えたり、傷つけたりするようなことがあれば……僕は貴方を殺すよ。貴方のお友達も家族も殺す。大好きな国民も全員殺す。わかったかな?」
「わ、わかった……絶対にしないと誓う。だから……」
「うん、それじゃあいいよ……これで許してあげる」
「ぐひぃ……」
国王が奇妙な悲鳴を上げて、パクパクと口を動かす。
その身体が見る見るうちに細くなっていき、肌に深いシワが刻まれる。
まるで一瞬で二十年は年を取ってしまったかのように、国王は一気に老け込んでしまった。
「僕を殺そうとした分。命を取らないだけ、まだ良かったと思ってね」
「おまえ、は……なんなのだ……いったい……なにものなのじゃ……?」
国王が床に倒れて、ゼエゼエと息を吐きながら言ってくる。
答える義理はない……そう締めても良いだろうが、せっかくの機会なので、ウータは改めて名乗ることにした。
「花散ウータ。無職で学生で……邪神をやっているよ」
〇 〇 〇
花散ウータは邪神である。
いつからそうなのかと聞かれたら、生まれる前からずっとである。
かつて、ウータは邪神として時空の狭間を
家族はいない。友人もいない。恋人もいない。
崇拝者はいても、理解者はいない。
止まり木のない孤独な神として、時と空間の流れに身を任せていた。
しかし、ある時、転機が起こった。
それが星辰の巡りなのか、誰かが行った魔術的な儀式の影響なのかはわからない。
自分でも理由がわからぬままに、とある妊婦の身体に胎児として受肉してしまったのだ。
人間になってしまい、最初のうちは困惑した。
受肉した肉体を捨てて、完全な神に戻ろうとしたこともある。
だが……やがて人としての生を受け入れる世になっていた。
どうせ神であった頃も『退屈』という言葉すら忘れてしまうくらい、無意味に時空の狭間を彷徨っていた。
たかが百年か二百年、人として生きても構わないと思ったのだ。
(それは正解だった。世界にとってはどうか知らないけど……少なくとも、僕は人になって良かったと思っている)
国王を軽くしばいたウータは改めて転移をして、自分がやってくる予定だった城下町へとやってきた。
審査やら身分証明やら面倒事を避けるため、最初から町を囲んでいる城門の内側を狙って跳ぶ。
「フシャアアアアアアアッ!」
「おっと、驚かせてゴメンね」
路地裏に眠っていた猫が突如として現れたウータに驚いて、走って逃げていく。
そんな猫の後姿を見送って……誰もいない路地裏で拳を突き上げる。
「よーし、日本に帰る方法を探すぞー!」
神であった頃のウータであったなら、時空を超えて元の世界に帰ることなど容易かっただろう。
だが……今のウータはあくまでも『人間』でしかない。
出来ることといえば……せいぜい、離れた場所に転移したり、触れた人間の時間を数万年ほど進めて塵に還したりするくらいである。
友人と一緒に元の世界に戻るためにも、どうにか方法を探さなければ。
「よーし、やるぞー!」
邪神ウータの異世界生活は始まったばかり。
その生活は決して順風満帆とはいかない。
確実に様々なトラブルに巻き込まれ、力技で解決していくのであろうが……そんな未来は邪神にも予想できないものだった。
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