第2話 裏切られたようなので反撃します


 五人の兵士に護衛されながら、これから城下町とやらに行くことになる。


「わあ、良い眺め」


 城から外に出ると、どうやら高い丘の上に立っているようだ。

 見下ろした先には大きな町があり、その周囲に緑の平原が広がっている。

 さらに、地平線の端には青い海も見えていた。

 道路や電線などが張り巡らされることもなく、科学技術による開発も一切入っていない自然の光景。

 きっと、夜になったら星も綺麗に見えることだろう。


「アレが城下町ですよね? どれくらいの人が住んでいるんですか?」


「…………」


「それと……気になってたんですけど、どうして僕の案内に五人も付いてきてくれたんですか? 護衛にしても、ちょっと多くないですか?」


「……黙って歩け」


 兵士の一人が淡々と言う。

 どうやら、ウータは嫌われているようだ。

 何をしたわけでもないのに、冷たい対応である。


「ム……」


 わずかに顔をしかめながらも、ウータは言われたとおりに兵士について歩いていく。

 しかし、城からある程度の距離を取ったタイミングで、兵士が立ち止まる。


「……この辺りで良いか」


「え?」


「悪く思うなよ。陛下の命令だ」


 兵士が振り返って、腰から剣を抜く。

 驚いて固まっているウータに鈍く光る金属の刃を振り下ろした。


「あ……」


 ウータの胸が深々と斬り裂かれる。

 真っ赤な血が飛び散って、ウータが仰向けに倒れた。


「よし、これで陛下からの命令は完了だ」


「……あの、本当に良かったんですか?」


 血まみれの剣を手にしている兵士に、別の兵士が尋ねた。


「確かに、その少年は勇者としては不適格だったようですけど……だからといって、殺さなくても……」


「仕方がない。勇者達を魔王と戦わせるためだ」


 ウータを殺害して、魔王の手先がやったことにする。

 それが王の命令。兵士達の目的だった。


 国王はどうにかして、ウータ以外の四人を魔王と戦わせようとしていた。

 元の世界に帰るためということを動機として掲げたが……鼻先にぶら下げるニンジンは多いに越したことはない。

 ウータを殺害。魔王の手先がやったと兵士達が証言。

 そして……ウータの友人、勇者ら四人を魔王にぶつける。


「全ては王命だ。受け入れろ」


「はい……わかりました」


 兵士達は渋々ながら、その状況を受け入れる。


「それにしても……勇者の友人だからもう少し粘るかと思っていたが、拍子抜けだったな。やはり『無職』というわけか」


 兵士が倒れているウータをつま先で蹴って、皮肉そうに唇を吊り上げた。


「わざわざ五人も連れてくることはなかったな。これなら、一人だって……」


「良かったかもね。死ぬ人が少なくて済んだのに」


「ッ……!」


 ゾワリと怖気がするような声が響いた。

 兵士達が慌てて声がした場所を見やる。すなわち、倒れているウータの死体に目を向けた。


「ちょっとだけ痛かった。予防接種の注射くらいには。次からは心の準備をしたいから、殺す前に殺すって言って欲しい」


 緊張感のない声で言いながら、ウータが起き上がった。

 何事もなかったかのように立ち上がって、服についた砂を払い落とす。


「テメエ……どうして生きてやがる!?」


 兵士が怒鳴る。

 間違いなく、殺したはずだった。

 これまで何人もの人を斬殺してきたからわかる。

 深々と斬りつけた手応えは、確実に殺した感触だった。


「さあ? 説明する気はないよ」


 見れば、先ほどまであったはずの傷口が消えている。

 血痕も無くなっており、切り裂かれたブレザーすら元通りになっていた。


「そっちが何も説明してくれなかったのに、こっちが説明しなくちゃいけない義務はないよね? 僕、何か間違ったこと言ってるかな?」


「テメエ……『無職』じゃなかったのか?」


「学生だから無職といえば無職だけど? バイトもやってないからね」


「ふざけんじゃねえ! 『無職』に怪我を治すようなスキルが使えるわけねえだろうが!」


 兵士が怒鳴り、再び剣を振り上げた。

 今度こそ、絶対に殺す。

 殺した後は首を切断する。手足もバラバラにしてやる。


 そんなことを考える兵士であったが……その胸部にウータがそっと手を添えた。


「ッ……!」


「よくしゃべるね。死体なのに」


「あ……」


 兵士がか細い声を漏らして、次の瞬間には粉々になった。

 肌も肉も骨も血も……全身を構成するありとあらゆるものが極限まで分解され、ちりとなって地面に落ちる。

 金属製の装備品が塵の山に虚しく埋もれていた。


「なあっ!?」


「嘘だろ! 何が起こった!?」


 兵士達が愕然とした。


 ウータが特に何かをしたようには見えなかった。

 魔法を発動させたようにも、マジックアイテムと呼ばれる特別な道具を使用した様子もない。

 それなのに……仲間の兵士が死んだ。

 粉々になって。塵になるまで分解されて。

 こんなことはあり得ない。あって良いはずがなかった。


「逃げないんだ。友達思いなんだね」


 呆然としている兵士達に見当違いな解釈をして、ウータが次の行動に移る。

 別の兵士の背後へと一瞬で移動して、軽く肩を叩いた。


「ッ……!」


 悲鳴を上げる暇すらなく、二人目の兵士が塵になる。

 そこまできて、ようやく兵士達は気がついた。

 自分達がまさに殺されようとしていることに。


「殺せ! 殺すんだ!」


「やりやがったな……この野郎!」


 二人の兵士が斬りかかってきた。

 やはり訓練された兵士である。連携の取れた動きで、左右からウータに剣を叩きつけようとしてきた。


「うわ、怖いなあ」


 しかし、剣が振り抜かれたときにはウータの姿はない。

 剣を振った剣士の一方……その背後に立っていて、背中にタッチしていた。


「だからさ、殺すのならそう言ってよ。急に剣を振り回されるとビックリするからさ」


「しまっ……」


「僕は殺すよ。はい、ちゃんと言った」


 三人目の兵士が塵になった。

 ウータを攻撃したもう一方の兵士が目を血走らせ、怒声を発する。


「よくも、よくも……そいつは俺のダチだああああああああああああっ!」


「あっそ」


「ッ……!」


 怒りに任せて、再び攻撃しようとする兵士であったが……剣を振り上げるよりも先に、ウータに触れられてしまった。

 四人目の兵士が塵となる。地面に落ちて、親友であったはずの兵士の残骸と混じり合う。


「あ、ああ……そんな……」


 最後に残された兵士が尻もちをつき、後ずさる。

 自分達に与えられた任務は『無職』の少年を殺すだけだったはず。

 それなのに……どうして、自分達の方が殺されているのだ。


「夢だ……こんなの。悪い夢に決まって……」


「うん、残念だけど現実みたいだよ?」


「ヒイッ!」


 またしても、ウータが一瞬で移動する。

 尻もちをついた兵士の眼前、手を伸ばせば届くほどの距離に。


「僕も悪夢であってもらいたいよ。異世界に召喚されちゃうなんてね……今晩、視たいテレビがあったんだけどな」


「お、お前っ……何なんだよ、どうしてこんなこと出来るんだよ……!」


「どうしてって……うーん、僕だから?」


「答えになってねえ!」


 兵士が涙と鼻水で顔をグチャグチャにしながら、必死な様子で泣き叫ぶ。


「た、助けてくれ! 殺さないでくれよお!」


「君だけ殺さないのは不公平じゃないかなあ?」


「俺は反対だったんだ……やりたくなかった。だけど、無理やり押しつけられて……! 俺には妻と生まれたばかりの子供がいるんだよ……こんな所で、死ぬわけにはいかねえんだよお……!」


「うーん……そう言われると困っちゃうなあ。嫌なこと言わないで欲しいね」


 ウータは考え込む。

 そういえば……目の前の兵士はウータのことを本当に殺すべきだったのか、他の兵士に訊ねていた。

 反対だったというのは、本当なのだろう。


「うーん、えーと……困るなあ。こういうとき、竜哉とかだったらどうするんだろ?」


 ウータが考え込み、頭を抱える。

 いきなり、幼馴染と離れてしまった弊害が出てしまった。

 だからと言って、「元の世界に帰る方法を探す」と出てきてしまった手前、どうするべきか教えてもらうために戻るのも格好悪い。


「うーん、うーん……」


「…………!」


 葛藤しているウータの姿に、兵士は生きるチャンスを見出した。

 落ちていた剣にそっと手を伸ばし……握りしめる。


「うあああああああああああああっ!」


「えっ?」


「死ね、死にやがれ……!」


 ウータの胸に剣が突き刺さる。

 胸から大量の鮮血が流れ落ち、口からもゴポリと血の泡が出た。

 間違いなく、心臓を貫いている。

 今度こそ。絶対に。確実に……殺しているはず。


「俺は……生きるんだ。死ぬわけにはいかねえんだ……子供が、妻が……!」


「ああ、良かった。そっちは嘘じゃなかったんだね」


「へ……?」


 兵士の肩が掴まれる。

 顔を上げると……そこに菩薩のような穏やかな笑みを浮かべた少年の顔がある。


「もしも、奥さんと子供のことが嘘だったら、僕はタダの間抜けで終わるところだったよ……嘘じゃなくて良かった」


「あ、ああ……」


「それじゃあ、さようなら」


 力を発動させると、最後の兵士が塵になった。

 ウータ以外に誰もいなくなった道に、兵士達の持ち物と塵の山だけが残っている。


「さて……行こっかな」


 このまま城下町に下りてもいいが……その前に、やることができてしまった。

 ウータがパチリと指を鳴らすと、その姿が跡形もなくかき消えたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る