さよなら夢現列車

偽物

Trancetrain will be never ending

気がつくと駅のホームに立っていた。


そのホームに人の気配はなく、不気味な静けさと嫌な冷たい空気が流れていた。


…どこへ行こうとしてたんだっけ。


ふと駅名の書かれた看板に目をやった。


十一ツ谷駅と書いてある。


十一ツ谷駅…十一ツ谷…十一…?


「なんか多くね?」


そう呟いたのは友人の染川シオ。いつの間にか俺のすぐ横に並んでいる。


「何が?」


「いや、なんか今日人多くねって。いつもならこの時間はまだサラリーマンも会社にいるはずだろ?」


確かに、言われてみると今日は妙に人が多い。


駅のホームは人々の話し声や歩く音で波を成すようにどよめいていた。


「気のせいじゃない?」


シオの横には同じく友人の藤野サガミが立っていた。


「そうか?」


「たかだか10人と少しぐらいしかいないじゃない。」


確かに、言われてみればいつもと同じぐらいのようにも感じてきた。


「アキ君?もう電車来てるよ?早く乗ろう。」


反対をみるとそこには幼馴染の奥田タマがいた。


タマが指す先に目線を送ると、そこにはいつの間にか電車が止まっていた。


すでに開いてる扉の中にはもうシオとサガミが立っていた。


「はやく乗れよ、置いてかれるぞ。」


あぁ、と曖昧な返事を返しタマと一緒に電車に乗り込む。


プシュウと機械的な音を立てながら、電車の扉が閉じると、やがて電車はゆっくり加速しながら発進しだした。


4人横並びでいつもの席に座る。


電車のガタンガタンという騒音ながらも心地の良い音に耳を傾けながら電車に揺られる。


「電車って便利だよなぁ」


突然シオが1人口を開いた。


そりゃね、とサガミが適当な返事を返す。


「だって考えてみろよ、こんな速い速度で同時に何百人も運ぶんだぜ?めちゃくちゃすごいよな。」


そう言われ、改めて窓の外に流れていく街の景色を見ると確かに何か心に来るものがある。


「でも電車って同じ道しか走れなくない?結局家までバス乗らなきゃいけないし。そんなに便利でもないでしょ。」


サガミが冷たく反論した。


「…お前口答えしないと死ぬ病気かよ」


「ほんとのこと言っただけ」


シオとサガミがバチバチ火柱を立てる。


まあまあ、とそれをタマがたしなめる。いつもの流れだ。


そんな三人を横目に、なんの気無しに道路を走っているバスを見た。


バスに乗っている老婆と目が合った。


どこか人間味を感じないその表情には気味の悪さを感じる。


目を逸らそうと運転席の方を見ると運転手とも目が合うことに気がつく。


いや、違う。バスに乗っている人間全員と目が合う。


全員その顔に生気はなくただじっとこちらを見つめているのだ。


「うわぁぁあああ!!」


思わず声を出し、立ち上がる。


三人がキョトンとした顔で俺を見る。


「アキ君?どうしたの?」


「い、いや…その…なんか電車の速さを実感してた…みたいな…」


なんだそれ、とシオが笑う。


恐る恐るもう一度外を見るとそこにはもうバスは無かった。


ふう、と大きく息をつき、もう一度席に座ろうとしたとき、サガミが何かに気づいたかのように突然立ち上がった。


「…なんかほんとに電車速くない?」


「だろ?だから言ってんのに…」


「いや、そうじゃなくて。いつもこんなスピード出てたっけ?」


「…え?」


三人が声を揃えた。


外を見ると確かにいつもよりスピードがある。


しかもますます加速していっているようにも感じる。


ガタンッ!!と大きな音を電車が立て、きゃあとタマが悲鳴を上げる。


電車の心地の良かったはずのガタンガタンという音はドンドンと大きくなっていく。


やがて車内の明かりが点滅し始めた。


いっそう電車の揺れは激しくなっていく


「何かに掴まれ!!!」


そう叫んだのも束の間、大きな音とともに体は宙に投げ出され、その後すぐに激しい衝撃を体に感じた。



「うわぁぁああ!!!」


…足が地面に触れる感触があった。


あたりはついさっきまで見ていた景色に戻っている。


…駅のホームだ。


自分の呼吸が荒くなっている。


今のは…夢…?


あたりに人はいない。


駅の看板を見ると、そこには十ツ谷駅と書かれている。


なにか思考をしようとした瞬間、電車のドアが開く音がした。


「立川、はやく乗れよ。」


中にはシオとサガミとタマが乗っていた。


いつの間にか夢を見ていたのか…


一度深く息を吸ってからまた電車に乗り込んだ。


やがて電車が走り始めると俺達はいつもの席に座った。


「アキ君なんか顔色悪いよ?大丈夫?」


タマは俺の様子がおかしいことに気づいたようだ。


「いや…なんか悪夢を見てたみたいでさ、電車がめっちゃ加速して止まらなくなるっていう。またタマが死ぬのかと思って…夢で良かった。」


「…またって、もしかして昨日ゲームで私だけ死んだせいでクリアできなかったのまだ恨んでるの?」


タマは笑いながらそう言った。


「そうそう、今日こそ絶対4人でクリアするからな」


俺も笑いながらそう返した。


「ていうか立川も大剣使うのやめろよ!お前が馬鹿みたいに振り上げるからすぐふっ飛ばされるんだよ!」


シオが話に入ってきた。


「ごめんって」


やっぱりみんなでこうして平和に過ごしてる時間が一番好きだ。


「ていうか立川の悪夢さ、こないだみんなでジェットコースター乗ったせいじゃね?立川ガチでトラウマになってたじゃん。」


「…なるほど?」


通りで妙にリアリティもあったわけだ…というか今考えたらあの世界色々おかしかったな。


まあ夢の中にいるときはそこが現実だって思い込むもんだよな。


そんな話をシオとしていると突然サガミが小さく悲鳴を上げた。


視線の先へと目線を送る。


「ゾンビ?!?!?!」


現実でゾンビを見たことはないが、その姿を見てそれがゾンビであることはすぐにわかった。


「に…逃げろ…!!!」


俺達は慌てて後方車両へと逃げていく。


ぞろぞろと大量のゾンビがまるで液体のように流れ込んでくる。


「きゃあ!」


悲鳴が聞こえた方をみるとタマが転んでいた。


「大丈夫か?!」


「足…ひねっちゃった…」


「クソっ…!」


ふと後ろを振り返るとそこにもいつの間にかゾンビがいた。


前と後ろからいっせいにゾンビが飛びかかってくる。



「うわぁぁぁぁああああ!!!」


思わず目を閉じた…が痛みは無い。


恐る恐る目開いた。


俺はまたいつの間にかいつものホームに立っている。


「…また夢かよ。」


「立川、はやく乗れよ!」


電車の中からシオが呼ぶので、素直に電車に乗り込む。


やがて電車は走り始め、俺達は席に座る。


まさか二重に夢を見ていたとは…


「アキ君?顔色悪いね?」


タマがまた心配してくれている。


「…あぁ…悪夢を見てたみたい。」


「もしかしてゾンビにでも襲われたのか?」


シオがニヤニヤと笑みを浮かべている。


「え…そうだけど…なんでわかった?」


「先週みんなでゾンビ映画見たじゃん。絶対それで悪夢見るだろうなって思ってたんだよ」


シオが大声で笑った。


通りでゾンビのデザインが見覚えがあると思ったんだ。


普通ぱっと見で化物見てもすぐにゾンビとは思わないもんな。


はぁ、と大きなため息をついたのも束の間だった。


アサルトライフルを武装した男数人が隣の車両から弾を乱射しながら入ってきた。


「もうなんなんだよ!!!」


ちょっとぐらい落ち着く時間をくれてもいいんじゃないか?!


銃声が聞こえ、すぐに座席の横に隠れる。


しかしすぐにまたタマの悲鳴が聞こえた。


嫌な予感しかしない。


少しだけ覗きこむと、すでに力の抜けてしまったタマの体が血を流してそこに倒れていた。


「…」


夢とか、現実とか、そういうことを考える余裕なんて無かった。


ただタマが殺されたという今この世界にある事実が許せなかった。


怒りのままに武装した男に突っ込む。


銃のバレルを左手で掴みそのまま左脇で銃ごと男の右腕を挟む。


銃口を残りの男に向け無理やり引き金を引き、男たちを撃ち殺す。


銃のセーフティをオンにし男の股間を肘で思い切り殴った。


男が悶絶している隙に殺した男の銃を拾い、そのまま痛みに苦しむ男を撃ち殺した。


息が荒くなっている。


ふとタマの方を見た。血溜まりは更に広がっている。


もう死んでることがすぐにわかってしまった。


膝を床につき、涙をボロボロ零す。


…いや、これは現実じゃない。


きっとまた死ねばこの悪夢から目覚められるはず。


…でもほんとに現実だったら?


そんなはずない、流石にこの状況は非現実的すぎる。


それに、どうせタマはこの世界では死んでしまっているんだ。


…生きてたって仕方ない。


額に銃口を突きつけ、アサルトライフルの引き金を静かに引いた。



気がつくと駅のホームにいた。


「夢…だった…。」


多分今のはFPSのやりすぎが原因だろうな。


…というか、今俺がいるここは現実世界なのか?


ふと駅の看板を見た。


八ツ谷駅と書かれている。


「おい立川!早く乗れよ!」


…電車の中で呼ぶシオの後ろを覗き込むと、そこにはタマがいた。


「生きてる…ならまあ…いいか…。」


電車に乗り込んだ。


走り始める、座る。


「…もしここが夢の中なら空でも飛べればいいのにな。」


「ん?立川が妄想話だなんて珍しいな!うーん…俺ならエロいことめっちゃするかな!」


「…あはは。」


タマが乾いた笑い声を出した。


……なんだろう、この何かもの足りない感じは。


「…タマはもしここが夢の中なら何したい?」


「私?うーん…まあ…いつも通りみんなと過ごしたいかな。ずっとみんなと一緒にいれたら幸せだよね。」


「…だな。」


やがてまた電車に異常が起き始めた。


「水…?!」


なんと今度は電車のドアの隙間から大量の水が流れ込んできた。


二人は騒いでいたが、俺は至って冷静だった。


間違いなくこれは夢の中。まだ俺は目覚めていない。


なら流れのままに溺れ死ねば目覚められるってわけだ。


それでもタマの溺れる姿は見たくない。静かに俺は目を閉じた。


あぁ、早くみんながいる楽しい現実世界へ帰りたい。



…よな?



駅のホーム。


やっぱり夢だった。


ここも夢なのだろうか。


なんとなく夢な気はするけども、万が一があるから死ぬのはもう少ししてからにしよう。


気づくとそこにはまた電車がすでに止まっていた。


「立川!早く!」


乗る、走り始める、座る。


「顔色悪いね?アキ君大丈夫?」


タマの優しい声。


「さっきから長い悪夢を見ているんだ…さっきは溺れて死んだ。」


…何が原因で溺れる夢を見たんだ?


「あー、あの日雨降ってたもんな。それのせいじゃね?」


シオが口を挟む。


「…あの日?」


「そりゃあ…」


シオが話している途中で激しく雷が鳴り、肝心な所は聞き取れなかった。


雷の光で黄色い影が照らされる。


「うわぁ!!なんでこんなところに虎が?!?!」


これは…多分動物園に行ったからだな。


二人の悲鳴を聞きながら俺は頭から食われた。



何度も見た駅のホーム。


そろそろ気が狂いそうだ。


駅の看板には六ツ谷駅と書かれていた。


…2つぐらい多いような気がする。


「アキ君?」


名前を呼ばれ振り返るとそこにはタマがいた。


「電車乗ろ?」


「…あ…ああ…うん。」


さっきから誰かがいないような気がする。まだ夢の中にいるせいだろうか。


二人で電車に乗り込むと、やがて電車は走り始めた。


二人でいつもの席に並んで座った。


「…今日暑いね。」


「…夏だからな。」


外の雨はより強くなっている。


「…ここも、現実じゃないんだろ。」


「…え?」


確か今は冬だったはずだ。


「多分…もうすぐ現実に着くから。待っててね。タマ。」


「え…?…うん。」


気持ちが悪いほどに車内は静かだった。


「…俺、タマのこと好きだよ。」


「うん…」


返事は素っ気なかった。


「…言ってみたかっただけ。」


「うん…」


気まずい時間が流れていく。


「…なんか…暑いな。」


「まあ…火事起きてるし。」


横を見ると火が車内に回り始めていた。


「この悪夢は…何が原因なんだろ。」


「…私の家が燃えたことじゃない?」


「…」



「…え?」


思わずタマの方を向いたがそこにタマはもういなかった。


気がつくと俺は駅のホームに立っていた。


真夜中の駅のホームは弱々しく揺れる蛍光灯に照らされている。


周囲に人の気配はない。


誰かが話しかけてくることもない。


看板を見た。五ツ谷駅と書いてある。


「…一つ多いな。」


現実の駅名は四ツ谷駅。


ここはまだ夢の中だ。


気がつくと電車が止まっていた。強い光がドアから溢れる。


誰も俺を呼ぶことはなかった。


俺は静かに電車に乗り込んだ。


地面に影が落ちていた。


グチャグチャになったタマの死体があった。


「…タマ。もうすぐ会えるからな。」


プシュウと機械的な音を立てながら、電車の扉が閉じると、やがて電車はゆっくり加速しながら発進しだした。


1人、いつもの席に座る。


不意に眠気のようなものを感じ、目を閉じる。



閉じたまぶたの向こうから赤色の光を感じた。


ゆっくりと目を開く。


駅のホームに立っていた。


太陽はすでに沈み始め、オレンジ色の光がギラギラと目に刺さる。


看板を見た。四ツ谷駅と書かれている。


…やっと起きれたのか…?それともまだ…


「大丈夫?顔色悪いよ?」


すぐに声の聞こえた方へ視線を向けた。


そこにはサガミがいた。


隣にはシオもいる。


「ほんとだよ、悪夢でも見てたのか?」


見慣れた光景に肩を下ろす。


「…何重も何重も悪夢を見てたんだ…」


「そんなことあるのね…」


「…な。」


どこか二人によそよそしさを感じる。


「そうだ、タマはどこにいるんだ?」


俺がそう口にすると二人は表情を暗くした。


「…何言ってんだよお前。」


「…え?」


「タマは…半年前に死んだだろ。」


「…は?」


何を言ってるんだこいつは?


「…8月に家が燃えて両親が死んだんだよ。ショックで3日後タマは駅で自殺した。」


「は…?いや、何言ってんだよ…だって…」


シオが俺の肩を優しく掴む。


「いや、辛い気持ちはわかるよ…立川、お前好きだったんだよな、タマのこと。でも俺達は…」


肩を掴んだ腕を払った。


「いや、だから違くて」


「立川!」


シオが少し声を荒げる。


「…いや、タマならそこにいるじゃん。」


「…え?」


自分が指す先、電車の中でタマが立っている。


「アキ君?早く乗りなよ。」


優しい笑顔。ずっと会いたかった。


「うん、今行くよ。」


歩みを進める。


「おい立川!!!早まるな!!!」


やっとまたタマに会える。


「アキ!!!!」


やっとこの悪夢から目覚められる。


体に強い衝撃が走った。

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