第2話

店長の後ろに着いていき、『Bar Moon Light』とチューブ線で作られた店の戸をくぐる。営業前の店は、明かりすらついておらず、仄暗い空間だった。


「適当な席に座ってちょうだい。まぁ、うちカウンターしかないんだけど」


買い物袋を床に置き、ガキを抱え席に座らせ、俺はその隣の席に座った。ちょこんと座ったその姿は、背中をまっすぐにして座っている。


「営業時間前だからちょっとした物しか出せないけど。はい、これ」


机の上には、小袋に入ったきのこの形をしたチョコレート菓子。隣には、グラスに入った琥珀色のウイスキー。


手持ち無沙汰になっていた少女の方を見てみると、店長がシェーカーを振り、何かを準備していた。出来上がったそれを、グラスに注ぎ、少女の前に置いた。


「はい、どうぞ」


「店長、これ……」


「大丈夫よ。これノンアルコールだから」


「それならいいか……」


「いただきます」


少女はグラスを傾け、一口含む。今までちゃんと顔を見てなかったが、それでもわかる。笑っている。


「ごちそうさまでした」


「あらあら、ありがとう」


「このカクテル、名前はなんというのでしょうか?」


「これ?これはシンデレラ。カクテル言葉はたしか……『夢みる少女』だったかしら」


「夢みる少女……なるほど、とてもおいしかったです」


「そんなに言わなくてもいいのよ」


「おいしいものにはおいしいという主義ですので」


「難しい言葉を使うのね〜……フフッ、ありがとう」


俺は、きのこの形をしたチョコレート菓子を一つ口の中に入れた。口の中で咀嚼し、ウイスキーで口の中を洗うようにして飲み干す。


度数の高い、アルコール独特のカァっとなるようなものを感じながら、頭がふんわりとした感覚に陥った。


「店長」


「あら何かしら」


「おかわりください」


「ダメよ。あなた元々アルコール弱いんだから水にしなさい」


「そう言わずに」


「だーめ」


ドンっと置かれたそれは炭酸水。それを一気に飲み干すと、急にトイレが近くなった。


「店長、すいません。トイレ借ります」


「はいはい、いってらっしゃい」


◇◇◇


「ふぅー、スッキリした。ありがとうございました」


「別にいいのよ〜。店開ける前に掃除はちゃんとしてるし」


カウンターへ戻り、席に座る。トイレを済ませてくると、多少気分は良くなった。


「人間とは大変なのですね」


「そうね……それでもこの人の場合、溺れてないからまだマシなほうなのよね」


「おぼれる?水にですか?」


「いいえ、酒に、よ。人は何かしら自分に弱いところがあると、酒に逃げる生き物なの」


「そういうものなのですか」


「ええ、ただそれの状況を見ているだけにするか、いい感じに踏みとどまらせるか。それが店をもつものとして大事だと思うのよね」


「なるほど……」


「どう?もう一杯」


「いただきます。……と言いたいところですが、お金がなくてですね」


「そこは大丈夫よ。この人の付けにしとくから」


「それではいただきましょう」



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