第6話 天使と商人-②
この少女と会うのはこれで3回目だった。この都市を訪れるたびに会いにくる、言わば常連なのだが。自分にとっては厄介な悪夢となっている。
「シロ・・・さん。今回は、何にいたします」
俺はそう言って、馬車に積んでいた荷の蓋を開ける。中には前述した通り香辛料と、ガラスでできた骨董品があった。
「他の人と喋る時もそんな風に喋るの?もっと商人っぽくさ、元気溌溂と話してほしいなー。シロちゃんって呼んでもいいんだよ」
まるで駄々っ子のように猫撫で声でお願いするシロさん。正直、自身の胆力ではもう限界に近かった。しかし、大陸全土の旅を夢とする一人の商人として、越えなければいけない壁だった。
「・・・えー、あー、ンンッ‼︎」
大袈裟に咳をした後、周りに気取られない程度に商人としての役を尽力する。
「今回持ってきたのは他大陸からの香辛料とガラス細工でありまして、ここ覇国じゃ探しても見つからない物ばかりでしてね。船で二十一日かかります龍の国からの輸入品。食の都、龍国の料理人がこよなく愛するスパイスでして、選ばれた土壌と水、確かな剪定にて栽培がなされる特級品です。肉に魚になんでも合います。お一つ如何でしょう?」
試食用に仕分けていた小さめの木樽から香辛料を数種類取り出し、それをシロさんの手のひらに置いていく。
それを何の躊躇もなく、シロさんは口に入れた。
「そんな簡単に食べないでくれ、毒なんかが入ってたらどうするんだ‼︎」と叫びたくなる気持ちをグッと堪えた。品質管理はしっかりしてる・・・はずだ、多分。だから大丈夫・・・だと思う・・・知らんけど。
「どうです?」
「うん、美味しい・・・かも。でもわたし料理しないしなー」
「もちろんレシピも用意してますよ。ただこの香辛料は料理をなされない方にも注目していただきたい。香辛料としてはまだ大陸に広がっていない物なので、例えば、下賜品や献上品としても使われますし、配合によっては漢方・・・薬品にもなります」
香辛料は潜在的買い手の幅が広かった。青果露店の主人や料理人はもちろん、領主など高位を要するもの、エセではあるが薬剤を扱う人間にも売れる時がある。
少しずつだが勢いがついてきた、商人としての熱と言ってもいい。
物の売るとき自分が大事にしているのは、「買い手を作り出すこと」だった。自分という売り手と、顧客という買い手。買い手は見つけて捕まえるだけでは不十分だった。物を売る時、「これ欲しい人いる?」と民衆に語りかけ、その中から手をあげた人に物を売るだけでは商人はやってられない。
人は自分の欲しい物さえ分からない。必要になってくる物も好きな物もよく分かっていないのが普通なのだ。だから民衆に買うメリットを示して、購買意欲を掘り起こす。
『顧客の創造』・・・だったか?自分に商人としての生き方を教えてくれた人は、もっと細かい事を含めてそんな風に言っていた。もう連絡も取れないけど、あの人の能面じみた笑顔は今でも夢に出てくる。
「さらにですが、この都市に飲食店を開くときにも使えるかもしれません。『龍の国』の食事は巷では流行していますが、本格的な香辛料や調理を用いた店はなかなかありません。香辛料を持続的に運ぶツテはあるので、繁盛店の実現に一役買ってくれるかもしれませんよ」
言うよりも飲食店を開いて繁盛させることは難しいが、そこは商人として客をヨイショしておく。
まだ大陸は平定してから八年近くしか経っていない、まだ自国の統制を図っている途中で他大陸の料理を扱う店を出すことは文化文明の統制に傷をつけることだと反感を買ってしまうと考える人はいるかもしれないが、ここ「覇の国」でその心配はなかった。
「覇の国」建国の礎を築いた人は多文化を重んじる人だった。現在の天使、この地を根城にする雲上人、ウィスパー・サンシャイン閣下のことだ。
『ウィスパー・サンシャイン』、天使の中でも中心的な人物だ。身分や出土を問わずに優秀な人間を雇用し、他とは一線を画す軍団を作り上げることで、名も無き山賊から成り上がりをした人だ。その時の名残は、この地の文化として今でも根強く残っていたし、大宰相様は龍の国に対して驚くほど寛容な方だと伝えられている。
「あのシロさん・・・」
「ん?」
「なんでウィスパー様は龍国に対してお優しいとか・・・分かったりしません?」
「さぁ?」
さぁ?ですか、そうですか。分かってはいたが、この少女からウィスパー様のお話を聞けることは叶わないだろう。もし聞けていれば、新しい商売の種になっていただろうに。
「でもいいね。スパイスって。思ったよりも使い道あるんだ」
「そうでしょう。いかがしましょう?量り売りもしているので、おっしゃっていただければ小包に入れますよ」
「うん、いいね。香辛料は後で買うにして、ガラス工芸品ってのは何かな?」
「お見せしましょうか?」
香辛料とガラス工芸品は客層が違うので同じ馬車に乗せて売るには非効率だったが、どこで何が売れるのか分からないのもあり、港で見たときに売れると判断した物品を仕入れて内地で捌くといった、手探りで飯種を探すことも行っていた。
木箱を開けて一つのガラス工芸品を布と一緒に取り出す。商人として内地を渡り歩いてきたが、これ以上のガラス工芸にはお目にかかったことがない。間違いなく売れると判断し仕入れに至ったものだった。
布が取り払われて工芸品に日の光が当たる。
「綺麗」
少女の赤色の瞳が工芸品を一直線に捉えていた。
そのガラス工芸品は、壺の形をしており、壺の腹の部位に小さな切れ込みが入っており、それが日の光を乱反射していた。壺の中に水を入れれば日の光も相まって真珠のような七色の光沢を見せるといった品物だった。
「うん、欲しい。これ買う。買わせて。いくらかな?」
「そうですね、まだいくつもあるのでタダ・・・」
無料でいいですよ。とそう語る前に、少女の眼がギラリと光った。その敵意を感じてすぐに口をつぐむ。
「・・・タダっていうのもなんですし、そうですね3万ってのはどうでしょう?」
「いいの?これぐらいの品なら原価ギリギリじゃない?」
「いえ、お得意様ですし、まあそれぐらいで。周りに人も集まってきていい感じに客になりそうな人もいますからね」
「えー、なんかやだな、ソレ」
どうしろってんだ、と顔を顰めたくなった。
シロさんは、初めて会った日から常に俺に対等を求めてきた。その願いを断ることもできず、今でも取引を行ってしまっている。少女の懐には金は唸るほどあるだろうからと非等に値を釣り上げることもできないし、無料であげることも拒むのだ。なんともやり辛い。
あと何で原価がわかるんだよ⁈
「それ全部わたしに頂戴、もちろんお金は払わないよ」。などと言われても号泣するが断れる身分に自分は立っていない。一介の商人ではどうにもならんぐらいの権力、それをこの少女は持っていた。
なのにこの子はそれを使わない。その器量を自分は測りかねている。
「そーだな。じゃあ、さっきの香辛料と抱き合わせで安くしてもらおっかな」
「なるほど了解です」
「うん、香辛料は樽二つちょうだい」
「樽二つ⁈・・・ですか?もっと小分けにできますよ?」
「いいよ、使うし、使えるから」
店でも開くのかっていうぐらいの量だ?と目の前の少女を見つめた。店でさえ瓶詰めで一月は保つのに、それを樽で購入するのは異様な買い方だった。
しかし、これ以上説得しても意味がないので折れるしかなかった。
「分かりました。樽二つですね」
「うん、あそこに馬車があるからあれに積んでもらっていい?」
「・・・・・・とんでもなく準備がいいんですね」
まるでこうなることを見越していたように、荷運び用の馬車が道脇に寄せられていた。馬車の車輪にメーターが付いていることから貸し馬車だと推測できた。
「うん、結構いい買い物ができると思ったからね」
そう少女は得意げに鼻を鳴らした。やべー子供だな、と感心してしまう。
「結構大量に買ったから、値段は安めに設定してもらっていいよね。港の仕入れ値に1・4倍した値段で買い取らせてもらっていいかな?それで、ガラス壺の方はさっき言った仕入れ値に色をつけて4万で買い取らせてもらうよ。もちろん仕入れ先はルールさんだって触れ込んで回るよ」
にっこりと微笑んで、想定よりもかなり減額された状態で買い取り値を出してきた。仕入れ値の1・4倍。正直、売り場所さえ良ければ2〜3倍の値段で売れる品だ。ガラス壺はさらに値が張る。それを1・4倍、適正価格ではあったがその最低ラインだ。とんでもなくしつこい形で値切りに値切られたら応じてしまうだろう値だ。
香辛料は合計5樽買ってきた。2樽をここで1・4倍にして売り捌ければ、往復の旅費は取れるし、大まかな在庫が捌ける。この都市に滞在できる期間も限られているので在庫が軽くなるのはありがたい。だがこの地に到着したこんな序盤で、この低価格で売ってしまうのはいかがなものか。
しばらく頭を悩ませているとき。
「香辛料を高値で買ってくれそうな場所は紹介するよ。この都市の東側なら何軒もありそうだし、そこを回ればスムーズに売れると思うよ。その情報も付け足すね」
少女はそう付け足した、
子供とは思わない方がいい。相手は自分の想像もつかないような超常の存在である。
売るどうか迷っている時に突如として目の前に吊り下げられた、有益な情報。
言い出されるタイミングは完璧だった。
買い取り値、情報の価値、樽の残量、宿泊費用。この都市で起こる出費と収入を予想しながら、頭の中の算盤を弾いていく。元々この少女の言いなりになることは出会った時から決まっていたことだが、最終的には意外といい商談としてまとまったことに頬を緩ませてしまった。
「売ります。信頼しますよ、その情報」
「もち、もち。信頼していいよ。私のだもん」
二人して握手を交わした。この内容だったら、彼女の出生に関わらず最後には頷いていただろう。そんな商談だった。
買い取りの交渉が終わり、香辛料とガラス壺は少女の馬車に、お金と店の情報が書かれた紙はオレの懐へと渡った。
小包に入っている銀貨の枚数を数える。この大陸では紙幣と貨幣の両方が使用されている。今は帝国による紙幣の統一化が進んでいるが、国家統一前に流通していた金銀の硬貨が使用されることは珍しくなかった。旧諸国製の金貨が一万ゼニー、銀貨が千ゼニーとして取引されることが一般的だ。
「・・・はい、確認しました。お買い上げありがとうございます」
「どもー」
少女は商談終了を満面の笑みで受け応えると、樽を運ぶための小型馬車に運び込む準備を始める。
まだ終わったわけではないが、嵐が過ぎ去っていくような感覚に見舞われた。今回も粗相をせずに終わるに至ったことを心の底から安堵する。
「じゃあルールさん、私の荷車まで運んでもらっていい?」
「ええ、もちろん」
少女の用意していた荷台まで樽を運んでいく。先ほどに受け取った銀貨だらけの小包にを懐にしまったのだが、動くたびにジャラジャラと音を立てて跳ねた。
前回のシロさんと取引をしたときもそうだった。会計の際には金貨でも紙幣でもなく銀貨を使って支払いを行なった。持ち運びにも難を示してしまうだろうと思い『なぜ銀貨を使うのか?』と聞いた時がある。
その時の返答は『自分で稼いだお金だから』だった。紙幣を使うような新規事業を展開している場所で働くのではなく。ゴミを収集して、そのゴミを売ることで貨幣を得ているのだという。
最初聞いた時は信じられなかった。この人がそんなことをする必要がないし、意味もあるとは思えなかった。
ゴミを漁り、それの買い手を探して売る。ランプに使う油を食料販売店のゴミから漁り。建材に使う屑鉄を別の建設現場のゴミから漁る。その様子を少女は誇らしげに語った。
スゴイというか、ヤバイというか。その話を聞いた時は、ほんと普通に引いた、ドン引きである。どんな表情していいか分かんないから顔面の筋肉痙攣しちゃったし。
生き方が歴戦の浮浪者のそれである。
銀貨の枚数が少女の努力を物語る。一回の仕事では大金を稼げないので、何回も試行して銀貨を貯めていく姿が目にみえる。不可解であったが、少女はそんな泥臭い努力というのが好きなようだった。決して親兄弟の威光を使おうとは思っていない。他人である自分からしてみれば勿体ないとは思う。しかしそれが彼女の信条なのだろう。
香辛料の入った樽を二つ、ガラス細工の入った木箱を一つ。少女の荷台へと運び終わる。
「ルールさん、ありがとね」
少女は荷台の端に手を置くと、一足で荷台の上へと飛び乗った。少女の着ているマントが空気によってなびく。御淑やかさ、品位など気にも留めない。それなのに彼女から漂う力強さには品があるように見えた。
「最後に聞いて良いですか?」
「ん、なに?」
馬の手綱を引こうとする彼女を引き留める。
「こんなに香辛料買ってどうするんですか?参考までに聞かせてもらえたらな、と」
「あー、そういえば言ってなかったね」
彼女は馬の手綱を引き、馬車を発進させた。
「西側に売りに行くんだ!」
「え?ちょっ⁈」
前へと進む馬車。彼女は後ろへ振り向き、取り残された俺へと手を振った。
「ありがとう、ルールさん。また今度ね!」
快活に、そして満足気にそう別れの言葉を伝えた。太陽のような笑顔と共に。
顔が引き攣ってしまった。何かの妖怪に化かされた気持ちになる。後ろを振り向き、自分の荷台の商品が無事なのを確認すると、少女からもらった代金をもう一度確かめる。正直、銀貨が全部小石でしたー、みたいなオチでも驚かない自信がある。それぐらい衝撃的な出会いと別れだ。
小包には、先ほど確認した通りの銀貨と、街の東側に関する情報が書かれている紙がある。店、その場所、そこが何を必要としているかが箇条書きで書かれていた。彼女がこれを書いている素振りは見せていない。元々準備してあるものを渡したかのように。
この紙だけではない。この街に着いた途端に話しかけられたのも、馬車をすでに準備していたのも。俺が今日この街に到着して、香辛料と工芸品を売ることを最初から知っていたかのような行動だった。別に誰かと約束していたわけじゃない。最初から知ることなど不可能だった。
空を見上げる。誰かから監視されているような気持ちになった。自分の頭の中を見られているような気持ちに。
紙の裏を見る。そこには、
『今回ルールさんは街の東側、私は街の西側で商売しよう。完全な「せどり」だけど許してね。わたしを見かけたからって後ろから撃つような行為はしないよう祈ってます。あと物を売るときにルールさんの名前を出しておくので、次に西側で商売するときはやりやすくなってると思います。親愛なる商人に神の御加護がありますように。シロネフェリアより』と書かれてあった。
やられたと感じるべきか、御見事と感じるべきか。彼女の狙いは香辛料のせどりだった。せどりとは、安く買える場所で買って、高く売れる場所で売るという商売方法なのだが。うまいこと安く買い叩かれてしまった。先ほどまで、それなりに上々な商売だと思ったが、結果として商売敵に商品を安くおろしてしまったわけなので、この話を聞くと何ともいえない気持ちになる。
だけどどこか清々しい気分になった。笑えてさえくる。
俺は元々この大陸の人間じゃない。この大陸で信仰される「天道教」の教えはまだ完璧に理解していない、しかし先ほどの彼女の暴風のような軌跡を見ると、信仰心が芽生えて来そうになる。
『覇国の支配者』、『天の使い』、『天使様』は不思議な力を持つとされた。人類には持ち得ない神の御加護を持っている。そう聞かされていた。彼女の存在や行動を見てると、間違っていないと思えた。
こちらが距離を置こうとしなければ否応なく引きずりこんでくる魔性。それはどこから来るものなのか分からない。人外じみた美しさを見せる容姿か、有無を言わせぬ眼力か、行動全てに漂う気品か、またその全てか。
人に好意を持たせ、嵐のような行動力を見せつける彼女。シロこと、『シロネフェリア・サンシャイン』。
『大陸最高権力者』を父に持ち。『大陸最強』を兄に持つ。人々の信仰を集めるサンシャイン家の血族。
彼女の印象はちょうどそんな感じだった。
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