第31話 社内での報告

倉田が帰国して3ヵ月が過ぎた。


TVのバラエティ番組に何件か出演。

いろんな俳優との対談番組もこなす。

見た目は普段の倉田だった。


だが傍で見ていた岡元は心配でならなかった。

最近、関係者の間で倉田の噂を聞いたからだ。


倉田さん、アメリカで何かあったらしいよ。

よくわかんないけど大物敵に回しちゃったらしい。

タスカー取って、妬まれたんだってさ?


そろそろ日本にも流れたようだ。


あのF・B財団ってやつだな…

オレ達みたいな小物じゃどうする事もできない。

倉田さんは分かってるんだろうな。

言いたくても言えないんだろうな…


岡元は全てを知っているわけではない。

F・B財団の恐ろしさ、ガミラの死。

そこまでは聞かされていなかった。



ある日。3人を応接間に呼ぶ。


岡元は来たか…と思った。


「実はみんなに話がある」


尾崎と吉岡は新しいプロジェクトか?と

ワクワクで座っている。

2人の瞳の輝きに倉田は押しつぶされそうになる。


Kコーポレーションは岡元と2人で立ちあげた。

2Kの小さなアパートで電話1本からのスタート。

飯が食えず苦しんだ日々。

1000円、2000円であたふたしていた若かりし頃。


今はDVD、グッズ販売、それに岡元が中心でがんばる

倉田のアパレルブランド「K・K」が大人気。

従業員を増やしオフィスも移転したかった。

会社としては、まさに順風満帆だったのだ。


だが、この順調な航海もいつか嵐に捕まる。

F・B財団としては倉田が帰国した事で目的は達成。

日本にまで圧はかける必要はなかったし

倉田の役者生命を奪うつもりはなかった。

しかし日本への風評被害は避けられない。


オレは仕事を無くしておめおめと逃げ帰ったんだ。

これが演技なら泣きながら話すんだろうな。

そう思いながら倉田は話を始めた。


ハリウッドデビューしてから4本の映画出演。

アカデミック賞主演男優賞受賞。

5年目に入り、これからと言う時に…

アメリカでの仕事がなぜか?行き詰った。

理由はわからない。時代かもしれないし…

とにかく来年度MPSとの契約は結んでいない。


これから日本映画に復帰するつもりはない。

どうしても昔、自分をさげすんでいたメンバーと

仕事ができない。勝手な話だが許して欲しい。


F・B財団の話はしなかった。

インビテーションの紛失は誰のせいでもない。

ガミラの事は言わない。そう決めていた。


岡元は一切口を挟まず黙って聞いていた。

尾崎さんらには詳しく言わずに辞めるんだな?

そう思った。



今、会社にある仕事はそのまま続けてほしい。

自分としては引退会見を時期を見て開く。

それまではどうかよろしく頼む。


「どうか勝手な自分をお許しください」


倉田は3人に深々と頭を下げた。


尾崎春雄は言った。


「社長、頭をあげてください」


「うちの孫が来月2歳になります。

 最近少し歩けるようになりましてね」


「春さん?」



尾崎は言う。

証券会社を辞め、本当に苦しかった。

たまたま知り合いのつてで知った

Kコーポレーションにお世話になった。


社長のおかげでこうして孫が見てやれる。

すべて社長のおかげなんです。

あなたが頭を下げちゃいけない。

それは私のする事です…


「違うよ春さん、皆さんをお守りするのは

 会社として当然です。私のせいで申し訳ない」


吉岡桃香もワンワン泣きながら首を振る。


「私もこうして勤めて感謝してます。

 お給料も十分いただいてますし」


「社長、誰も文句は言ってません。

 ほんと、3人とも感謝してますよ」


岡元が被せるように力説する。

そりゃお前は1番儲けただろう?

と言いたいが、そこは我慢した。



倉田は金で苦労しっぱなしだった。

ちょい役で食いつないで来た人生。

危ない橋を渡ったこともあった。

だからこそ、社員を大事にしたかった

そして金の苦労をさせたくなかった。


退職金はちゃんと渡したい。

十二分に出したいと思っている。

そのへんは会計の尾崎とも相談だが…


3人は泣きながら倉田の話を聞く。


倉田はここに正式に引退を伝えた。


話の最後にぽつりとこぼした。


「堀井ちゃんにもちゃんとしてやりたかったな」


岡元は嫌な顔をした。

倉田の留守中に退職をさせてしまった。

なんとなく負い目があったからだ。


倉田との関係からお咎めはなかったが

きっとお気に入りの堀井だったんだから

気に入らない退職のさせ方だったんだな…


尾崎のほうからは一応の退職金プラスアルファを

出させていただきました、と報告は受けていた。


「うちで一番短いとはいえ、オレの傍で

 必死にがんばってくれたんだ。

 もう1度会ってお礼がしたいくらいだよ」


尾崎は深くうなずく。

吉岡は少し泣きそうになってうつむいた。

おかしな反応だな?と倉田は思った。


会社の解散の日取りやその他、まだ時間はある。

ゆっくり進めていこうということでお開きとなった。


岡元と飯でも行こうか?と思ったが止めた。


独り帰り支度をする。


新宿駅に着いた時、電話が鳴った。


吉岡からだった。


「ももちゃんどうした?」


「社長、少しお話したいことがいいですか?」


「うん、なんだ?」


「電話ではちょっと、もう帰られますか?」


「すいません、黙っていようと思ったんですが」


じゃあご飯でも食べながらということで

急遽、西口で待ち合わせとなった。


何の話だろう?


それは意外な吉岡の隠し事だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る