第30話 さまよい


さっきから岡元は懸命に説明している。

倉田の仕事についてだった。


TVのバラエティ番組。

映画俳優との対談。

グルメ番組のレポート。


仕事はいくらでもあった。


「なあ、岡、オレさ…」


「はい?」


「あまり働きたくないんだよ」


「やっぱり映画以外は嫌ですか?」


「うん、昔は仕事につながるかも?って

 どんな仕事でもやろうと思ったけど

 今さ、アメリカでやってるとか関係なくさ

 オレはカチンコがあって初めて仕事だって。

 どうしてもやる気が出ないというか」


「社長、待ちますから、とにかく…

 疲れを取ってください。とにかく…」


泣きそうな岡元を見てもなんとも思わない。

今日も何もないまま1日が終わる。


日本の住まいはウィークリーマンションを契約した。

電車と歩きで30分。道々で考える。


岡元にはあんな言い方をしたが

別の意味で日本で働きたくなかった。


邦画界で俳優業を続ければ丸く収まる。

だが、日本で仕事をする度に嫌な思いをした。


日本での仕事は年末年始だった。

TVのバラエティなどに出る。

雑誌の取材も何社か受けた。


その度、顔を見ながら言われるお世辞

みんなのおべっかが苦痛だった。

脇役の頃、鼻で笑ってバカにしていた奴ら。

映画関係者やTVプロデューサーやスタッフ、マスコミ。

彼らが手のひらを返したようにすり寄る。


「倉田さん、すごいですよね。見ましたよ」


「さすが、ハリウッドは違うなぁ~」


「先生、すげえ」


「うちの若いのに演技指導してやってください」


「サイン欲しいんです、〇〇さんで」


「倉田さん、出てほしいけど無理ですよね?

 おいらのとこじゃあ1億なんて出せないもん~」


世間の恐ろしさを思う。


たった5年でこんなに人は変わるのか?

オレは何も変わっちゃいない。

オレはそのまま倉田浩平だよ。

勤め先が変わっただけの事。

所属事務所が違うだけだ。


その、変わってない倉田に

周りの態度が180度変わってしまった。

それを見るのが、相手をするのが嫌なのだ。


20年の俳優業をあらためて思う。

懸命に働いて働いて、誰にも喜ばれなかった。

「頭数のコーちゃん」は若い頃のあだ名だ。

人数が足りない時に呼ぶから、らしい。


金が無い時、金がすべてだと思っていた。

気兼ねせずに金を使いたい。

ファーストクラス、グリーン車で移動し

5つ星ホテルに泊まってみたい。


1万円のスーツ、5千円の革靴、5千円のカバン。

デジタル時計ともおさらばだ。

100万のスーツ。20万の革靴に10万のカバン。

腕には500万の時計が光る。

1億4千万円の豪邸に2000万の車。


たった5年ですべて手に入れた。

移動は最低でもビジネスだ。

フェラーリのハンドルを握り

遠出ではお迎えバウンサーが来る。


憧れがすべて現実になった。


でも、なんで?オレ

こんなに…寂しいんだろう?

服にも時計にも車にも興味が無くなった。


普段は日本から持ってきたユキクロの服。

フェラーリの運転はとんでもなく疲れた。

普段乗って要られない。

運転手に送り迎えしてもらうのも気を遣う。

自分で運転する日本車が快適だった。


倉田は若い頃から思っていた。

BIGになりたい、スターになりたい。

人生は富と名声。それを手に入れる!


でも手に入れてどれがどうした?

幸せなんかどこにもない。


すべては邯鄲の夢だったのか。

オレはどうすればいいんだろう?

言いようのない寂しさと焦燥感が胸をつく。


がらんとした2DKのマンション。

8LDKなんか要らない。


豪邸は要らないがアメリカには戻りたい。

アメリカに戻って映画を撮りたい。

頓挫している「ハリウッドコップ3」は

ぜひともやりたい企画だった。


その他のオファーをいくつか思い出す。

みんな魅力ある映画の案件ばかりだ。


F・B財団さえクリアしてたらな…

今となっては移籍してもよかったのに。

などと悔やみの恨み節まで出る始末。

結局、倉田は映画界に未練たらたらなのだ。


でもそのうち日本でも干された事は

明らかになる。そうなれば仕事は劇的に減る。

MPSがどれだけ力になってくれるか?

いつアメリカに戻れるか?

想像もつかない。


倉田は何日も無気力に事務所に出向き

特に何をするでもない生活をしていた。


Kコーポレーションの尾崎と吉岡も

倉田が干された経緯をはっきり知らない。

日本に戻って次の1手を打つのだと思っている。


岡元だけが事の真相は掴んでいた。

彼としてもこの状況を何とかしたかったが

倉田がやる気をなくしていると感じていた。



そんなある日。

ビルから倉田に連絡が入る。

シアターシティの家が売れたという。


予想よりいい値で売れた。

好調な米経済のおかげで地価が上がったのだ。

その上、倉田はほとんど家を使っておらず

キレイだったからだ。


CMの契約などが何社も遅れて入金もされた。

ざっと計算して、2億近い金が入る。


「終わりかな…」


日本の芸能界は耐えられなかった。

アメリカに戻っても仕事は無い。


傍に誰かが居れば事態も変わっただろうが

岡元にも相談せずに一人倉田は悩み続けた。


そして自分なり結論を出した。


ハリウッド俳優 倉田浩平の引退だった。



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