第22話 緊急帰国

23時すぎだった。

ビルから直接電話。


「クラ、休暇中すまない。いつ戻れる?」


「今、旅行中だった。チケット取り次第帰るよ」


TVロケも終わってのんびり旅行してたのに。

しかたがない、帰れないとは言えない。

チケットが取れ次第連絡すると伝えた。


ビルからはなるべく早く頼む。

詳しくは戻ってからだと言われた。

倉田はF・B財団の件か?と思った。

考えただけでキリキリと胃が痛む。

それほど今回の騒動には堪えていた。


翌日、滞在していた大阪から戻る。

オフィスに着いて吉岡にチケットの手配を頼む。

尾崎、吉岡の両名にはF・B財団の話はしていない。

ただ仕事が入ったとだけ伝えた。


「例の件ですか?」


岡元が応接室でこっそりたずねた。


「たぶんな、でもまだ分からないんだ。

 とにかく戻ってから話すって言われてさ。

 別件かもしれないし、とにかく帰るよ」


「また戻られたら教えてください。

 販売まで、日も無いし、心配ですからね」


「ああ、それな、でも今から中止できないだろう?

 まだ日本には何も話が及んでないみたいだし。

 あくまでアメリカだけだと思うんだ。

 〇〇TVだって何もなかったしさ」


「そうですよね。国内は大丈夫ですよね」


岡元はそう言われホッとしたようだ。

堀井に怒鳴り散らした時はもうダメだと思ったが

倉田と話すことで少し落ち着いたようだ。


「ま。とりあえず帰るよ。夜の便あるだろう?」


「ええオフシーズンですから取れると思います」


しばらくして事務所から内線。

吉岡が20:17発羽田が取れたという。


「よし、あと堀井ちゃんに連絡しなきゃな。

 事務所には来たんだろ?」


「ええ、来ましたよ」


岡元はあまり話をしたくなかった。 

倉田には怒鳴って追い返した事は隠そうと思っていた。

どうせ告げ口する度胸もないだろうし

社長が聞いてもアメリカで聞くことになるだろう。

そんな事が頭をぐるぐる回っていた。


倉田は自分のスマホから堀井に連絡しだした。

ヤバい… ここで告げ口されないだろうな?

自分の顔色が変わるのが嫌で岡元は席を外した。


部屋を出ると吉岡が申し訳なさそうに聞いた。


「あの、社長の席、Y…しか空いてなくて…」


「バカ!早く言えよ。ダメだ、Cの便に変えろ」


「すいません」


「岡、勝手に変えるな。いいよ」


後ろから聞こえた倉田の声に振り向く。


「あ、でも社長、Cが無かったようで」


「席は関係ない、早く戻りたいんだ。

 ももちゃん、ありがとう、それでいいよ」


岡元は思った。

100万$スターがロスまでエコノミーかよ?

えらいなぁ、この人は。


倉田は大スターの地位を手に入れたあとも

私生活は変わらなかった。

8LDKの豪邸につつましく暮らすアカデミック賞俳優。

フェラーリに乗ることもなく中古セダンに乗る男。

もちろんファーストクラスやビジネスに座る事は

個人的にはしなかった。


「ももちゃん、今、堀井ちゃんに電話したんだけど

 出ないんだ、ラインも既読にならないし。

 でさ、もし電話あったら先に帰る事伝えて。

 一人で帰らせるのかわいそうだけど。しかたない」


「電話もラインも無いんですか?」


「うん、まあ、彼女は慌てて戻らなくていい。

 休暇はゆっくりさせてやりたいし。

 また彼女のチケットは用意してやってね」


「わかりました、お伝えします」


「じゃあ、また正月に帰るから」


岡元はこのやり取りを聞いてドキっとした。

堀井、まさか?このまま辞めるんじゃないか?

それもマズいな…

でも奴がこっちに損害与えてるんだし…


岡元はこの事を隠し続けるか?迷いながらも

倉田に話すことはしなかった。



********



何時の便に乗るとビルに告げただけで

空港には迎えが来ていた。

オレもえらくなったもんだなと感心する。


迎えはまたチームバウンサーだった。

スキンヘッドのジョンソンだ。

車から降りると倉田とハグ。


「クラ、この前はありがとう。娘が感激したよ」


「今度はオレにもサインくれない?」


「もちろん、今サインをしよう」


そう言いながら車に乗り込んだ。


おや?助手席に女が乗ってる?

軽く倉田に笑顔であいさつ。

ショートヘアーの小柄な女だ。


ペンはあったが色紙が無いと言うジョンソン。

すると女がノートがあるといい差し出した。

それを受け取りジョンソンにサインをする。


「あの…初めまして、Mrクラタ。私もいいですか?」


「!」


倉田はノートを受け取る手が止まるほど驚いた。

カタコトだけど彼女は日本語であいさつしたのだ。


「日本語話せるの?バウンサーに女性もいたんだ?

 初めまして、倉田です。よろしく」


「いえ、私はメンバーじゃないわ…

 あ、名前はジェシカ、スペルは Je…」


「バウンサーじゃないんだ?」


「ええ、あなたの担当になるので挨拶に行けと」


「担当って?」


「通訳よ」


!!!


サインが止まる。


「ガミラはどうしたんだ?」


「ごめんなさい、私は知らないわ

 ビルに言われたから今日来ただけよ」


「ジョンソン、君は?」


ジョンソンも知らないという。

チームバウンサーは関係ない。

そんな事は100も承知だ。


だが・・・

聞かずにはおれなかった。


ガミラに何かあったのか?

病気?それとも解任?


ジェシカへのサインはDear で止まったままだった。





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