第21話 恩知らず


岡元は今回のF・B財団の件は全部

堀井のせいだと思っている。


社長のメシ作ってるだけだろ?

24時間つきっきりでもないし

実質メシしてんの20日足らずだろう?

掃除洗濯ったって、社長一人じゃん?


家賃、光熱費、食材、全部会社持ちで手取り50万。

ボロ儲けじゃないか?いくらメシ作んのが

上手いったって、どれだけ好待遇なんだよ。


岡元が堀井を恨むにはもう1つ理由があった。


半年ほど前から倉田をイメージしたスーツなどの販売計画。

男性アパレルメーカーとのプロジェクトが進んでいたのだ。


プランナーは「ハリウッドコップ」から倉田のファンだった

新進気鋭のデザイナー三竹一誠。

彼の自社ブランドであるISSEIY MITAKE から

40~50代をターゲットに「イケおじから本当の紳士へ」と

銘打って大々的に売り出す予定だった。


発売発表前から問い合わせもすごい数だった。

Kコーポレーションとしても大きな利益を見込んでいた。

そして、このプロジェクト成功の折には岡元の懐に

相当な礼金が転がり込む事が決まっていたのだ。


そのせいで岡元はよけいに堀井を恨む事になる。

彼女は法事を終え、3日遅れで新宿にやってきた。


「堀井さん、ちょっと話があるんですけど…」


着くなり、あの醤油テストの部屋に呼ばれる。

あれからもう5年なんだ…そんな事を思いつつ。

青白い顔をした岡元を見つめる。


彼は淡々と朗読をするように語りだした。


社長から聞いたんですけど…

今、仕事がだんだん減ってきてるそうですね?

F・B財団の話聞いてますよね?

どうやらF・B財団の郵便物を紛失したらしい。

いつも郵便物はあなたが管理していると聞きました。

財団としては郵送済だそうです。

もう1カ月以上前です。


堀井さんにその記憶は無いにしろ、せめて社長に

頭を下げるくらいしたらどうですか?

あなたのミスが何億の損害を与えたのか?

考えた事もないでしょう?

社長はあの性格ですからね、あなたに感謝しているようだが

私は本当に辛いですよ。


私は20年、社長と共に歩んできた。

とんでもない苦労の連続でした。

今こうしていままでの努力が報われた。


せっかく掴んだ夢が、たった1通の封筒で消える?

しかも社長には何の責任もないんだ…

何億ものプロジェクトが一瞬で消えるんですよ?

そんな理不尽な事あっていいのかよ?


いつしか岡元は涙声で言葉も乱れだす。


なあ?あんた?よく知らん顔して社長に会えるよな?

メシ作ってるから、感謝しろってか?

以前、あんたに敬意を払えとか言われたけどさ

オレは会社に与えた損失を考えたら感謝もなにもないよ。


「………」


堀井は一言もなかった。

オフィスに入るなり、いきなり岡元の詰問。

何を言ってるんだろう?


以前おっしゃってた封書の話…

私が見落とした?

F・B財団って何なの?


岡元の泣き方は尋常ではなかった。

当然だ、何百万円の臨時収入が消える。

いや、それよりこのプロジェクトがこけたら

Kコーポレーションもヤバい。

早くも最悪を想像しているのだ。


堀井はどうしていいのか分からなかった。

謝る?岡元さんに?倉田さんに?


何を謝るの?

私が封筒を無くした?

いつ?どこで?


そんな事を考えていると

だんだん追い詰められている事が

腹立たしくなってくる。


何泣いてるの?こいつ?

今、倉田さんが居てくれてたら…

でも、今休暇を満喫してらっしゃるから…



倉田は一人で気ままに暮らすということで

母の里である奈良を中心に関西を旅していたのだ。



「とにかくさ、あんた?」


「せめて社長に謝れよ!人として。

 これだけ世話になってさ。

 飼い犬に手噛まれたどころじゃない。

 こっちは寝首掻かれてんだぜ?」


堀井は怒りから俯き黙るだけだった。


「なんとか言えよ、この恩知らず」


そう言うと、岡元は傍らの紙袋を床に叩きつけた。

落ち着いた色合いの菓子箱が床をすべる。

故郷で買ってきた岡元へのお土産だった。


「アメリカに帰れ」


そういうと、ダッと席を立つ。

吉岡になにか喚き散らすと出て行ったようだ。


立ち上がり菓子箱を拾う。

角がつぶれた箱を少し撫でる。

なんで?こんな仕打ちを?

私がなにをしたの?


栗皮色の包装紙に涙が落ちる。


いけない。

吉岡や尾崎に悟られてはいけない。

歯を食いしばって止める。


ソファに袋をそっと立てかけて部屋を出る。


吉岡が心配そうに声をかけた。


「ううん、大丈夫、アメリカでミスして

 叱られたの。大丈夫よ、うん。じゃ」


吉岡はそのむりやりの笑顔に言葉をかけられなかった。

尾崎も見て見ぬふりして見送った。


オフィスを静かに出る。

新宿の街は変わらない。


泣き顔を見られても別にかまわない。

この雑踏で私を知る人は居ないから。

そう思いながら目深にチューリップハットをかぶる。


倉田さんはわかってくれる。

きっと、私の事信じてくれる。


でも・・・

倉田さんには言えない。


岡元との話は黙っておくつもりだった。


さっき話が本当なら苦しいのは倉田さん。

仕事が本当に減ってるんだ。

私は何も役にたたないけど

これからもお傍でお仕えしよう。


私は恩知らずじゃない。


陰で倉田さんを支えよう。


私は恩知らずなんかじゃないわ…


何度もそう言いながらも

今度こそ、本当にクビかもしれない…


そんな事を考えながら

堀井は新宿の雑踏に消えた。















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