第20話 濡れ衣

フレッド財団の事は映画界のタブーだ。

その権力に震えあがる者。恩恵を受ける者。

すべての映画関係者が何らかの影響を受ける。


今回倉田が選ばれたのは彼が買われたという事。

エド達、MPSのトップは残念でしかたがなかった。




「しかしクラの自宅に直接とはな?

 で?彼に影響が出てるのはほんとなのか?」


「あの時と同じだよ。エディの時と違うのは

 クラが一気に干されてることだ」


「返事しない生意気なジャパニーズってことか?」


「いや、レイシズムではないんじゃないかな?

 アカデミック賞を取って調子に乗りやがって。

 ということだろうな」


「お仕置きが必要だってとこか?」


例の会議室でいつもの3人が話をしていた。

今回の件は倉田が郵便を見落とした凡ミス。

だがF・B側はなめられたと解釈した。

そのようにMPSとしてはとらえている。


彼は日本人であり、米映画界もまだ4年目。

MPSでも声をかけていただくなんて思ってもみなかった。

本当に光栄なことだ。招待状を見落としていたのなら

すべての非はこちらにある、倉田よりも

彼を教育してこなかった私の責任だ。

どうか許してほしい、今一度チャンスを。


このような詫びをフレッド宛てに書面で送ったのだが

一向に連絡がもらえない。本人に届いているのか?も疑問だ。


アラン・サードマンに接触して切り崩しを狙う事もできるが

彼はクレバーな男で信用ならない。

下手な事を言えば、それをフレッドにチクって取り入るだろう。


「アレックス、君に知り合いは居ないのか?」


「話をできる男はいるが、挨拶程度なんだ。

 それにあそこのメンバーはまるでマフィアだ。

 結束も堅いし抱きこむ事は不可能だ」


「エディの時もあらゆる手を使ったが、相手は腐るほど金がある。

 フレッドの意思は金ではどうにもならないからな」


「金でなんとかなるならまだ、うつ手があるんだがな」


「そうなんだ…」


「クラは今どうしてるんだ?」


「彼は少し休暇をとって日本に帰ってるんだ」


「帰ったのか?戻ってこないんじゃないか?」


「それはないだろう」




****************



倉田は年に2回は日本に帰る事にしている。

だが今回は完全にお忍びで帰るのだ。


今回の騒動で早く帰国したかった。

とにかくKコーポレーションに戻る。

ここは大丈夫だろう、いつも通りだ。

そう思ってオフィスへ向かう。


変わらない新宿の雑踏。

変わったのは倉田の肩書だ。


万年脇役のコーちゃん。

頭数のコーちゃん。

オールマイティのコーちゃん。


倉田に付けられたあだ名だった。

さほど大切でもない、居れば便利な汎用品。

それはそれで、なんでもこなす役者なのだが

彼自身、若い役者の後塵を拝するばかりだった。


あの「ハリウッドコップ」のオーディションから5年。

今はアカデミック賞主演男優賞受賞者 KOHEI KURATA

タスカー像を抱いた俳優なのだ。


新宿の雑踏を一文無しで歩いた日々。

今は100万ドルの豪邸に暮らすハリウッドスターだ。


「かまわないさ、一文無しになったって。

 露と落ち露と消えにし倉田のコーちゃん

 ハリウッドも夢のまた夢」


秀吉の辞世の句をもじりながらエレベーターに乗る。


スターとなってもこの雑居ビルの5Fはそのままだ。

なんとなくこの混とんとした空間が好きだった。

泣きながらくじけながら生きてきた20年が詰まってる。




******




「おかえりなさい」


年に2~3回は帰って来てはいるが

何十年ぶりかに凱旋した画家を歓迎するように

みんなが喜んでくれる。


吉岡桃香はまた頼まれたというサイン帳を何冊も。

尾崎春雄は最年長らしく、静かにむかえてくれる。

ただ、岡元は少し様子がちがった。


TV局でのいくつかの特番へ出演の段取りを確認し

これから2週間ほどの日本滞在のスケジュールも確認。


スタッフ全員5人で居酒屋へ行くことになった。


「堀井さんは来ないんですか?」


吉岡が寂しそうにたずねた。

堀井は親戚の法事に出席するため先に帰国していた。


吉岡は堀井とラインで常につながっていたため

料理を習い、彼女を師匠と慕っていたのだ。


「堀井さんは社長が独り占めしないで

 銀座かどっかで店出した方が儲かるんじゃないですか?」


会計の尾崎が笑いながら言う。

やはり元証券マンの思考だなと倉田は思った。


岡元は何も言わない。

堀井の話が出るだけで嫌なのだ。


倉田は思った。なにか機嫌でも悪いのか?

まさか?フレッド財団の事は知らないよな?


少し心配しつつ飲み会は無事終了。


解散後、倉田と岡元。

いつもの2人だけになる。


倉田は尾崎が用意したウィークリーマンションに泊まる。

マスコミに感づかれないようにという作戦だ。


岡元の2人でコンビニで買い物。

昔に戻って部屋で少し飲む。


・・・・


まだ日本では何も変わりはない。

だが今の状況は岡元には伝えておこう。


「あのな、岡。これまだはっきりしない話なんだけど」


倉田は今回の件を岡元に伝えた。


「・・・・」


岡元の脳裏に真っ先に浮かんだのは彼女だった。


お前のミスで全てが終わるじゃねえか?

社長はお人好しだから疑いもしていない。

だがオレは甘くはないぞ。許さないぞ。


絶対に。


堀井のヤロウ・・・




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る