第19話 焦燥
倉田は言いようのない不安に苛まれていた。
ガミラも最近体調が悪いみたいだ。
今までそんな事はなかったのに
ちょくちょく休むようになった。
仕事が減ってきているのだ。
MPSでもこの変化には気づいている。
ガミラもそれで精神的に参ってるんだな。
倉田はそう思いつつ誰にも言わずに黙っていた。
元々下積み時代から苦労してきた。
仕事が無い、スケジュールが真っ白なんて
日常茶飯事だった。
どん底の時は砂糖水だけで何日か暮らした事もある。
おんぼろアパートでの貧乏は慣れっこだが
この8LDKの豪邸でLAの夜景を見ながら
やることが無いのは辛かった。
日本の芸能界でいう「バラシ」
いわゆるドタキャンの理由がわからない。
日本なら適当な言い訳をプラスして断るが
こっちは中止、無くなりました、キャンセル。
それ以上の説明は聞かせてもらえない。
予定が変更になった。それだけなのだ。
堀井も倉田の様子が心配でしかたがなかったが
どうすることもできずに、ただ3度の食事を
精魂込めて作るだけだった。
******
なんとなく不安な日々が続く中
ビルから電話が入る。
「クラ、どうだった?そうか?わかった
明日会議室で待ってる、詳しく聞かせてくれ」
ガミラが休んでいるため迎えの車が来る。
なんとチームバウンサーの4WDがやってきた。
バウンサー(用心棒)はMPSのセキュリティチーム。
なにか不測の事態が起こった時に動くのだ。
そこから車を回される。ガミラが居ない
その場合、ただスタッフがくればいい。
それがセキュリティからわざわざお迎えだ。
まるで大統領専用車のような黒塗りが入ってきた。
2人の巨漢が降りてくる。
2mの大男2人に連れ去られるのだ。
オレ殺られるんじゃないか?
そんな事が頭をよぎるほど緊張した。
「Hi クラタ、お願いがあるんだ。
娘が大ファンなんだよ、サインもらえない?」
乗り込んだなり急に言われてホッとした。
喜んで娘さんのためにとサインをし
ジョンソンと名乗るスキンヘッドに手帳を渡す。
「わざわざバウンサーが来るって緊急事態なのか?」
「いやいや、VIPの送迎だからさ」
そう言ってもう1人の2m、マックスが笑った。
オフィスまで、彼らと会話はしたが倉田は上の空だった。
オレも移籍なのかな?
ガミラが最近休みがちなのも
全部知っていて距離を置いているのかもな。
いろいろ考えながら窓の外、太陽を仰ぐ。
濃いめのフィルムに光は遮られ曇天のようだ。
晴れてはいるのに暗い。倉田の心と同じだった。
********
MPSビル1F。
受け付けは顔パスだ。
ID無しでもクラが来たと受付も色めき立つ。
今日はリンダか?
この子は何度オレにサインをねだっただろう。
オークションで売ってるんじゃないか?と
聞いた時は逆切れされたなぁ…
なんとなく思い出が蘇る。
やっぱりオレ移籍なのかもな?
そう思いつつ何度も㉚を押す。
*******
スゥ
30Fに着く。
当然フロアは静まり返っている。
足音のしない毛足の長い絨毯が
このフロアの緊張感を増幅させている。
重厚なドア。ノックは2回
ガチャリとドアが開きビルと目が合う。
笑っていない… やっぱり最後なのかな。
「かけたまえ」
副社長のアレックスが言う。
今日は社長のエドと2人だけだった。
『さっそくだが、どうだった?』
『郵便はありませんでした』
『そうか…』
2週間ほど前にビルから言われていた。
フレッド財団から封書が来なかったか?と。
もちろん見ていればビルに報告している。
堀井にも聞いてみた。
そういうたぐいの封書は届いていない。
「実は…」
エドが頭を抱えるジェスチャーをしながら言った。
3日前、ある映画関係者が集うパーティに出席した折
フレッド財団の幹部であるアラン・サードマンと会った。
そこでアランにチクっと嫌味を言われた。
「やあ、エド。君んとこの秘密兵器は今、日本なのかい?」
秘密兵器とはガミラが命名した倉田の事だ。
マスコミに取り上げられ、彼のあだ名が秘密兵器なのだ。
「いや、彼はずっと居るが?」
「そうか?じゃあ郵便局のストライキだな?」
何の話だ?エドは尋ねるがアランは笑って答えない。
そのまま会場のどこかへ消えたため、話は途切れた。
郵便がストライキ?
まさかインビテーションが届いていたのか?
いつ?開催されるか?時期も場所もわからない。
フレッド財団のパーティ。
主催者のバトラーがその招待状を送るのだ。
ベージュにワインカラーのシーリングワックス。
映画界ではFBカラーと言われている。
『クラの元へ届いていたのなら…』
『返信無し、1ヶ月か…』
『拒絶と取られてもしかたないな』
2人に言われて倉田は返事のしようがなかった。
「ビル、クラの今後のスケジュールはどうなってる?」
「それが…」
「そうか…」
『私の責任です、すいません』
『いや、いいんだ。今後はビルに相談してくれ。
なあに、君は日本人だからエディとは違う。
同じ轍は踏ませないつもりだよ』
アレックスがわざと明るく肩をたたく。
その表情に希望が無い事は想像できた。
話が終わり一人部屋を出た。
エレベーターのデジタルを見て思う。
やっぱりオレのカウントダウンかな?
5・4・3・2・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます