第18話 封筒を探して

あの会議室から2ヵ月ほどが経った。


その後倉田の周辺には何の変化もない。

スカウトするのを止めたのかな?

いや、それこそデマだったのかもしれない。


あれ以来ビルも何も言わない。

もちろんガミラも知らないし

社内で噂も聞かないしネットでも何も出ていない。


やっぱり話は無かったんだ。


倉田は安心した。



******



そんなある日の事。


ある雑誌が倉田のインタビューに来る事になった。

その件の打ち合わせにガミラがやってくる日。

倉田は岡元とライン電話で話をしていた。


Kコーポレーションも経営は順調だった。

日本ではDVD販売が順調。そのうえ年明け

倉田が帰国した際のTV出演オファーが目白押し。

岡元は大忙しだった。


「お、ガミラが来た、じゃあまたな」


彼女の車が庭に止まるのが窓の向こうに。

倉田は電話を切り玄関に行こうと立ち上がる。

平屋だが8LDKの豪邸だ。玄関まで少し歩くことになる。


どうしたんだろう?


インターフォンが鳴るのを待つがガミラが来ない。

おかしい。庭に止まる彼女の車を確認。

トヨタの4WDはあざやかなパールホワイトだ。

この車種で白は珍しい。限定車という事だった。

そう、間違いなくガミラの車だ。


何してんだ?倉田がドアを開けると

ガミラが車に戻ろうとしている。

倉田を見て転びそうになるほど驚いている。


「おお、ガミラどうした」


「Oh クラ! ミステイクです、忘れもの」


そう言うとバッグをラガーマンのように抱えながら

逃げるようにして倉田に背を向ける。


「そんなに慌てなくてもいいだろう?

 なに忘れたんだ?」


急発進するテールランプに首をかしげる倉田。

しかたなくガミラが戻るのを待つ。

インタビューの約束までにはまだ1時間はある。

ネットで少し買い物をしながら待つ。


ガミラは1時間ほどで戻ってきた。


「どうした?ガミラ?何かあったのかい?」


「NoNoNo 何もないよごめんなさいね」


「なら良いんだけど、えらい慌てようだったから」


「それが財布も電話も忘れたの。クラのスケジュールも

 全部入ってるからね、着いた時気づいたから」


かき上げる髪は汗でびっしょりだった。

真夏でもないのに相当焦ったようだ。


「事故したらどうするんだ?これからは慌てるなよ。

 時間なんかいくらでもずらす事ができるんだから」


「Thanks 気をつけるね」


ガミラのトラブルはあったがインタビューは無事終了。

質問の中には当然フレッド財団の話も出てこなかった。


やっぱりただの噂だったんだな。

第一、オレがそんなに大物なわけないよ。

倉田は移籍は杞憂だったと安心した。




*********




それから一か月ほどして・・・・


ある日の夕食。


今夜はやきそば。麻婆豆腐。

水餃子に八宝菜。中華ずくしだった。


大喜びで食べていたのだが。

ふと言い出した。


「ねえ?堀井ちゃん?」


「はい」


「郵便さ、来るじゃない?」


「ええ」


「全部オレに渡してるよな?」


おかしな事を言うものだと堀井は思った。

毎日郵便物はすべて倉田のデスクに置いている。

一応送り主も見て、つまらないDMもすべて

捨てる事無く置いている。


「何かあったんですか?」


「いや、いいんだ。

 あ~ヤバい美味すぎるよ」


どうしたんだろう?

堀井はなんとなく胸騒ぎがした。

いつもはしない詮索をしてみる。


「倉田さん、差し出がましい質問で

 申し訳ないんですが…」


倉田の箸が止まる。


「あの… 私、なにかミスでも?

 郵便の見落としでもしたんでしょうか?」


「いや、堀井ちゃんは関係ないんだよ」


「本当ですか?どうかおっしゃってください。

 私、本当にミスしていませんか?」


堀井はおろおろしながら困った顔だ。

倉田は隠すのもかわいそうだと思って言った。


「堀井ちゃんが鋭いのは味覚だけじゃないんだ?」


やっぱり私が何かミスを犯したんだ。

どうしよう?堀井は口から心臓が飛び出しそうだった。


実は…


ベージュの封筒を探しているという。

すこし厚い、ちょうど結婚式の招待状くらい。

重厚な感じのする封筒だ。

ワインカラーのシーリングワックスが目印だ。


シーリングワックスとは封筒を閉じる時

蝋を垂らし上からスタンプを押して封緘する。

主にヨーロッパで行われる手法らしい。


「なんとなく映画で見た事ありそうですね

 でもそんな赤い蝋があれば目立ちますもんね?」


「だよな?ベージュに赤だもん。目立つよな?

 堀井ちゃんが見れば気づくよな?」


「はい。一応届いた封筒はすべて保管しますし

 分厚いものや小包などは危険物の恐れもあるので

 バウンサーに連絡はすることになっています」


バウンサー(用心棒)はMPSで警護を担当する部署。

倉田の護衛と堀井を含む家を警備してくれる。


「もし、そんな封筒が紛れ込んでたらラインくれる?」


「なにか危険な物なんですか?」


「あ~いやいや、違うんだよ」


倉田は堀井が怯えないように笑いながら言う。


「新しい仕事のさ、話が来るかもしれないんだ」


「あ~じゃあイイ話じゃないですか

 心配しちゃいましたよ」


ホッとして堀井は食器をかたずけ始める。


倉田は笑いながら最も肝心な事は言わなかった。


その封筒のシーリングワックスには

「F・B」の刻印があるらしいという事を・・・


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