第17話 カウントダウン
あの授賞式から2か月。
辛い月下の別れを振り切るように
倉田は懸命に働いた。
そのおかげか?彼の人気も天井知らず。
CMも有名飲料水のメーカーに採用され
米国内での契約は5社に。
TVに雑誌の取材はひっきりなし。
掴まらない俳優 №1と言われた。
まさに順風満帆。
年末には待望の「ハリウッドコップ3」
のクランクインが予定されていた。
倉田は忙しい最中、ふと思い出す。
あの騒動はなんだったんだろう?
マリーとのロマンスの件だ。
彼女との噂は授賞式のあと急速にしぼんだ。
流行り病が収束するようにマスコミも静かになった。
アメリカじゃあ人の噂が9日って本当なのかな?
安心したような寂しいような複雑な思いだった。
3週間ほどしてビルに呼ばれた。
「クラ、君に大切な話があるんだ。
〇日、30Fの会議室Aに来てくれないか?」
「わかった何時だ?ガミラに言っ」
「いや、1人で来てくれ。通訳はオレがやる
それに難しい会話はこれでいける」
ビルは被せるように言うとスマホを軽く振ってみせた。
通訳は無し?ガミラに聞かせたくないという事か?
トップシークレットというからにはしかたない。
指定された日、初めて最上階の会議室Aに入る。
3人の初老の男が座っていた。
一番小柄な真ん中の男が言った。
「やあ、クラタ、会いたかったよ
いつもありがとう」
3人は次々倉田と握手しながら自己紹介する。
「僕が社長のエド・ブラウン・ジュニア」
「彼は副社長のアレックス・カートン」
「その隣はチーフGMのチャックだ」
MPSのトップ3と会うのは初めてだった。
「マイネームイズ、コーヘー・クラタ
プリーズ、コールミー クラ」
緊張して下手くそイントネーションになる。
「おお!映画と同じだ!」
とエドは喜んだ。
「彼はハリウッドコップシリーズの大ファンなんだ」
副社長のアレックスが笑いながら言う。
『今日君に伝えたいことがあってね
悪い話ではないけど、重要な事なんだ…』
『君はまだ知らないと思うんだが…』
***************
フレッドバトラー財団という私的財団がある。
表向きは米映画界の発展と未来を支える団体。
財団は全米4大映画会社に毎年献金をしている。
AIの台頭やコロナで先行き不安の映画界を支えていた。
その影響力は映画界だけではなくTV界、IT業界
金融の世界にも及び、GAFAMさえ牛耳ると言われ
総資産200億$とも噂されている。
F.B財団はアメリカ経済界の黒幕なのだ。
*************
『その財団と私に関係が?』
『社長のフレッド・バトラーが
君に興味を持ってる。という情報が入ってね』
『日本人初の主演男優賞だからな』
『興味?どういう意味です?』
『早い話が、クラを欲しいんだよ』
『え?』
『まだ噂だけど、信頼できる情報筋からだ。
考えてみてくれ。あの騒ぎも収まっただろう?
あまりにも不自然に、おかしいと思わないか?』
そういえば、そうだ。
マリーの話はウソのように消えた。
『財団のパワー(権力)だよ
マスコミ操作なんざお手の物さ
君に接触する前のハエ退治だよ』
その一言にゾっとした。
『早い話が君に移籍してほしいのさ』
『財団に勤めるんですか?』
『いや、違う、詳しく話そう』
*************
ワーズブラザーズの大株主はフレッド・バトラーだ。
簡単に言えば、ワーズのオーナーが彼なのだ。
フレッドが手元に置きたいと思った俳優には
なんらかの形でお誘いがくる。
それに乗れば、移籍ということになるのだ。
倉田は4年目。2度目の2年契約最後の年だ。
MPSの秘密兵器とあだ名が付いている倉田。
アカデミック賞を取った男は今まさに「旬」なのだ。
倉田は移籍なんて考えた事もなかった。
移籍すれば組合も変わるし、仲間ともお別れだ。
嫌だ、大リーガーじゃあるまいし。
『もし、誘いが来て、断ったらどうなるんですか?』
『今日君を呼んだのはその事なんだよ…』
3人は顔を見合わせ、少しフリーズした。
『ここだけの話にできるかね?』
アレックスが恐ろしい眼光で倉田を見つめた。
『もちろん』
元々米映画界の俳優ではない倉田にすれば
それほど腹を割って話ができる友人がいない。
秘密を守るなんて簡単な事だった。
『エディだよ… 彼は誘いを蹴って干された。
君も彼が落ち目になったのは知っているだろう?
うちの専属俳優のまま10年以上苦しんだのさ』
「!」
エディ・ターフィがヒット作に恵まれなかったのは
フレッド財団の誘いを断ったからだったのか?
『クラ、君の才能はみなが認めている。
私も君の大ファンだ。憂き目には遭わせたくない
もしも?の時は移籍して映画界を盛り上げてほしい』
『向こうから接触があったらビルに、いいね?』
エドがそう言いながら軽く敬礼をして部屋から出ていく。
部屋を出てエレベーターの中でビルが言う。
「クラ、悪い話じゃないよ。
移籍は大物俳優に付き物なのさ。
君も俳優は続けるんだからまた会えるしね」
「ビル、オレは嫌だよ」
「オレも離れたくないさ」
2mの大男は倉田の肩を組んで
大きくため息をついた。
18、17、16 …10・9・8・7
各階の数字が決断のカウントダウンに見えた。
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