第16話 月下の涙


『クラ、あなたが好きです

 ずっと好きでした。もちろん今も』



いきなりの告白に倉田は黙ったままだった。

ピクリとも動かない。静止画のようだった。

マリーは言葉を求めてはダメだと思った。


『少し長くなりますが私の想いです』


抑揚のない音声が響く。

静止画が語りだした。




********




あなたに初めてスタジオでお会いした時

あまりのかわいさにびっくりしました。

こんな美しい人が相手役なのか?

私は3流の脇役、どうすりゃいいんだ?

俳優のレベルが違う。キャスティングミスだ。

仏の大人気女優を相手に演技なんかできない。



『そんな事言わないでください。

 クラもすごい俳優。ハリウッドコップも

 ポーカーフェイスも見ました。最高でした』


倉田はそれには返事せず言葉をつづけた。


『ネットで調べれば載っていますが…』


私は10年ほど前、人気女優と噂になりました。

彼女はスター、私はエキストラに近い俳優。

こんな私ですが、なぜか?愛し合う仲になって

彼女に結婚を迫られました。できないと断りました。

私は勇気がなかった。経済的にも彼女に頼る事になる。

男として嫌でした。彼女を守る立場で居たかった。

そうなるまで待っていてほしかった。

でもマスコミに追いかけられ絶好のターゲットになり

2人はそれに耐えられなくなり別れました。



「泉野 麗」とのロマンスである。

マリーも倉田の事は調べていたから知っていた。



それももう過去の事、今は何の感情もないのです。

でも、あなたに出会い、また不安になりました。

また恋をしてしまうかもしれない。辛いな。

あなたを愛さないようにがんばりました。

撮影が進んで、2人のクライマックス。

好きになってはいけない。感情を殺す事に必死でした。

それほどあなたは女性として俳優として輝いていました。



マリーはフェイスタオルに顔をうずめ号泣した。


『私もマリーが好きです、応援したいと思っています』


『応援だけですか?』


『大好きなマリーを応援します』


『じゃあ愛し合う2人は一緒に暮らします』


『結婚するということですか?』


『結婚よりも一緒に暮らしましょう

 私もアメリカに移住します』


『それはできません』


マリーはやっぱりと思った。

結婚に対する観念や意識は私と違う。

好きな人に対する接し方も違う。

サムライの考えなのかもしれない。


『クラの事これからも好きです』


そう言いながらも悔しくて

悲しくて涙が止まらない。


きっとサムライはこのまま変わらない。


マリーは立ち上がり倉田に待ってと手で合図。

隣の部屋に消えた。


まずかったな…でもウソはつけない。

そんな事を思っているとマリーが戻ってきた。


グラスを片手にしなやかな足取り。

窓際に向かい踊るように歩く。


『オランジーナです、おいしい』


そう言うとニコと笑いポーズを取る。

月明かりのせいか?透き通るような美しさ。

リセットしたようだ。泣いてはいない。

目の前にいるのは女優マリー・デュ・コロワだった。


『クラ、お願いがあります』


『ここに来てください』


倉田はビンタでもされるのか?と思い身構えた。


『明日の朝、私は帰ります』


『最後です』


その瞬間顔がゆがむ。


きれいに幕引きがしたかった。

握手で去っていくつもりだった。


『je ne peux pas faire ça』

(そんな事できないわ)


そう言うとスマホを投げ捨てて

倉田に抱き着いた。


「クラ、je t'aime je t'aime ......」


始めて愛しい人に抱かれた。

語り掛けるのはフランス語だった。



わかっているの。でもあなたが好き。

お願いだから神様、この人と、お願い。

彼の傍で。この人を支えたいのです。



マリーは敬虔なカトリック教徒。

命を懸けた神への祈りだった。


倉田は何を言っているのか解らない。

彼女を抱くのが精いっぱいだった。



倉田はマリーの気持ちが痛いほどわかった。

もちろん彼女の事も好きなのだ。

だが、好きだから暮らす?考えられない。

2人は俳優だ。感情だけで行動は許されない。

マリーの愛はうれしかったが、倉田は冷静だった。


彼女のすべてが性急に思えた。


もしマリーがじっくりと愛を育むことができていたら

この月下のシーンは違った展開となっただろう。


いつまでも離れずに泣き続けるフランスの妖精。


その慟哭が隣に漏れたのか?

ドアが静かに開いて2人がこっそり覗いた。


マリーを静かに抱きしめる後ろ姿。

気づいた倉田は静かに振り向いた。


「ガミラ、たのむ…オレ…オレ…」


助けを求める倉田は泣いていた。


ガミラが泣きながら駆け寄り肩を抱く。


「マリー・・・」


「Je ne veux pas partir, c'est vraiment la dernière fois.

 Alors s’il vous plaît, restez comme ça encore un peu.je ne veux pas partir」

(離れるのは嫌 本当に最後なの、だからもう少しこのままでお願い)


倉田の胸で嫌々をしながら叫ぶマリー。


「マリー?英語で、ねえ?」


ガミラはそう言いながらマリーを引き離す事ができない。

助けを求めて倉田の背中越しにエリックを見た。


エリックはマリーの言葉を訳する事はできなかった。

彼は壁に頭をぶつけながら泣いていた。













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