第15話 3211にて
ロビーに呼び出された倉田が渋々やってきた。
ガミラもさっきのドレスではなくいつものジャケット。
「クラ?ジーンズにシャツなの?」
「またタキシード着ろってか?」
「マリーに会うのよ」
「服装は関係ないだろ?」
そんなやり取りの間にガミラの後ろに男が。
このホテルのGMだった。
「用意ができました。どうぞ、ご案内します」
そう言ってカードキーを見せた。
「さ、クラ、行きましょう」
アナハイム・シーザーパレス32F
6つあるスィートのうちの1部屋。
3211 。4人が集まる部屋だ。
***********
「マリー 言いにくいかもしれないが」
エリックは前置きしてから尋ねた。
もうすぐここに倉田がやってくる。
真剣に愛しているなら止めない。
倉田の気持ちを確かめるんだね?
「後悔はしないわ」
そのつぶらな瞳には決意が見える。
フランス人形のようなかわいさに
ドキっとするほど鋭い眼差し。
妖精の姿に夜叉の瞳をもつ女優。
人は見かけによらない。
真剣な恋の駆け引きでは倉田が負けるかもな?
彼を待つ間、エリックはそんな事を考えた。
カチャ。
カードキーでドアが開く。
ガミラが左右をのぞき込むようにして入ってきた。
「今日はお疲れ様マリー 疲れてない?」
「Oh ガミラ!」
マリーが飛んできてハグ。
170㎝超えのガミラは抱き着くのにちょうどいい。
倉田は2人を見ていたがドアを静かに閉めて
日本語でガミラに言う。
「それで、どうすんだ?話は」
ガミラは静かにマリーと離れながら言う。
「そうね、2人で話すのフランス以来でしょ?
私とエリックはここにいるから隣でゆっくりしなさいよ」
そう言うとマリーには英語で説明。
彼女はうなずくとエリックと話をしている。
ここは20畳ほどのリビングだ。
左がベッドルーム、右がもう1つの
隣にソファとテーブルの部屋がある。
重厚な扉に合う豪華な部屋だ。
L字の大きなソファとテーブル。
ダミーだろうが豪華な暖炉がある。
その隣のカーテンを開ければ32Fの夜景が広がる。
ガミラが用意したグラスを片手に
少し距離を開けてソファに座る。
マリーもカジュアルなワンピースに着替えていた。
フランスロケ以来、2人だけになる。
でも会話はやはりスマホを介してだ。
『疲れてないですか?今日はありがとう』
『ええ、クラも大丈夫ですか?』
そんな硬い会話から話は進む。
少し緊張もほぐれたのか?話題はロケの思い出話。
スタッフの話や裏話まで、けっこう盛り上がった。
おもむろにマリーが言う。
『今も仕事で空港に行くでしょ?
どうしても最後の撮影を思い出します』
マリーは未だにゲートをくぐるたびに倉田を追いかける
そんな妄想をしてしまう。ロスに向かうのではないか?と。
だから今日の授賞式が楽しみだった。
倉田は言う。
映画が封切られ、みんなに喜んでもらえたが
マリーがパパラッチにおいかけられる場面を
TVで見た。心配だった。今は大丈夫か?
迷惑をかけていないか?それが心配だ。
『どうしてそんなに優しいの?』
ぽろっと泣き出した。
『優しい?どこが?』
『私は撮影の思い出に浸っているのに
あなたは私の心配をしている』
映画が好評で賞が取れたのはマリーのおかげ。
だからあなたを守らないといけない。
マリーの生活に危険が及ぶ事がないよう祈ってる。
倉田は真剣に言う。
『武蔵は優しい、でもクラはもっと優しいです』
マリーは止まらない涙を手で拭いながら
立ち上がりバッグからフェイスタオルを取り出す。
『ちゃんと用意してきました』
『泣き顔が嫌なので、暗くしていいですか?』
そういうと立ち上がり照明を落した。
カーテンを開けると月の光が明るく差し込む。
なんとなく部屋が青白く浮き上がるように見えた。
マリーはこの月の光に抱かれて
倉田への想いを伝えようとしていた。
******
「クラはマリーをどう思ってるんだ?」
唐突にエリックが聞く。
「……」
ふいに尋ねられたガミラは返事ができなかった。
「なんとか言えよ?
君も女ならマリーの気持ちはわかるだろ?」
エリックは少し語気を荒げて聞く。
「聞いてどうするのよ?」
「クラにその気が無いなら無駄だ。
すぐに連れて帰る。意味が無い」
そういうと立ち上がり隣の部屋に向かおうとした。
「待って」
ガミラは慌ててエリックの腕を掴んだ。
彼はさほど背は高くない。
ヒールを履いていたガミラが若干高く感じた。
見降ろされてイラっとした。
「離せよ」
メガネの奥、鋭い目で睨む。
ガミラの瞳はそれを遥かに上回る。
「クラもマリーの事が好きよ」
「ほんとか?」
「でも…」
ガミラが言う。
日本人の感覚だと思うんだけど…
と前置きしてから確かめるように話す。
彼の結婚観はきっとマリーと違う。
クラが思う男女の仲は崇高だ。
好きだから付き合うとかではない。
マリーの思いは理解できるけど
クラがどう受け止めるか?はわからない。
「何度も言うけど、クラはマリーが好き。
でも、その愛の形はマリーが望むものかどうか
それが私にも分からないのよ…」
「やっぱり無駄じゃないか?」
エリックは不貞腐れた様子でソファに戻る。
「いいえ、きっとクラは答えを出すわ」
そう言いつつガミラは隣のドアを見つめた。
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