第13話 倉田とマリー
「A chance Encounter 」
邦題「二人・奇跡のめぐり逢い」
恋愛映画なのにラブシーンは一切なし。
主人公の男女が愛を交わす場面がない。
キスも抱擁もなにもない、手も握らない。
だがそれがウケた。
逆にまどろっこしい2人が新鮮に映ったのだ。
好きすぎて近づけないなんて、初恋をほうふつとさせる。
日本ではエモいと若者の間で大人気。
もう聞かれることもなくなった「純愛」という言葉が
クローズアップされるようにもなった。
倉田が嫌だと言ったラブシーンをカットしたことが
結局功を奏したのだ。
全米各地の映画館はどこも大盛況。
特に倉田が冷たくマリーを突っぱねる空港のシーンで
観客からブーイング。スクリーンに怒鳴る客が現れる。
泣き崩れるマリーを見て一緒に号泣する女性が続出。
画面が変わり、後日、マリーがキャリーを引きながら歩くシーン。
これには少し手をくわえた。リックやスタッフのアイデアで
キャリーのグリップに倉田のハンカチを結んで撮りなおしたのだ。
これがまた大成功。ハンカチに気づいた観客はざわざわ。
「あれ、別れたときの?」「あのハンカチ?」口々に騒ぎ出す。
次に、チケットが映りチラッと「LAX」の文字が見えた瞬間
「やっぱり!」「そうだよ!」歓声と拍手に包まれる館内。
搭乗ゲートをくぐるマリーの背中にエンドロールが始まるが
ほとんどの映画館でスタンディングオベーションの嵐だった。
米 vs 仏 対決の様相だったこの映画は
なんと全米第一位の売り上げを記録。
倉田はアカデミック賞の主演男優賞にノミネートされた。
もちろんマリー・デュ・コロワも主演女優賞にノミネート。
出来レースとは言わないが、W受賞は確実だと言われている。
「クラ、出かける時には気を付けろよ」
ビルが真顔で倉田に言う。
ガミラが困り顔でうなずいている。
当の倉田は意味がわからない。
「なぜ?誘拐でもされるのか?」
「君はもう新人じゃない、Big Name だ。
MPS でもボディガードをつけようと思ってる」
「オレに?エンペラー(天皇)じゃあるまいし」
「クラ、命を狙われるんじゃなくて
熱狂的なファンの思い込みでの事故があるのよ」
ファンによるトラブルはこの世界で珍しくない。
恋愛映画の場合、相手役に嫉妬し出待ちして詰め寄ったり
ひどい場合は暴行を受けることもある。
倉田とマリーのロマンスはおおいに噂になっていた。
映画の共演から恋の噂が広まる事は珍しくないが
あのラストのマリーはガチだ。演技であの泣きはないわ。
というSNSで沸騰。
またマリーがXで「je m'appelle OTSU」(私はお通)とつぶやいた。
「おつう」とはなんだ?フランスでは大騒ぎ。
日本ではマリーのファンが彼女自身が日本びいきで
宮本武蔵のファンだと突き止めた。
「お通?じゃあ武蔵が倉田だろ?」と騒がれた。
新宿のKコーポレーションでは問い合わせが毎日。
岡元を始め吉岡も尾崎もてんてこ舞いの忙しさだった。
MPSもKコーポレーションとも連絡をとって
スキャンダル対策もしているようだが
記者たちが倉田の周りもうろついている。
「とにかく気を付けてね」
そう言われても倉田はどうしていいか?
わからなかった。
日本でもファンは居たし、街中でサインを求められたり
家を見つけられて押しかけられた事もあった。
だがアメリカは銃社会だ。もしもの事もある。
シアターヒルズはセキュリティがしっかりしているが
それ以外の移動ではパパラッチがうろつく。
そして予想通り倉田の熱愛報道は加速する。
ウソやデマもまぜこぜにタブロイド紙が書きだした。
見てきたようなウソをつきというのはこの事だ。
もちろん倉田は我関せず、知らんふりを決め込んだ。
フランスでマリーが追いかけられるニュースが
アメリカでも流れる。
倉田も外出は控えていたが、買い物にでかけた
堀井までが追いかけられるようになってしまった。
念のため彼女も買い物に出ることなく自宅待機。
MPS側スタッフが倉田の世話をする事となった。
また岡元から連絡があった。
いち早く情報を手に入れた彼が言うには
週刊文修の安藤が動き出したというのだ。
独占インタビューを狙うつもりだろう。
昔「泉野 麗」とのロマンスをバラされた。
真剣だったのに収入差をおもしろおかしく書かれた。
来るなら来い!あの頃とは違う。
今はハリウッド俳優、KOHEI KURATA だ。
だが岡元からの連絡を受けたMPS側が
週刊文修側になにかアクションを起こしたのか?
結局、独占インタビューには来なかった。
「ハリウッドをなめてもらっちゃ困る」
そう言ってビルが笑った。
どこの世界もそうだが権力がものを言う。
日本のマスコミなど相手にしていない。
倉田にはかわいそうだがスキャンダルも
話題の1つだとMSP側は考えていた。
人のうわさも75日というが、アメリカでは
「A wonder lasts but nine days」というらしい。
騒ぎ立てるのは9日しか続かない。が直訳だ。
ほんとかよ?たった9日で収まるかよ。
倉田はアカデミック賞授賞式が心配だった。
当然マリーと再会することになるからだ。
あと2週間か・・・
倉田はカレンダーを見ながら祈った。
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