第12話 クランクアップ

ここはオルリー空港のターミナル。

2人の別れのシーン、フランスロケ最後の撮影だ。



******


マリーはDV野郎と別れ、晴れて自由になれた。

旦那と別れる際に倉田は粉骨砕身で彼女を支えた。

愛する女を救いたい、ただその一心で。

だが、その思いを抱えたまま予定の仕事を終える。

マリーに思いを告げる事無く黙って帰国しようとする倉田。


私が自由になれた。それだけであなたは満足なの?

泣きながら問いかけるマリー。

売れない作家の自分では君を幸せにできない。

そう理由を告げる倉田にしがみつき泣き続けるマリー。

最後に彼女を抱きしめた倉田は deperture へ消える。



場面が変わる。2人が別れてから20日後。

オルリー空港。

スマホを片手にアメリカへ向かうマリー。


最終的に2人は結ばれることを予感させるラストだ。




******


今日はこの最後の2シーンを撮る。


まず、マリーが倉田を追いかけてアメリカに向かう所。

エンドロールが流れる本当に最後のシーンの撮影だ。

ここにマリーのセリフは無い。無言で歩くだけ。

そのまなざしだけで倉田に会いに行くと思わせる。


1発OK!

さすがマリー・デュ・コロワと皆が舌を巻いた。


次は2人の別れのシーン。リックが演出の確認。

ガミラとエリックが通訳に駆け寄る。


「いいかい?クラ。彼女を抱きしめ(愛してる)

 (でも僕は君を幸せにできない)そう言うと

 彼女を離し、2~3歩下がり、手を軽く振る」


うなずく倉田。


「で、そこでマリーは泣き崩れる。君は戻って彼女を立たせて

 無言で抱きしめキス。君からマリーに最後のセリフ

 で、マリーのセリフ。それに返事せずに走り去る」


うんうんとうなずくマリー。


「ざっとこんな感じだけど、そこはライヴさ。

 よほどの事がない限り、止めないからね。

 とにかく最後まで突っ走ってみて

 ダメだったら、また別テイク、いい?」


リックは2人の肩をたたく。


「クラ、暴走はダメよ、ほどほどにね」


ガミラが子犬に躾をするように言う。

日本語が分からないマリーには英語で伝えた。


それを隣で聞いていたリックがニヤリと笑う。

彼は倉田の暴走を期待していたのだ。



「Action」



******



2人が待合室の椅子で座っている。

スマホで何度も時間を見るマリー。


「そろそろ行くよ」


「ねえ?ユージ(雄二)」




お!台本どおりだ!と思った矢先

マリーは急に倉田の上着を引っ張る。

思わず倉田は嫌な顔をして抵抗する。


スタッフが全員フリーズ。

いきなりのアドリブだ。

スーツの引っ張り合いなんか

台本のどこにも書いてない。




「離してくれよ」


「どうしてっ?最後でしょ?」


その瞬間美しいブラウンの瞳から涙が。

倉田はかぶりを振るとさらに後ずさり。

マリーは上着の裾を掴んで離さない。


マリーは完全に台本を無視。

彼女を抱きしめるはずの倉田も拒絶のままだ。


「どうして避けるの?ねえ?クラっ!」


マリーは倉田の名前を叫んでしまった。



*******


「!!!」


みんなが一斉にリックを見た。


「いい、このまま、止めるな!」


誰も予想できないやりとり。

リックはこれを待っていたのだ。


「これは演技じゃない。

 2人の本当のお別れだよ」



*******




「君を避けた事は一度もなかったよ。

 やっぱり帰らなきゃ。貧乏暇なしだよ」

 

マリーは次のセリフが出ない。

涙が止まらない、おまけに鼻水まで出ている。

倉田はポケットからハンカチを差し出す。

これももちろんアドリブだった。


「アドリーヌ、愛だけで人は生きられない

 金の無いオレは君を幸せにできないよ」


ハンカチを受け取り顔を覆った瞬間

ガバと顔を上げるマリー。


「ちょっと?あなたの匂いがする…あなたの」


ウァー。


さらに号泣するマリー。

倉田の匂いがした?これもアドリブか?

その声にスタッフの女性がもらい泣きしだした。


「アドリーヌ。君はもう自由じゃないか?」


「そうよ、自由よ私、だからクラ…」


そう言いながら倉田に抱きつこうと近づく。

倉田はまた後ずさりし、マリーから離れる。


「 Pourquoi tu ne me tiens pas ?」


声を荒げるマリー。

倉田に迫り胸に殴りかかる。

そのかわいい拳を優しく掴まれた。

声のトーンが戻り、英語になる。


「ねえ?どうして抱いてくれないの?」


「こんなにも愛した君を振り切るんだよ」


「……」


「ここで触れたら、抱きしめたら、戻れなくなる」

 

「戻らないでよ?」


「君を幸せにできるならそうするさ」


「信じてくれないと思うけど… マリー、愛してるよ」


そういうと倉田はサっと向きを変えた。

まるで逃げるように足早にマリーから離れる。

マリーは最後のセリフが出ない。

そのまま床に泣き崩れ、肩を震わせる。


倉田はゲートを通過した瞬間、振り向く。

床で号泣するマリーを見て顔がゆがむ。

涙がこぼれる寸前、機内に消えていった。



********



「Cut !」


「名前は(アフレコで)いけるな?」


音声がサッとうなずく。


「Finish !」


「わ~」


リックの声と同時に多くのスタッフが倉田に抱きつく。


「なんだ?なんだよぉ~」


揉みくちゃにされ日本語で叫ぶ。

まるで勝利したボクサーにファンが群がるようだ。


「なによ~?まるでロッキーじゃない?」


ガミラが泣きながら隣に居たエリックに軽く肩パンチをした。









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