第11話 直感

フランスロケが始まった。


監督のリック・マンソン始めアメリカチームは

倉田とマリーが上手くやるかが心配で

なんとなくヒリついた空気が漂っていた。


フランス側も倉田の態度を注目していた。

アメリカでの初ロケではマリーに対して

声もかけず、ほとんど無視のような状態。

仏映画界では人気の女優マリー・デュ・コロワ

最悪の扱いとニュースとなったほどだ。

もし倉田の態度が悪いままなら国際問題だ。


そんな臨戦態勢の撮影。


ある町で倉田を見かけたマリーが彼の後をつける。

2人の再会のシーンだ。


リックが2人を呼んで最終チェック。

ガミラとエリックが同時に通訳をし2人はうなずく。


「Action!」


全員が祈るように2人を見つめる。


とある街中で倉田に声をかけるマリー。

台本では英語だが、彼女の第一声はフランス語。

リアルに驚き、うろたえる倉田。

だが彼も20年のベテラン、そのまま日本語で返事をする。

台本にないぎこちないやり取りが続く。


いきなりの台本無視にスタッフは慌てたが

リックは「イケる」と直感。続行の合図をする。



2人は懸命にジェスチャーまじりに話しを続けながら

カタコト英語で意思疎通をはかる。

マリーのアドリブから始まった初の撮影は

本当に2人が再会したようなリアルなものだった。


*******


その日の撮影はほとんどNG無し。

しかも、ところどころにで倉田もアドリブを入れる。

それもスタッフもカメラを忘れるほど自然なものだった。


「おいおい、クラ~台本要らないよ~」


リックが休憩時間に小走りでやってきた。

ガミラは得意げに腰に手を当て居丈高に言った


「MPSの秘密兵器をなめないでよね」


「ほんと、すごいよ、演技に見えないって」


リックは興奮気味に倉田に語り掛ける。

彼も渡米して3年。簡単な会話ならできた。


「慣れだよ、慣れ」


うそぶく倉田を見てガミラは思った。

倉田は上手くなっている。いや、ちがう。

逆に米映画界が倉田を過小評価してたのかも?


ガミラの読みは間違ってはいなかった。

倉田は20年くすぶっていた脇役。

日本という狭い水槽で、もがいていた不遇の男が

ハリウッドという大海原に放たれた。

どこまで泳ぐ?その実力は計り知れない。




******




「こんなおかずでいいんですか?」


困った顔をして堀井がたずねた。


フランスロケの間、倉田はフランス側が用意した

一軒家でガミラと堀井、3人で暮らしていた。

ホテルに居れば毎晩豪華な食事ができるのに

彼は毎日この家に戻り堀井の作るご飯を食べていた。


「しつこい肉料理とかもう飽きたよ。

 梅干しとおかかのおにぎりが最高だ」


「私も日本でお米中毒よ。和食は最高ね」


ガミラの言う和食の内容はわからないが、彼女もここで

堀井が作るごはんを楽しみにしていた。


夕食はおにぎりに味噌汁、揚げ出し豆腐にアジのフライ。

刺身。ほうれんそうのおひたし。ひじきと豆の煮ものだ。

ここがフランスとは思えないメニューが並ぶ。


「でも撮影順調ですよね?」


「うん、なんとかな」


「でももうあと1週間ね、なんか寂しいね」


ガミラが器用に箸を使いながら残念そうに言った。


「あ、そうだ!明日休みだろ?どっか行って来いよ」


明日はこのロケ最後の休日。

ガミラも、ろくろく観光もせずに撮影に付き合っている。

堀井も日本食の買い出しに毎日苦労してきた。


「Oh! Nice ホリィ、一緒に行きましょ?」


「おお、そうだ!堀井ちゃんも観光したら?」


「え?いいんですか?」


「いいも何も、今までの休みも遊びに行ってないだろ?

 スーパー行って家で料理だけは申し訳ないよ。

 君はうちの社員だし、オレ責任感じるよ」


「ホリィ!明日はパっとやりましょ」


「おお。いいじゃん女同士、1日中遊んでさ

 お買い物、ランチとディナーで散財しなよ」


「いいんですか?!でも、なんか…」


「いやなのか?」


「いえ、そういうわけじゃ。でも…

 こうしてフランスまで連れて来ていただいて

 そのうえ、観光までさせていただいて散財なんて」


「社長命令だ。遊んでおいで」


「ホリィ。行こうよ。クラは明日マリーとデートだから」


「えっ?」


「ああ、うん、明日、取材も兼ねて、夜ご飯に行くんだ。

 オレは、ん~夕方迎えが来て、10時ごろには帰るかな。

 お昼は適当に食べるから朝から行っておいで」


「OK、決まりね。ホリィ、食べたら明日の相談しよ」


倉田は子どものように喜ぶガミラを見て笑った。


食事が終わり、倉田はソファに沈み、TVでYou tube 。

ガミラと堀井はテーブルに。

ケーキと紅茶をお供に明日の相談を始めた。


「ねえ?クラ?お買い物はクラのカードでOK?」


「おお、もちろん」


「いくら使っていい?」


「ん~?ランチ、ディナーお買い物だろ?

 2人で1000ドルくらいは使うだろ?」


「Wow !ホリィ、クラはさいこーね」


ガミラが小躍りしてソファの倉田に抱きつく。

その姿を見て微笑む堀井。


だが、ガミラは彼女を見て気づいた。

ホリィ。あまりうれしくない?

お買い物し放題よ、観光で1日リッチに行くのに。


浮かない顔してなによ?


私と別に仲は悪くないよね?


まさか?クラのデートが気になるの?


ガミラは何となくそう思った。







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