第10話 帰ろうよ

7Fのラウンジで少し飲みながらの2人。


マリーがふいに切り出した。


『今日の倉田さんは優しいです』


『2回目で慣れたかな?』


スマホを見せながら笑う。


マリーは堰を切ったように語り掛けた。


『倉田さんに言いたい秘密があります』


「?」


『私の子どものころ…』


******

マリーは話をしだす。


フランスでは日本のアニメが昔から放映されていた。

子どもの頃は「どらイもん」というアニメが好きだった。

高校の時、大ヒットアニメ「素浪人剣真すろうにんけんしん」が放映。

それ以来、サムライに興味を持つ。


その後大学に進み図書館で宮本武蔵を知る。

剣の道一筋に己をストイックに追い詰める武蔵。

お通という愛しい女性の存在に、苦しみながら生きるサムライ。

相手役のお通も芯が強く、ひたむきに武蔵を愛する女。

自分もお通となり、いつか武蔵に会いたい。

そんな風にサムライに恋してしまった。


日本に行ってみたい、侍が見たい。


女優になってから日本行きのチャンスには恵まれなかった

そんな中、この映画のオファーが来る。相手役は日本人。

どんな人だろう?サムライのような人かしら?

マリーは初めて接する倉田にサムライを求めた。


精悍な顔立ち、フランスでは平均身長だが日本人としては大きい。

スタッフと談笑する姿は朗らかで明るいオジサン。

だが撮影になると、一変して寡黙な人になる。

マリーに近づくどころか、指一本ふれようとしない男。

そんな倉田はサムライに思えた。

私もお通になれるかな?そんな期待を込めた撮影だったが

倉田のあまりの冷たさにショックを受けた。

だが、原作も武蔵につれなくされるお通。

今の状況にますます感情移入をしてしまった。


*****


マリーは肩をすくませ恥ずかしそうに笑う。


倉田はこんな話をされるとは思いもよらなかった。

フランス人女優が宮本武蔵を読んでお通になりたい?

今の日本女性で宮本武蔵を読んだ人がどれだけいるんだ?




『マリーさん、感動しました。

 あなたが朱美じゃなくてよかった。

 私は又八になりたくはないのでね』


「Oh!je ne peux pas le croire」

 

マリーは思わず倉田の手を取って

フランス語で何かを言った。

しまったという顔をして慌てて翻訳する



『信じられない!倉田さんも読んでたんですね?

 あなたはサムライです』



そう言いながらマリーは倉田に触れた時

彼が拒絶の態を示さなかった事をうれしく思った。

分かり合えた、倉田に認めてもらった。

マリーはお通になれたような気がした。



*******



ガミラは1Fのロビーでエリックと待っていた。

2人がラウンジに消えてから2時間近い。


「遅いよ、話がこんなに続くのか?」


エリックはイライラが収まらない。

この映画の話が出た時は

アメリカ進出の足掛かりになると思ったのに…


相手役はどんな奴だ?

エリックは小柄でメガネという

ステレオタイプの日本人を想像していた。

それが意外にもエリックより背が高い。


脇役とはいえベテラン俳優だ。

アメリカでの3年が彼を大きくした。

エリックは彼のオーラに気後れした。


最近売れ出した生意気なジャポネめ。

あんな野良犬のような男とかわいいマリーが

共演することが許せなかった。


「話が弾んでるからじゃないの?

 少なくともケンカはしてな  あ!」


エレベーターから2人が降りてきた。


いつも通り2人は距離を置いて歩く。

だが彼女はマリーの変化に気づいた。

あきらかに午前中の彼女ではない。

生き生きとした表情が見て取れる。


「行こうか?ガミラ、待たせたね」


ガミラはそれに答えず隣のマリーに近づき

思わず手を取り尋ねた。


「ありがとうマリー。ゆっくり話せた?」


「全然、駄目よ」


「えっ?」


「話足りないわ」


「も~驚かさないでよ」


そういってガミラは思わず抱きつく。

まるで溶けて消えそうな身体。

若い頃は妖精と呼ばれたマリー

今でもそうだわ、女の私でも

この子に夢中になりそう。


ねえ?クラとどんな話をしたの?

ふと聞きたい衝動にかられる。

いや、そんな詮索は要らない。

この雰囲気、女ならわかる。


マリーはクラが好き…


ガミラはエリックに言った。


「おあいにくさま、ミッション成功よ」




********




「ねえ?どんなマジックを使ったの?ねえ?」


ガミラは車の中で2人だけになると尋ねた。


「ガミラ、ストーリー覚えてるかい?」


「ストーリーって…映画の?」


「うん」


ガミラは天井を指さしながら…


ん~ マリーは結婚していて…

夫はDV野郎でギャンブラーで…

それに耐えかねてアメリカに逃げて

財布を落として困ってる時にクラに会う…


のよね?


で…


日本人なら安全?って事でマリーが接近

クラは警戒したままマリーを助けて…

マリーは感謝して帰って…

次はクラが仕事で…フランスで再会

そこで2人は恋におち…る?


「!」


バックミラーで倉田を見ていたガミラは

何かを発見したかのように振り向いた。


「今日、再会して仲良くなったんだよ」


「え? クラっ じゃあ、まさか?

 今まで全部マリーに演技してたの?」


「帰ろうぜ、夕飯なにかな?」


「ねえ?わざとだったの?ねえ?」


「いいから、エンジンかけろよ。帰ろうよ」


後部座席の倉田はそう言って笑った。



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