第9話 レストランにて
「お願いよ、クラ、優しくしてあげてね
ロケが終わるまでの間だからお願いね」
ガミラは懸命に倉田の二の腕をゆさぶる。
今日の話し合いでケンカになったり
マリーが完全にへそを曲げたら終わりだ。
マリーに良い印象を持たないのは勝手だけど
そこを演技で乗り越えるのが普通でしょ?
どうしてこの男はマリーに冷たいんだろう?
日本人ってシャイだと聞いた事はあるけど
これは本当に嫌っているんだわ…
クラはこの撮影を壊そうとしているのかしら?
ガミラはオテル・ド・ニースのロビーで
そんな事を考えつつマリーを待っていた。
しばらくして、マリーがマネージャーと現れる。
これから1Fのレストランでランチを取り
そのあと用意された別室でお茶しながら話をする。
もちろん2人だけ、時間無制限、内容はシークレットだ。
ガミラがマネージャーのエリックとなにやら話をしている。
その傍らでマリーが申し訳なさそうに佇んでいる。
倉田はソファに座ったままスマホを見ていた。
その姿にイラつくガミラはその美しい眼差しで睨みながら
「クラっ、ほんとお願いよ、言葉も選んでね。
どれだけ時間がかかってもかまわない
私は待ってる、仲良くしてよ、ね?」
「お昼は食べないのか?」
「私は今、ラマダーンで断食してるね
私の事よりマリーと仲良くなって!」
泣きそうになりながら畳みかけるように倉田に怒鳴る。
親の前で正座をさせらてうなだれる子どものように
倉田はガミラに何度も頭を下げた。
そんな2人に恐る恐るマリーがスマホを介して話しかける。
倉田はフンフンと頷き、マリーにどうぞと手で合図。
なんとか2人はレストランに消えて行った。
スーツ姿の倉田は182㎝のためフランス人にもひけをとらない。
マリー・デュ・コロワは160㎝で美しい金髪にブラウンの瞳。
ジュモーが大人のフランス人形を作ればこんな感じかな?
そう思わせるほどかわいい女性だ。
お似合いなのにな… 2人の後ろ姿を眺めながら
小さなため息をつくガミラにエリックが言う。
「大丈夫だろうな?奴の態度があのままなら
それこそ国際問題だからな」
「クラは紳士よ、ちゃんとできるわ」
「何ができるんだ?マリーを馬鹿にする事か?」
エリックはそう吐き捨てるとプイと背を向けた。
ソファに力なく座るガミラは返す言葉がなかった。
*********
「ん~どうすっかな?」
日本語でつぶやきながら宙を見上げる倉田。
マリーがスマホを差し出す。
『オーダーどうしましょう?
苦手なものはありますか?』
『特にありません。なんでもいいので
マリーさんがたのんでください』
2人の会話はスマホの翻訳機能を使って行われた。
機械の音声が棒読みのため、冷たく感じるが
スマホの翻訳だから言葉が雑にならないのがいい。
倉田の言葉も柔らかいものでマリーはホッとした。
ランチは今日のお薦めコースにした。
ホテルは高級だがこの店はビストロなので比較的庶民的だ。
2人で食べながら会話も大変だが、このレストランは
料理が来る間がえらく長い。そのため会話の時間も取れた。
世間話から本題に入る倉田。
はっきりとマリーに伝えた。
『あなたが嫌なのではない。
私は演技の恋愛ができないんです
それに私はスキンシップが上手くない。
態度が悪いように見えるかもしれないけど
あなたに触れたり近づくのは失礼だと思います。
この映画が本当に嫌ならオファーは受けません。
あなたにはすまないと思っています。
がんばりますから許してください』
マリーの顔がパっと花が咲いたようになった。
『うれしい。嫌われていなかったのですね。
アメリカで倉田さんにお会いした時
あまりに避けられるので嫌われたと思いました。
馴れ馴れしい男も嫌だけど、冷たくされたのは
初めてだったのでショックでした』
よほど倉田の態度が悪かったのだろう。
マリーはうれし泣きでスマホをかざした。
『それはすいませんでした。
リックにお願いしてベッドシーンを無くしたのも
あなたが嫌ではなく、そういうシーンが嫌なんです。
芝居で抱き合う事もキスも嫌です。
相手が誰であろうと芝居は嫌です。
そんなシーンがなくても愛しあう2人は表現できる。
私はそう思っています』
『演技の恋愛は嫌なのですね』
『ええ、我々俳優は演技の世界で生きています。
でも演技で恋愛をする事は嫌なんです』
『本当の恋愛ならいいのですか?』
『もちろん、真剣な恋愛なら喜んでします』
棒読みで感情が入らないセリフが面白かったのか
マリーはうれしそうにケラケラと笑った。
そこには女優ではない、素の33歳が居た。
スマホを介しての会話だが盛り上がった。
食後のコーヒーを飲みながらマリーが言った。
『このあと、7Fのラウンジへ行きませんか?
もっとお話しがしたいです』
『わかりました』
**********
レストランを出た所でガミラとエリックが飛んできた。
2人は悲壮な顔をして倉田、マリー各々に駆け寄った。
「大丈夫だよ。ちゃんとしてる。これからラウンジへ行くよ」
「よかった、仲良くなれそう?」
ガミラはよほどうれしかったのだろう
倉田の手を取り子どものように飛び跳ねる。
その隣でエリックがマリーに帰るよう説得していた。
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