第8話 悩めるマリー

「しかし時間かかったなぁ」


倉田は隣を歩くチューリップハットに声をかけた。


「約10時間と聞いていましたからね

 でも日本からロスも同じくらいですよ」


堀井は困った顔で倉田をなだめる。

イミグレーションを出てからも愚痴は続いた。


フランスに来た事が嫌なのかしら?。

というよりも、この映画が嫌なんだ?

このロケ中に倉田さんがガマンできなくなって

クビになったりしないかしら?

ガミラさんはどう思ってるんだろう?

そんな事を思いながら彼女は目の前を歩く

白いジャケットと長い黒髪を眺めていた。


フランス、オルリー空港。

倉田はこれから約1ヵ月フランス現地ロケに入る。


ロス、パリの時差は約9時間だ。

夜出発しフランス着は14時。

ホテルに入って時差ボケを解消したいのだが

このまま現地スタッフと会議するらしい。


「しかたないね、Cクラス(ビジネス)で来たんだから。

 Yクラス(エコノミー)で来たのなら断れるけどね」


ガミラが口をへの字に曲げながらつぶやいた。

迎えに来たバスにスタッフ全員が手分けして乗った。

監督や主演の倉田までが一緒にバスに乗る。


撮影所に着く。

監督や倉田を含む出演者10人ほどがここで降りる。

堀井を始め他のスタッフは指定された宿泊ホテルに戻る。


「おいおい、ここが撮影所?物置だろ?」


何人かが笑いながら建物に入る。

現地フランスのスタッフが笑顔で迎い入れてくれた。

アメリカでの撮影には参加していなかった者も居る。

その新メンバーと挨拶を交わし話は1時間ほどで終わる。


さあ、ホテルに戻ると思いきや、別の場所へ向かう。

フランス側の出演者たちと打ち合わせがあるのだ。

今度こそホテルに入れると思ったのに…。


「しかしこき使うよなぁ・・・」


倉田はパリの街並みをながめてつぶやく。


「オテル・ド・ニース」パリの高級ホテルだ。


「ここって、高級なのか?」


「まあホリデーインよりはマシかな?」


俳優の何人かがそう言いながらロビーを歩く。

ガミラはスタッフみんながフランスチームに

イイ印象を抱いていないのを感じた。


主役の倉田自身がさほど乗り気ではない撮影だ。

その空気がアメリカチームに伝染しているのだ。

この映画、頓挫するかもしれない。

ガミラは心の底から心配した。


スィートにはフランス側の主役陣が待つ。

もちろん、相手役のマリー・デュ・コロワも居た。


「Hi  KURA」


弾けるような笑顔のマリー。とても33歳に見えないかわいさ。

少し小走りで倉田に近づきハグしようとする。

だが彼は身体を引いた。あからさまに拒絶の態だ。

ガミラは慌てて「ハグに慣れてないから」と言い訳をした。


マリーは少し悲しそうな顔からすぐリセット。

さすが新進気鋭の女優だけはあるなとリックは感じた。

当の倉田は何も感じていないのか?素知らぬ顔だ。

嫌々フランスに来たんだけど。そんな空気にも取れる。

フランス側も、彼に対して調子に乗るなよ。的な態度だった。

だが言葉がわからない倉田にすれば、それもどこ吹く風。


しかたなく気まずい雰囲気のままリックは話を始める。

約1ヶ月の撮影のスケジュールやその他の打ち合わせ。

仕事の話が始まればスムーズにお互いが話し合い。

そこはお国は違えどもプロ同士、打ち合わせが終わる。


ミーティングが終わり、各々が雑談し、くつろいでいた。

倉田はカメラマンのカートと翻訳アプリで会話をしている。

しばらくして、ガミラが倉田を呼んだ。


「クラ、ちょっと・・・」


心配そうな顔をして腕を引っ張る。

機嫌がよかった倉田の顔が曇る。

その雰囲気を察して監督のリックが近づいてきた。


ガミラは先にリックに説明をする。

倉田もなんとなく理解はできたが、英語ができないキャラなので

あえて不思議そうな顔をして2人を見つめる。


「クラ、マリーの要望なんだけど・・・」


「マリー?ああ、オレの相手役か?」


ガミラに言われて一瞬わからなかったほど

倉田は彼女に興味がなかった。


ガミラは困り顔で説明する。


「マリーがね・・・」


倉田自身がこの映画に乗り気ではないように感じた。

最初の撮影は2人が初めて出会うシーンだったので

演技でよそよそしさを醸し出しているのだ、と思った。

でも撮影が進むにつれ、自分が嫌われているのではないか?と

疑念を持つようになった。

1ヶ月ぶりに会ったけどやっぱり嫌われているように感じる。

どうなのだろう?このままやっていけるのだろうか?

私はこの映画を成功させたい、アメリカ進出もしたい。

私に悪い所があるなら改めたい、意見が聞きたい。

もし倉田がOKしてくれるなら、2人でゆっくり話がしたい。


ということらしい。



「悩んでるみたいよ、マリーは・・・」


倉田も俳優業20年を超えるベテランだ。

共演者との溝は埋めた事もあったし、溝を川に変えたこともある。

国は違えども同じ役者としてマリーの思いは理解できた。


「クラ、頼むよ、仲良くしてくれ」


意味がわかってやっているのか?合掌するリック。


「わかったよ、ガミラ、セッティングしてくれ。

 オレ、彼女とじっくり話し合うよ」


3日後、マリーと倉田はこの「オテル・ド・ニース」で

ランチデートをすることになった。




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