第7話 モチベーション

「来週、フランスかぁ・・・」


「なんだか乗り気じゃなさそうですね」


シアターシティの新居に移ってやっと慣れた倉田。

一人暮らしには持て余す20畳のリビングで朝ごはん。


今朝のメニューは、ごはん、目玉焼き、鮭の塩焼き。

ベーコンとキャベツの炒め物と味噌汁だった。


「堀井ちゃんはフランス行きたいかい?」


「ん~あまり興味はないですね。もう年だからかも?です」


「なに言ってんだい?オレより3つ下だろう?」


笑いながらおいしそうに食べる倉田。



インターホンが鳴る。


「なんだ?早いな、おい?

 堀井ちゃん、ごめん、出て」


堀井はあわててロックを解除する。


「9時って言ったのにもう迎えにきたんだ?」


倉田はこのリビングに合う大きな電波時計を見た。

時間はまだ8時すぎだった。


「お見えになりました」


「Hi クラ~おはよございます」


「ガミラ、早いよ、朝ご飯は食べたのか?」


「Oh 今日の昼までランダーンの日ね。

 だからお昼までは食べないのよ」


「ああ、言ってたな?祈りのなんとかだったね?」


ガミラの母国では神に祈りをささげる日がある。

このランダーンの日は12時間の断食をするらしい。

今日はその日に当たるため飲み物以外は口にしない。


堀井は気を利かせ、コーヒーをガミラにいれた。


「Oh ホリィありがとです」


倉田は彼女を堀井ちゃんと呼ぶが、ガミラはホリィという。

倉田の事はクラーだ。そのほうが発音しやすいらしい。


「それよりクラ~!リックが困ってた。

 また1シーン削ったの?なぜ?

 その話で少し早く来ました、ダメよ」


リックというのはリック・マンソン。

「A chance Encounter」

邦題「二人・奇跡のめぐり逢い」

そう、今度倉田が挑む新作の監督だ。



「ラヴシーンはやりたくないんだよ」


「No なぜ?あまりいう事きかないと降ろされるよ

 ラヴシーンの無い恋愛映画なんかありえないよ」


「リックに言ったんだ。別にベッドシーンがなくても

 キスしなくても惚れてるって分かる場面はいくらでも撮れる」


「でも。シナリオがあるから、シーンを変えることは無理よ

 あまり変えると話も違うものになるよ。ダメよ。

 リックがなんとかしてくれって言うのよ。

 ねえ?クラ、日本では一体どうしてたの?」


ガミラは倉田の態度に焦っていた。

あきらかに今までとはやる気が違う。

クランクインからどうも乗り気でないようだ。


相手役の女優、マリー・デュ・コロワは33歳。

160㎝で細身。金髪にブラウンの瞳。

フランス人形が大人になればこんな感じかな?

そんなことを思わせる美人だ。


顔合わせで喜ぶかと思えばそうでもなかった。

マリーとは打ち解けていないのが分かる。

まだ撮影は始まったばかり、態度を変えないと

降板は一言、「You are Fire 」で終わる。


堀井は2人のやり取りを背中で聞いていてわかった。

倉田はラヴシーンがやりたくないのだ。

ガミラはビジネスだからしかたがないと言う。


来週からフランスでのロケ、約1ヶ月以上はかかる。

たのむから協力してよ、みんな心配している。


マグカップを包むようにしてガミラは涙ぐんでいた。

実はリック自身、倉田に不信感を抱いていたからだ。


「ガミラ」


朝ご飯を食べながらまるで聞いていないような

顔をしていた倉田は箸を置いて真顔で言った。


「殺人犯や刑事の役は想像でできるんだけど。

 オレはお芝居の恋愛ができないんだよ。

 ビジネスとしてやれと言われても、オレの場合。

 日本でもラブシーンやベッドシーンはやってないよ」


「でもこうして映画の出演を受けたんだ。

 リックやプロデュサーにも迷惑かける事になるから

 自分なりにみんなと相談しながらがんばるよ。

 フランスへ行ってもなるべく前向きにやるよ。

 でももし降ろされたらそれまでさ、あきらめる。

 それが気に入らないなら君もマネージャーは辞めてくれ」


「No! そんな話はしてないよ。辞めるは言ってない」


ガミラが興奮して大声を出したと共にコーヒーが少しこぼれる。

堀井は2人からわざと離れていたが、あわてて拭きに走る。

彼女はそれと共にガミラにティッシュの箱を差し出した。


「逃げないでちゃんとやってくれる?」


ガミラは倉田に尋ねた。


「うん、正直、できない事はNGで通すかもしれないけど

 極力辛抱してがんばるよ。なんとかやりとげるさ」


倉田は少し不機嫌になりながら立ち上がる。

堀井はさっと先回りし、トゥミのボストンを玄関に置いた。


「堀井ちゃん、帰ったら、お好み焼きがいいな」


「分かりました、焼きそば入りのですね?」


「そうそう、紅ショウガ多めに、頼むよ~」


倉田は少し機嫌が直ったのか?

うれしそうに堀井に手を振り玄関で靴を履く。

ガミラは不安げな表情で倉田の背中を見ていた。


「お気をつけて」


「じゃ帰る前、ラインするよ」


ドアが開くと共に爽やかな風が部屋に入る。

なんとなくこの重い空気を一掃したような気がした。


「じゃ、ホリィ、またね」


ガミラは車のキーをジャラリといわせて

倉田の背中を追いかける。


(お芝居の恋愛ができないんだよ・・・)


か……


堀井は倉田がやる気を出さないのは

この映画に出演する事自体が嫌なんだ。

フランス行きもおじゃんになるかも…


あとかたずけをしながら堀井は少しため息をついた。






 

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