第6話  未踏破の山

倉田の独り立ちが試された映画

「ポーカーフェイス」は全米で第4位の興行成績。

日本では当然1位を獲得した。

ヨーロッパでも評価は高く有名な

フランスのサンヌ映画祭作品賞を獲得する。


倉田はマウンテンピクチャーズで

日本から来た俳優ではなく

日本人のハリウッドスターだと認められた。


その証拠が出演料だ。

8万$から20万$、50万$とうなぎ上り。

そのうち100万$スターになると噂される。



GMのビルがオフィスで倉田に言った。


「クラ、ブルーサシェは出た方がいい。

 スターにふさわしい場所に引っ越すべきだ。

 ビル・エアーは無理だがシアターヒルズはどうだ?」


そこは多くの俳優が住むハイクラスの地域だ。

自分の地位を誇示するためにも引っ越せというのだ。

スターの証として住まいや車がステータスとなる。

MPSとしても倉田を4番バッターとは言わないが

次期クリーンナップくらいに置きたいと思っていた。


そんな話が出てしばらくして…

ある俳優が家を手放したがっていた。

彼はシアターヒルズからビル・エアーに引っ越すのだ。


金銭的にもなんとか買える価格だった。

買える価格といっても日本円にして1億4000万。

倉田はそんな豪邸には興味がなかったが周りが薦める。

しかたなく契約書にサインした。


堀井はこれを機に、契約終了かな?と思っていた。

これだけ人気が出たんだし、もう私は解雇だろうな。

そんな覚悟を決めていた矢先、夕飯の支度をしていると


「ねえ?堀井ちゃん、今度、引っ越すけどさ

 ついて来てくれるよね?嫌かい?」


「え?私まだ使っていただけるんですか?」


「なに言ってるんだよ?オレのごはん誰が作るの?

 当然、うちの社員のままで居てくれよ」


堀井は泣きそうになり包丁の手を止めた。

本当にお払い箱だと思っていた。

スターの地位を確立した倉田の世話はできないと。

それがこれからも働いてほしいと言われた。

断る理由がどこにあろうか?


「でも、堀井ちゃんの家はどうしよう?

 ブルーサシェからだとけっこう遠いよな?

 今度の家は8LDKだっけ?

 部屋はあるけど住むのはヤバいだろう」


さすがに堀井もびっくりした。

一緒に暮らすなんて思ってもいなかった。

家政婦が一緒に暮らすのはスキャンダルの種となる。


ビルら会社側と相談したのち、堀井も引っ越す事になる。

彼女はシアターヒルズの隣、リオンタウンに住み

そこから彼の家まで毎日通うことになった。

倉田の新居まで車で20分ほど。

車は倉田が彼女用に用意した。


倉田はこれでハリウッドスターとして認められた。

映画の出演料、TV番組の出演、CMなど仕事も増える。

また彼個人にスポンサーが何社かが付き年収は1億超えとなった。


堀井は少し環境が変わったものの彼の食事を作る。

以前より忙しくなった倉田は家を空ける事も多かったが

マネージャーのガミラよりも長い時間倉田と暮らすのが

家政婦の堀井元子だった。


会社側も堀井の存在を空気のように考えていた。

倉田の食事の管理から周りの世話をする女。

倉田の個人事務所の社員だった。


これがガミラのような美しい女ならパパラッチの標的となるが

チューリップハットの田舎者は何度も目撃されながら標的にならなかった。


そう、彼女はあくまでも倉田の傍に居る家政婦だった。

堀井自身、こうして倉田の傍に居ることがうれしかったが

恋愛対象どころか、たとえ倉田と一夜を過ごしてもきっと

誰も反応すらしてくれないだろう。

実際、倉田が彼女の前をあられも無い姿で横切る事もあった。


倉田は堀井には家族のような感覚で接していた。

だが、これも彼女にとっては少し悲しい事だった。


倉田さんは私を女として見てくれてないんだな。

当り前よね?こんなおばさんに、女を感じるわけない。

ガミラさんみたいにきれいで峰不二子みたいな人なら

男としてドキドキものなんだろうなあ?

傍においていただくだけでも感謝だわ。


そんな事を考えていた堀井はふと思った。

私、いつまでこうしてお世話するんだろう?

いや、辞めたいとか嫌だというのではない。

このままお食事の用意やお世話をしていいのかしら?


倉田自身、結婚願望があるのか?はわからない。

だが、こうして家政婦として勤めて3年目になる。


倉田さん、以前は「泉野麗」さんと噂あったけど

今は彼女いないよね…

ずっと独りで通すつもりなのかしら?

スターにロマンスはつきものだもんね…

倉田さんに恋愛話って無いのかしら?



そんな矢先、倉田に次回作の話が持ち上がる。


ビルがまたうれしそうに巨体をゆらしながら

下手なダンスと共に倉田に言う。


「クラ~今度は米と仏を舞台にした恋愛物だ」


アメリカにやってきたフランスの女性と

米在住の売れない日本人作家が出会い恋に落ちる。

よくある話だが、2人の会話はおたがいが不得意な英語。

その歯切れの悪いやりとりの恋愛物語だった。


アクションコメディ、サスペンスの殺人鬼役で成功。

会社として新境地を狙っての次回作だった。


だが倉田は正直この企画は嫌だった。

興奮するビルには申し訳なくて言えなかったが

芝居の恋愛はやりたくなかった。


倉田が未踏破のジャンル。


それがラブロマンスだった。


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