第5話 独り歩き
「ハリウッドコップ2」のヒットは予想外だった。
エディ・タフィーのネームバリューもあったが
ここまでヒットするとは思わなかった。
そのうえ倉田はアカデミック賞 新人男優賞にノミネートされる。
結局、受賞は逃したが、ガミラが言う。
「クラタは取れたよ、絶対に取れたよ
レイシズムよ。アジア、ジャパンだからよ」
彼女は悔しがったが、倉田はケロっとしていた。
わかっていたのだ、賞を取るには実力プラス政治力だと。
それと倉田自身が賞レースにさほど興味がなかった。
なのでノミネートだけで充分だと満足していた。
そのうちに次の企画が持ち上がる。
「難しいと思うが、成功すれば全米がひっくり返る
クラタのイメージを変えるんだよ」
GMのビルがガミラをおしのけて力説する。
次回作は暗殺者の役だという。
ロスのすし屋で働く倉田は静かでおとなしい人物。
だが、深夜になればもう1つの顔暗殺者として暗躍する。
英語がうまく理解できない陰気な男が暗殺者。
彼は本当に英語がわからないのか?
明るくも暗くもない、つかみどころのない殺し屋。
敏腕刑事と感情のない犯人の息詰まるサスペンス。
コメディチックな彼からすれば真逆の役だった。
静かな大人しい日本人、犯罪なんかするはずない男。
自身の俳優のとしての殻を破る勝負の作品となる。
倉田は二つ返事で出演を承諾した。
どうせラッキーでここまで来たんだ。
なんでもやるよ。そんな気分だった。
倉田の適役となる刑事にはローランド・ブルース。
海賊映画で大ヒットをとばしたイケてる俳優だ。
「Poker-faced」(無表情の男)は注目の作だった。
マウンテンピクチャーズとしても勝負所だった。
やはりエディという大スターが居るからやれた
倉田独りでは無理だろう?コケたら使えないな。
関係者の間ではそんな下馬評がささやかれていた。
日本でも週刊文修の安藤などが一早く注目し
クランクインの発表と同時にスクープとして扱う。
「よちよち歩きのオヤジがついに独り立ち?」
1人では通用しない?コケるのではないか?と揶揄した。
3か月の撮影期間を終え、「ポーカーフェイス」は
無事封切りの日を迎える。
ロスで最高の劇場「LAキャピトルシアター」
監督はじめ、出演者が舞台挨拶をするプレミア上映だった。
倉田は共演者、監督、スタッフと前の方に一塊となって座った。
****
ここはLAの寿司店。倉田が扮する板前が1日を終える。
彼は深夜に依頼人から殺人オーダーを受け出かける。
警察の捜査が始まる。英語ができない日本人を追跡するが
証拠不十分で釈放される。またふつうの静かな日常。
もう彼は動かない、シロだと思われた矢先、依頼が入る。
新しいターゲットは元刑事のグレイソンという男だった。
グレイソンは、倉田の敵、ブルース刑事の上司だった。
退職して静かに暮らす彼は予定通り暗殺されてしまう。
仕事を無事に終えた彼は小さな証拠を現場に残してしまう。
小さな手がかりから執念の追跡。倉田は追いつめられる。
戦いの末、ブルース刑事が勝ち、グレイソンの仇をとった。
「英語がわからないだろう?ざまあみろ。
悪党め、なんとか言ってみろ」
倉田は何も言わずに虫の息で一通の手紙を刑事に渡す。
そこには依頼人が彼に殺人依頼をした理由が記してあった。
その手紙から殺されたグレイソンは自分の立場を利用しての
脅しや恐喝、多くの女性をその歯牙にかけていた事がわかった。
血の海に沈みながら横たわる倉田は刑事に語り掛ける。
「オレは法では裁けない本当の悪を始末した。
依頼人はみんな感謝してくれた」
「お前?英語が話せるのか?」
倉田は本当の正義、法とはなにか?を淡々と問いかけ絶命する。
その後、調べてみるとグレイソンをはじめとする
倉田に暗殺された被害者は法の隙間をすりぬけて
のうのうと暮らす悪人ばかりだったことが判明。
ブルースは倉田の言葉を思い出し、刑事を辞めてしまう。
*****
映画界でのサスペンスやホラーのジャンルで
犯人はおとなしくしていてもどこか狂気が見えたり
異質な感じを醸し出すものだった。
だが倉田が演じる板前は、普通の男。
どこにも狂気が見えない犯人だった。
その犯人が最後に発した言葉はネイティブな発音の英語。
彼が話した瞬間、館内では驚きの声が出た。
今までの倉田のイメージから考えられないキャラ。
喜怒哀楽がない。でも陰キャやコミュ障でもない。
俗に言う「ヒトコワ」の恐怖がスクリーンから滲み出る。
エンドロールではスタンディングオベーションだった。
歓声の中ガミラが隣の堀井にささやいた。
「クラタはもう大丈夫よ」
堀井もうなずいた。
上映後、監督、主な主演俳優がインタビューを受ける。
倉田は堀井にニコと微笑むとガミラと共に舞台へ上がった。
MCの進行でマスコミ陣やファンからの質問が始まる。
映画の事から個人的な内容までが矢継ぎ早に浴びせられる。
倉田の受け答えはウイットに富んだもので
通訳のガミラが笑って訳する事ができなくなるほどだった。
まだアメリカに移住して2年足らずで抜群の対応力だった。
「倉田さんのお世話をするのも終わりかも…」
壇上の倉田を見て堀井はそう思った。
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