第4話 始動

「ハリウッドコップ2」は大成功だった。

その年の全米収益がなんと第3位。

マウンテンピクチャーズでも予想外だった。


もちろん大ヒットはアメリカだけではなく

ヨーロッパでも、アジア諸国でも。

日本でも堂々の9週連続1位に輝いた。


この映画の倉田のギャラは推定7万ドル。

日本円にして約1000万円。

興行収入からすれば安い。

SNSでMPSは儲けすぎと言われた。


そんな話題も後押しして倉田の人気がアップ。

TV番組や雑誌の取材はひっきりなしに来る。

CMもスニーカーに車。ハンバーガーなど

4社との契約で約3000万円。


最初はキワモノ俳優をアジアから連れて来た。

そんな噂で見世物扱いだった。だが、それを一蹴。

名も無き俳優は一躍有名人となった。



******



「でもほんとよかったですね」


半年ぶりにやってきた岡元が言う。

久々の再会、1週間ほど滞在するのだ。


「長年の苦労が報われたんじゃないですか?」


「みんなのおかげだよ」


映画配給会社に入社したての頃

エキストラ出演をもらうために

事務所周りをしていた倉田の姿を思い出す。

苦労人だから調子に乗る所がないのがよかったな。

謙虚な倉田を尊敬している岡元だった。


しんみりとしている2人の沈黙をやぶるように

急に鍵の音がしてドアが開く。

驚く岡元に倉田が言う。


「ああ、堀井ちゃんだよ」


ああ、そうだ。堀井が来たのか?

岡元は彼女の存在を忘れていた。


*****


あの面接からしばらくして彼女も

アメリカへ渡ったのだ。


Kコーポレーションの社員として

家政婦として彼女は倉田の傍に住んでいる。


その家は2ブロック外れたマンション。

2DKの小さな間取りだが独りには十分の広さ。

家財道具もすべて事務所で揃えた。

家賃と光熱費も当然Kコーポレーション持ちだ。


彼女の仕事は倉田の3食の食事と家事。

日曜日以外毎日彼の元で働いてもらう。

ただ、倉田も25日間ですべて家に居るとはかぎらない

彼が留守の間は当然彼女も臨時休業。

朝ごはんから夕飯が終わって後片づけまで

彼女は自分のマンションと倉田のマンションを

行ったり来たりすることになる。


けっして倉田の傍に張り付いているわけではない。

要所要所で彼の世話をする程度でいいのだ。

要領がよければ仕事も楽なはずだ。

ちなみに彼女の給料は日本円で月50万だ。

アメリカの物価を考えても悪くない待遇だと思われる。


そうか、もう半年ここにいるんだ?

しかし、あいかわらずダセェかっこうだなぁ

岡元はいつものチューリップハットを見て思った。


「おひさしぶりです、その節はお世話になりました」


目深にかぶったトレードマークを脱いで頭をさげる。


「どう?慣れたかい?」


「はい、本当によくしていただいて社長さんにも

 岡元さんにも感謝しています」


「いやいや、岡、堀井ちゃんよくやってくれるよ。

 ごはんさぁ、すっごい美味いんだよ。

 オレいつも驚いてばかりだよ、イイ人来てくれたよ、うん」


「そんなに美味いんですか?」


「うん、オレがこれこれこういう味って言ったらさ

 そういう味の料理が出てくるんだよ、これはね

 もう魔法だな。堀井ちゃんは魔法使いさ」


「へぇ~え? そ~んなにすごいんですかぁ?」


岡元は面接で彼女の絶対味覚には驚いたものの

この同い年の田舎者をバカにしていた。

面接時にその能力を見せつけられた驚きと同時に

恐怖も感じた。その反動から岡元は彼女が嫌いだった。


その言い方が気に入らなかったのか?倉田が言う。


「なんだ?堀井ちゃんの腕を信じていないのか?

 オレの大事なシェフなんだからな。

 もっと尊敬の念をもって接しろよ、な?」


少し冗談のような口調だったが表情は違った。

岡元は瞬時に倉田の叱責を感じた。


「あ。いや、すいません」


「オレの命を支えてくれてるんだぞ?」


「言い方悪かったです、すいません」


「え、いいえ、気にしないでください」



堀井はうれしかった。

いろんな飲食店に就職をしたが調理場に入っても

その舌が鋭いあまり、料理人に疎ましがられ

オーナーと衝突することも多かった。

なんども転職をし、その才能を振るう事ができなかった。

味はさほど求められないが、自分がある程度自由にできる

茂本弘の劇団の食堂に転がり込んだのだ。


彼女自身、自分の能力を良い意味で武器にして

料理の腕を十二分に披露する舞台が欲しかった。

でも茂本の劇団では質より量。

やっぱり自由に味を追求したかった。


倉田の元にきて半年。

彼の健康管理を考えながら献立を考えるのは楽しい。

大体、世話好きだった堀井は倉田の好みを探りながら

「美味い」と言わせる事がやりがいだったし

自分がスターを支えているという満足感もあった。


堀井が作った今夜の献立。


炊き込みごはん。味噌汁。ほうれんそうのおひたし。

鶏の照り焼きに焼き魚。野菜サラダ。


「やっぱり、こいつは天才だ」


岡元はあの応接室を思い出した。

何を食べても美味しい。

出汁の取り方、塩味。言うことなしだ。

しかも栄養バランスも考えられている


これならバッチリだろう。

倉田さんも安心だ。


うれしい反面(料理の天才)堀井の顔をみて

「やっぱり癪に障る、いけ好かない奴だ」と思った。


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