第3話 面接

「どうぞ、おかけください」


岡元は目の前の女性に声を掛けた。


ここは新宿。Kコーポレーション。

倉田の個人事務所だ。


従業員は事務の吉岡桃香よしおかももか

会計を担当する尾崎春雄おざきはるお

そしてマネージャーの岡元洋二おかもとようじの3人だった。


目の前の女性は160㎝弱で、ちょいポチャ。

目深にかぶったチューリップハット。

パステルピンクのセーターに茶色のパンツ。

足元は真新しい白いスニーカー。

どこにでも居そうな中年女性だ。


これなら大丈夫だな…

美人でなくてよかったぜ…


岡元は心の中でつぶやいた。

履歴書を読みながら少し笑みがこぼれる。

岡元の笑みの意味を分からない目の前の人は

帽子を取り、イスに座りながら微笑んだ。


岡元は日本に戻り、茂本弘に連絡を取った。

倉田の事務所で例の家政婦さんの面接が始まったのだ。




「え~と。堀井さん?アメリカで暮らすのは

 かまわないんですか?ほとんど向こうになりますよ」


自分は独り者だし、アメリカも嫌ではない。

倉田さんの映画は何作か見ている。

それに実は借金もあるのでがんばって返済したい。

お役に立てるなら働きたい。

そんな話を淡々と岡本に告げた。


料理の腕は茂本弘から聞いている。

ほとんどの家庭料理はできるらしい。

店出してもいけるよ。と電話で言っていた。


だが岡元もシゲさんとは長い付き合いだ。

彼が少しお調子者だということもわかっていた。


堀井元子38歳。同い年じゃん?

それにしてはオバサンぽいな。


調理師免許。栄養士。普通免許。

英会話は日常会話くらいならできるか…

いろいろな質問をしたが

人物に問題はなさそうだが

東北出身というのが少し気になるな…


倉田は東京生まれだが母が奈良の出身だった。

彼の味覚は比較的関西よりなのだ。

外食の味付けをしょっぱいという事がよくあった。


岡元は前もって考えていたテストをする事にする。

この応接間から事務所の吉岡に電話する。


「ああ、ももちゃん、うん、持ってきて」


「堀井さん、あなたの料理の腕前はお聞きしてます。

 でも、倉田に合わない時はお断りする事になります。

 申し訳ないんですが軽くテストをさせてください」


少しして吉岡桃香がポットとお椀を持ってきた。

テーブルにお椀が3つ。インスタント味噌汁の袋。


「堀井さん、うちの倉田は関西人の味覚に近い薄味なんです。

 で、たまたまですが、倉田と僕は味覚が似てるというか

 しょっぱいとか、甘いの感覚が同じなんですよ」


コクコクと堀井はうなずく。


「それでですね、ここで味噌汁を作ってください。 

 関西人の舌に近い倉田と僕がしょっぱくない。

 そんな味噌汁を作ってほしいんですよ。

 味付けが合わない場合は、申し訳ないんですが・・・」


「じゃあ、薄味・ちょうど・濃いめを作りますね」


作ります?

岡元はいぶかしがる。

まず自分が味見をしながら濃い、薄いと調整する

その話し合いで合否を決めるつもりだった。


なのにいきなり3つって?


彼女はお椀に味噌汁の顆粒をサラサラと入れる。


ポットのお湯を注ぐ。

ピタ。まるで機械のようにその手を止めた。


「少し薄いかな?という味です」


そう言いながら味噌を混ぜた手を止めた。


「堀井さんは味見しないの?」


岡元はそう言いながらスプーンをつまんだ。


「大丈夫です」


えらい自信だな? 

そう思いつつお椀に口をつける。


「……」


本当だ。確かに少し薄味だが飲めない事はない。

驚いている間に堀井は2つ目のお椀を差し出す。


「少し、濃い。という味です」


また味見もせず差し出す。

岡元は無言で口をつけた。


「……」


少し濃い味噌汁で美味い。

酒を飲んだ後に飲みたいくらいだ。



無言で3つ目の椀が目の前に来る。

岡元は少し恐怖を覚えた。


「……」


2つの椀とはあきらかに違う。

完璧な塩味の味噌汁が口中に広がる。


こいつ…


「堀井さん、これはいったい?」


堀井はニコと笑うと言った。


「岡元さん、コップ3つとお水を。

 それとお醤油を持ってきていただけますか?」


「え? なんで?」


「私のテストです、PRポイントというか、です」


そう言ってまたニコと笑う。

岡元は何がなんだかわからなかった。

吉岡を慌てて呼ぶ、彼女は水と醤油を持ってきた。


堀井は3つのコップに水を注いだ。


「今、部屋を出ますからこのコップの中に

 1つだけ、お醤油をたらしていただけますか?

 1滴でいいので」



岡元も吉岡も首をかしげている。

堀井はスッと立ち上がり部屋を出た。

言われた通り、右端のコップに1滴入れる。


「こんな1滴くらいで味って変わる?」


そう言いながらスプーンですくって味見する。

だが、真水と変わりない。

吉岡も同じく味見したが、何の味もしないという。


「いいですよ」


その声で堀井が戻ってきた。

座って1つづつ飲み始めた。

左端、真ん中。右端を飲んだ時点で

ピクと表情が変わる。


「これですね」


「ひえ~」


吉岡桃香が声をあげた。


「ほ、堀井さん?君はいったい?」


「絶対音感ってあるでしょ?

 私はその味覚のほうなんです。

 普通の人より味覚が鋭いので

 1度教わった味はほとんど再現できます」


「言わば、絶対味覚ってことか?」


「はい」


「きっと倉田さんのお口に合う料理ができると思います」


堀井元子はまたニコと笑った。



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