第2話 新生活
アメリカでの生活が始まる。
倉田は「マウンテンピクチャーズ」(MPS)の専属俳優となった。
MPS は、ディズナー、ワーズブラザーズ、ユニバースに続く
4番目に位置する大手の映画会社だった。
GMのビル・クロウから説明を受ける。
2m近い大男だが顔はかわいい。体格はブルートだが
顔はスヌーピーのようで温和な人だった。
彼からマネージャーのガミラ・トンプソンを紹介される。
彼女は35歳、名前のとおり、アラブ系のアメリカ人。
漆黒の瞳、長い黒髪が美しい。
中東の女性にありがちな吸い込まれそうな瞳。
170㎝越えでグラビアアイドルのようなスタイル。
「Hi クラタサン、ガミラですよろしくね」
すげえきれい~!岡元が声をあげた。
ネイティブとは言わないが岡元の言葉に
照れ笑いするほどガミラは日本語が理解できた。
彼女は日本の大学に留学、通訳のバイトをしながら
卒業後、国には帰らず「MPS」の日本支社に就職した。
日本で結婚したが、離婚してアメリカにもどった。
今後の仕事はGMのビルにまかせ、ガミラは通訳兼マネージャー。
岡元は日本に妻子をおいてるためにしばらくは単身赴任。
倉田が落ち着いたら日本とのパイプ役になる予定だ。
2人が住む場所は静かな街、ブルーサシェ。
街の中心部にある目立たないマンションだった。
7階建ての小さめのマンション。3LDKの間取り。
いちおうハリウッドスターの仲間入りをした倉田だが
映画スターの住む家とはかけ離れていた。
倉田がハリウッドへ。日本では大騒ぎだったが
用意された住まいをみればわかる。
アメリカの住宅事情からすれば小さなマンション。
彼はまだルーキー以下の扱いだったのだ。
この新人俳優には1つの制約が定められた。
彼は映画の中では英語が理解できないキャラのため
英語の勉強はせずに過ごす事を命じられたのだ
倉田としては英会話を早くマスターしたいと思っていた。
周りが何を言っているのか、わからないほど怖いものはない。
だが会社側としては英語がわからない倉田が悪戦苦闘する。
これが映画の見どころだ。下手に英語を学んでもらっては困る。
それこそ、ドタバタの面白みがなくなるからだ。
だからこそ、日本語が堪能なガミラがマネージャーに付く。
GMのビルも日常会話くらいの日本語ならできる。
それに、いざとなれば翻訳アプリで会話はできる。
そんな理由から倉田は英会話を習う事もなく生活する。
元々、頭の回転が速い倉田だ。
英語がわかってもチンプンカンプンのふりはできる。
倉田さんならイケるだろう。岡元はそう感じていた。
「クラタさん、ブルーサシェは治安もいいから
住みやすいからイイとこだからイイですヨ」
ガミラは2人を家まで送る車中で言った。
「いつか、ビル・エアーに引っ越すよ」
「Oh Boy!かっこいいね~ 住んだら呼んでね」
ビル・エアーはロスの特別な地域だった。
名だたるスターが豪邸を構えるエリアだ。
彼が暮らすブルーサシェの街から少し離れている。
価格も比べものにならないほどの高級地だった。
「きれいなマンションじゃん、オレここで充分だよ」
そう言いながら倉田はエントランスをくぐる。
部屋に戻り夕食の準備だ。
パスタにレトルトのビーフシチューをかける。
サラダは野菜をきざんで岡元がなんとか作る。
男2人のディナーとしては上出来だと倉田は思う。
とにかくアメリカでの第一歩を乾杯!
岡元は1ヵ月ほどで日本に帰ってしまうが
倉田は当然このまま残り仕事を開始する。
下積み時代から苦楽を共にした岡元は倉田の戦友。
自分も独身ならアメリカに残るのになぁと悔んだ。
岡本の子どもはまだ小3。双子の男の子だ。
学校を考えると引っ越せないし、単身赴任も無理。
けっきょく日本に戻り倉田の会社を見ることになる。
倉田さんも子どもじゃないし、いけるだろう…
「それはそうと、見つかった?」
ほおばったパスタをあわてて飲み込む。
岡元は動いていないわけではなかった。
ちゃんと家政婦探しはしていたのに…
その努力も知らずに尋ねられた事に少しイラっとした。
「心当たりがあるので、少し待ってくださいよ」
「お?居るの?」
「ええ、シゲさんとこの寮に食堂のおばさんがいるんです。
もし、彼女がOKしてくれたらなんですけどね。
まだ確定じゃないので黙ってたんですけど」
シゲさんとは倉田の古い友人、
彼は舞台俳優をしながら役者の卵を養成していた。
彼の養成学校がコロナ禍で閉鎖となった。
受講生たちの食堂で働いていた料理人があぶれた。
その中の1人が独身で料理が上手い。
それとなく話をしてみたら、まんざらでもなさそうだ。
話が合えばそちらで勤めたいとも言っている。
「帰ったら面接しますよ、また倉田さんに報告します」
「シゲちゃんとこの料理人かぁ…」
倉田はグラスに残ったビールを飲み干しながら宙を見つめ
なんとなく不満げにつぶやいた。
「儚い感じの清楚な美人がいいなぁ」
「おばちゃんですよ。食堂のオバサン!」
岡元はこっそり企んでいた。
若い美人ならもみ消す。
せっかく掴んだハリウッドだ。
女性問題でおじゃんになることは避けたい。
「いっそのこと、男でもいいんだけどなぁ…」
岡元は皿洗いの手を止め小さくつぶやいた。
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