スクリーンより愛をこめて

波平

第1話 記者会見

「しかしすごい数の記者だな…」


倉田はフラッシュの集中砲火を浴びながら思った。

何度か記者会見は行ったけど、これまでとはな…

やっぱりハリウッド進出となると違うな。



この会見の3年前だった。


ハリウッドで日本人俳優を探しているという話があった。


チョイ役から地道に這い上がって来た俳優

倉田浩平くらたこうへいはこの話題に色めき立った。


「チャンスかもしれない?もし間違って採用されたら?」


エキストラでも死体の役でも何でもいい。

ひっかかってくれたら話題になる。


大学の演劇部からこの世界に飛び込み18年。

キャリアは積んだが、なかなか芽が出ない。

主役はおろか、名バイプレイヤーでもない。

「あ~倉田ね?」そう言われる程度の役者だった。



「え?こーちゃんが?オーディション受けるの?」


周りは彼の挑戦を鼻で笑った。

中学生の野球部の補欠がWBCに出る。

身近な友人までもがその噂を聞いて笑った。


受けるのウケる~ バカじゃないの? 

書類選考で落ちる。いや、即シュレッダーだ。

事務所が止める。奴の手が痺れて書類が書けねえよ。

みんながそんな古今東西を語り爆笑した。


だが世の中わからない。なんと彼は書類選考をクリアし

オーディションにひっかかってしまう。

最終選考の5人に残った。日本中が大騒ぎとなる。

ロスで監督、プロデューサーと面接しカメリハに入る。

主役のエディ・ターフィーも彼を気に入った。


エディは大スターだ。刑事シリーズで全米を席巻した。

だがここ何年かは新作にも恵まれずに人気は降下。

あまりに前作がヒットしすぎて、それを越す作品が生まれない。

久々の新作は同じ刑事もの。彼にとっても再起をかけた映画だった。


エディ扮する刑事、マクセルが殺人事件を捜査中

事件のカギを握る日本人旅行者と出会う。

カタコト英語の倉田とエディがちんぷんかんぷんのやり取りで

勘違いしつつ協力しながら事件を解決する。

倉田が演ずる変な日本人は主役のエディを食うほどの面白さ。

映画「ハリウッドコップ」は大ヒット。

エディ・ターフィ復活とニューカマー倉田の誕生だった。


そして続編「ハリウッドコップ2」の撮影が決まる。

今回はエディと倉田のW主役で今後はシリーズ化したいとの事。



今日はその記者会見だった。


身長182センチの倉田は隣に座るエディに見劣りしなかった。

前作の大ヒットのおかげで仕事も増えたし自信もついた。

記者のいじわるな質問に対してもジョークで楽々切り返す。

この日のタフーニュースの見出しは「倉田大爆発」だった。




*****




記者会見が終わり、ホテル最上階の部屋に戻る。


「今日さ、みんな態度一変してたよな?」


部屋に入るなり倉田はマネージャーの岡元洋二おかもとようじに言った。


「なにがですか?」


岡元は次のスケジュールを確認しながら尋ねた。


「今までオレを適当にあしらってた奴らだよ。

 今、必死じゃん、一言ください、くださいって」


「週刊文修の安藤がいただろ?」


「あ~天敵、一番前にいましたね」


「あいつさ、オレに先生って言うんだぜ?

 で、言ってやったんだ(オレはコバンザメでしょ?)って」


「そしたらさ、いやー先生、厳しいなぁだってよ。

 苦笑いで逃げていきやがった」


「そんなもんですよ、世間なんて。手のひら返しは常じゃないですか?

 売れたら媚びるし、落ちたらけなすし」


「あの野郎、そのうち野垂れ死にさせてやるよ」


「相手しないほうが倉田さんの株があがりますよ」


笑いながら岡元はこの話題をさえぎった。


週刊文修の安藤は倉田とそりが合わなかった。

5年ほど前、倉田に人気女優「泉野 麗」との熱愛報道が出た時

「金の臭いに釣られて接近?」こんな見だしでデカデカと書かれた。

記事ではコバンザメと揶揄され、それが原因で2人の仲は疎遠に。

彼女はその後一般男性と結ばれ芸能界を引退した。


あの恨みは忘れていない。2人は真剣交際だったのに。

あの記事で倉田のプライドはズタズタだった。

今でも自分が独身なのはあのせいだと思っている。


岡元は愚痴がダラダラ続くのが嫌で話題を変える。


「それより、これからはほとんどアメリカですか?」


「そうだ… オレ組合に入るんだもんな」


本格的にハリウッドスターとして契約をした倉田は

日本を離れてこれからは米映画界の一員となる。

大学卒業後役者になって20年。日本の映画界ともお別れだ。


「それで、あれ、どうなった?」


「あ、すいません、今、候補しぼってるんで」


これからはアメリカでの生活になる。

住まいは心配いらないが、問題は食事だ。

前作、2か月の滞在で、倉田は苦しんだ。

毎日ステーキ、ピザにマック。10日ほどで嫌になった。


和風レストランに通い詰めたがこれが辛かった。

とんでもない価格の不味い寿司、きつねうどんに親子丼。

インスタント並みのラーメンに30$なんてバカげている。

日本で食べられるような普通のものが食べたい。


独身の倉田を世話する家政婦が必要だった。

だがなかなか適合者が見つからなかった。


アメリカで生活しなければならないからだ。

男でも女でもいいが、家事ができるシングル。

女性の場合は倉田のスキャンダルにならない人。

要は倉田の恋愛対象にならない女性が必要だった。


おばさんがいいんだけどなぁ。

独身で身軽な人。誰かいないかな?


岡元は東奔西走していた。



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