第51話 ジェロナス・カウマンノールの戦い ②


【カウマンノール】



 午後2時頃、カウマンノールにある村落で激戦が繰り広げられていた。


 あらゆる方向から叫び声と金属音が聞こえる。村落の上空では魔法が飛び交い、地上では歩兵たちが暴れ回る。

 やはり目を引くのは殺傷能力の高い火炎球魔法や落雷魔法の応酬。それらは家屋を破壊し、破片を飛び散らし、オマケで火をつける。


「突撃ィィイ! 村を制圧しろーッ!!」


 魔王軍の歩兵部隊が駆け込んでくる。出だしから血と魔法の吹き荒れる大混戦だ。


「オラァ! どうだ人カス共がァ!」

「邪魔だぞテメー! 俺の魔法が打ち消されんだよ! 自分の部隊のとこに戻れ!」

「知るか! 俺のほうが強ぇんだ!!」


 魔王軍が個別の装備と魔法を駆使する事は、個別の対応を強要させるという利点と、普通に連携がとりづらい欠点がある。また、背丈の大きい魔族にとって人間の家屋は小さいため、屋根や塀を軽々と越えてくる兵士が多い。


 対する人間軍も一心不乱に防衛を続ける。


「村を死守しろ!! 絶対に奪われるな!!」


 次から次へと投入されては死んでいく人間軍の歩兵たち。家の中で待ち伏せたり、屋根の上から矢を放ったりと、村落を利用して魔王軍をさばいていく。


「いくら殺しても終わらねぇ! どんだけいるんだよ!」

「敵兵力は40万以上だ! 一人で4人倒しゃあ互角ってことだなァ!」

「ギャハハっ! オメー天才だな!」


 そう笑った男の頭が吹っ飛ぶ。横にいた男の脚も飛ばされるが、まだまだ戦う気はあるようだ。

 体格差の問題から、人間軍歩兵は2人か3人で魔王軍歩兵1人を倒すことになりやすい。その不利を補うのが魔法兵だ。


「防護壁、展開!!」


 人間軍が村落の中央に横一線のバリアを並べた。

 その直後、魔王軍魔導隊が仕掛ける。


壊王弾かいおうだん撃てェ!!」


 飛来する砲弾。たった数発の特効薬により防護壁が崩壊した。

 防護壁は人数と時間をかけて作り出す完全無欠のバリアのはず。愕然とする人間軍であったが、後方にいた将軍が即座に指示を出す。


「怯むな! 展開位置を20メートル下げて防護壁を再構築!!」


 しかし将軍自身も防護壁の崩壊には動揺していた。


「クッソォ……あれが例の対防護壁魔法か! さすがに魔法に関しちゃ魔族のほうが一枚上手だな……!」


 噂には聞いていた、魔界突入組が目撃したという魔王軍の新兵器。防護壁を壊すという常識破りの魔法だ。


 魔王軍は数や技術力で勝っているため、村落の戦闘は魔王軍が優勢であった。

 ここからの逆転は魔法次第だが、司令官カミロの防衛に特化した戦略を消極的だと勘違いしていた将軍は、味方を巻き込むような魔法攻撃を避けていた。

 人間軍は無惨に殺され、どんどん押されていく。村落が奪われるのは目に見えている。


「将軍!」


 将軍のもとへ一人の兵士が馬でやってくる。


「敵が退いていきます!!」

「何っ!」


 脈絡のない報告だった。確かに村落が少し静かになっている気はするが。


「マジかぁ……! お、俺スゲェ~……!!」


 将軍は自分の能力に恐れ笑った。かなりの人数差があったはずだが、自分の指揮が良かったのだろうと。

 兵士たちもポカンとしつつも、奮闘が実を結んだのだと、この部分的な勝利に喜びを分かち合っていた。


 笑い声とともに季節外れの寒風が過ぎ去る。

 ピタッ――と、頬に鋭敏な感覚が走る。


「冷たっ……」


 水滴が……いや、もっと冷たい、白く柔らかな粒だ。


「雪……?」


 頭上を舞うのは過度な祝福のような大量の雪。あっという間に豪雪となり、冷気を打ちつけ、兵士たちの体温を急激に下げていく。


「うおっ、何だよいきなり!」

「吹雪だ! しかも向かい風だぞ!」

「前が見えねぇ! どうなってんだ!」


 勝利の余韻があった彼らは雪に対して勝手に行動し始めていた。陣形を組もうとする者もいれば、屋内に入って雪から逃げる者もいる。

 そして、何人かは既に青ざめていた。寒さによるものではない。この異常気象の原因に思い当たるヤツがいる。


「まさか……!」


 魔王軍は退却したのではない。ヤツの戦場を用意したのだ。


「来るぞ!!」


 白い闇の奥にかすむ魔族。ここは戦地か、更なる地獄か。


「ドラガだ!!!」


 一瞬にして戦慄が蔓延する。誰もヤツには勝てない。


 通称、地獄のドラガ。温度操作の魔法を持つ魔王軍四天王だ。

 ドラガの能力は冷めるも熱するも自由。その驚異的な性能は全てを蹂躙するためにある。後頭部から伸びた8本の触手がわずかに蠢き、人間軍兵士たちを吹雪の中で燃え上がらせる。


「ぐぎゃああああああああ!!!」


 同時多発的に何もないところから人体が発火し、苦しみながら焦げている。

 騎士などに配備された防具とは異なり、兵士用の防具にはドラガの魔法をさえぎる力はない。ただただ遠隔で焼け死ぬだけだ。


 人の形をした炭の塊の間をドラガが歩いてくる。

 あまりに強すぎる。この場で歯が立つ人間はいないだろう。そういう時のため、用意していたものがある。


「第一特務隊、出番だぞ!! 奴を抑えろ! 魔術団は援護! ドラガ周辺に防護壁展開!」

「はっ!」


 将軍の指示のもと、十数人の精鋭が駆け出す。


 第一特務隊とは数週間前、急遽設立された対ドラガ部隊のこと。ドラガの動きを封じ、あわよくば殺害するための部隊だ。

 円卓騎士の穴埋めのような立ち位置ではあるが、その実力は対円卓騎士部隊であるネクトリス隊と同格……かもしれない。


「……」


 ドラガの前方に立ちはだかる謎の戦士。笠を被り、黒装束を着たそいつは第一特務隊の一員。

 どうやら既にドラガの周囲に特務隊が配置されているようで、吹雪の中で魔法を構築していた。

 その渦中にいるドラガは彼ら――第一特務隊の異質さに気づいていた。


「けっ、円卓騎士用の鎧かよ。そんなに恐がるこたぁねぇだろ」


 遠隔で内部から燃やすことができない。これは敵の装備の質が上がったということだ。

 円卓騎士用の特注装備は内側の正常状態を保つ魔法がかかっているため、かつてイエルカの鎧を溶かすのに本気を要したように、規格外のパワーがなければ突破できない。


 第一特務隊はドラガから一定の距離をとり、ほぼ等間隔で輪となって囲んでいる。

 ドラガの正面にいた特務隊の一人が腰を据えて手をかざすと、他の特務隊も同時に手をかざす。


 これがドラガ対策の大魔法。円柱形の巨大結界が展開され、ドラガは光に包まれた。円柱結界は吹雪を貫き、天まで上る。それから結界の表面を格子状の結界が追加で覆い、ガラス細工のように深々と輝いた。


 空気が激しく震えている。結界内の様子は不明瞭だが、魔力の異常な奔流は誰もが感じ取れるものであった。

 真空、魔力遮断、相殺、いくつもの魔法が重なりあってドラガを押さえつけようとする。そして風吹きすさぶ中、それは当然のように起こった。


「な……!」


 一つ一つゆっくりと、結界が割れている。空からも破片が落ちてくる。

 万全のはずの作戦が簡単に破れた。中から覗くドラガの肉体が大きく邪悪に見える。


「で?」


 あまりに悠々と、無傷で語る。


壊王讃域クアルド・ルクタムっぽいが、そんな大したもんでもねぇな」


 構う必要はなくなった。サクッと第一特務隊全員の周囲を氷で固め、動けなくした後、ドラガは一人で進軍する。


 そこからはもう、地獄という異名にふさわしい死屍累々だった。

 焼死体と凍死体が並ぶ異様な光景が広がり、村落はドラガ一人に制圧されかけている。というより、もはや主導権はドラガにあり、人間軍は防戦一方だった。

 防戦といっても騎士と魔法兵が少しばかり足止めするだけで、魔法に縁のない歩兵などは勝手に燃やされていくだけ。ドラガの闊歩する道は死体であふれ、近づくだけで人間たちが死んでいく。

 根本的に勝ち目がないのだ。将軍はその虐殺劇を後方で見ていて漏らしそうになっていた。


「防護壁を……! 戦線を守れ!」


 将軍は戦線の維持に死力を注ぎ、むやみやたらに兵を浪費する。そのせいで村落の兵士たちはパニックに陥っている。


「兵が逃げ出しています! もうカミロ様に援護を要請しましょう!」


 慌てて参謀が進言した。


「ダメだ! カミロ様はここ以外の全てを防衛しているんだぞ! 我々が守らねばならんのだ!」


 将軍は身震いと苦悩に挟まれていた。

 驚くべきことに、カミロはほとんどの戦線の維持に貢献していた。たった一人で4倍近い人数差を埋めていたのだ。そんなカミロにドラガの相手をさせた場合、他の戦線が総崩れになってしまう。かといってこの村落が奪われれば人間軍はかなりの損害を被るだろう。


 選択肢は一つもない。破滅へ向かうだけだ。


「もうダメだ! 勝てるわけねぇ!」

「クソぉ! まだ死にたくねぇよ!!」


 背を向けて逃げゆく兵士たち。恐怖は伝染し、統率は失われていた。


「バカ者ォ! どこへ行くつもりだ!!」


 もはや指揮官の言葉は耳に入らず、各々がバラバラな方向へ散っている。

 吹雪のせいで視界が悪く、死体のせいで道も悪い。それでも必死に走り続ける。背後から迫る災害ドラガから逃げるため、吹雪の先の光明を求めて。


「!」


 吹雪を抜けた兵士たちは足を止めた。それは前にいた兵士が止まっていたからで、何が起こったのかはまだ分からない。

 ただ、何百人もの兵士たちが空を見上げ、人差し指を向けていた。


「……!」


 雪空より白い、堂々たる光の脈が空に映っている。それは人間軍の緊急通信で、何かを知らせる暗号文だ。


回廊受令かいろうじゅれいだ……!」

「こんな所で!? 撤退か!?」

「いや……!」


 回廊受令の読み取れる勤勉な兵士が口に出す。


「陛下…………『騎士王陛下、戦地に来たれり』!」


 兵士たちが徐々に騒ぎ出す。伝播する英雄の存在は兵士の視線を一箇所に集めた。

 光の脈の下、司令部付近の城壁の上で、騎士王イエルカが戦場を見つめている。全人類が憧れた最強の人間が今まさに、自分たちを見ているのだ。それは士気を最高潮に持っていく裏ワザと言えよう。


「騎士王陛下ァァァァァァア!!!」

「ウオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

「オオオオオオオォォォオーーーッ!!!」


 人間軍は大いに盛り上がった。神が手を貸してくれるに等しい勇気が湧いてきた。


 少しずつ兵士たちは振り返り、武器を握る力を強めていく。目前に死が見えていようとも、戦う意思は前へ進んでいた。

 誰かが足を一歩出したのを発端に、兵士たちは駆け出す。


「ウオオオオオオオオオオオオオォォーーッ!!!」


 声が空気を、足が地面を揺らす。

 吹雪の中のドラガを視界に捉えた時、何者かが兵士たちの先頭に抜き出た。


「!」


 それはなんと、イエルカだった。


「陛下!?」

「はやっ!」


 城壁からイエルカが一瞬でやって来た。目標は当然ドラガだろう。


 イエルカが2本の剣を構える。その勇ましい背中とは裏腹に、頭には一抹の不安があった。


 アネスが模倣しているのはあくまでイエルカの肉体のみ。幾重にも重なった進化能力によって作られた最強の肉体ではあるが、進化能力そのものは付随していない。

 死んだら終わり。相手はドラガだ。一度イエルカが倒したという事実は聞き及んでいたが、その時にイエルカの肉体がドラガの能力全てに耐えられるようになっているかは不明。

 とはいえ現状が最善策。場合によってはイエルカの肉体を捨て、別の能力をコピーする事もできる。


 勝つ見込みはそこそこに、イエルカは片方の剣を投げ、もう片方で斬りつける。しかし剣は吹雪を裂き、ドラガは白い闇へと消えていた。


「……!?」


 いつの間にか逃げたのか、音もなく気配もない。周囲に感じるのは雪と歩兵と、新たな魔族の影。


「お前ええええええええ!!!」


 粗暴な声が突然、耳をつんざく。


「はっ……!?」


 イエルカ、もといアネスはを知っていた。あの性質は戦場では有名だ。それに紋章が刻まれた肩のアーマーも。

 数は第一特務隊と同じ程度で、中身は第一特務隊よりヤバめ。


「死んじまえぇえッ!!!」


 ガキみたいな声で突貫してくる小顔の魔族だが、おそらくプロフェッショナルの一員。そう、彼らは……


(ネクトリス隊!? 本気すぎるぞ……!!)


 精鋭と異端の集まる対円卓騎士部隊、ネクトリス。その名は台風の目に飛び込む海鳥に由来する。

 イエルカが現れたという情報から一分足らずでこの場に駆けつけたらしい。


 小顔魔族の振りかざした斧が吹雪を散らす。今は一対一に見えるが、実際には既に包囲されているはず。

 案の定、どこからか飛んできた光る縄がイエルカの腕に絡まる。


「っ……!」


 縄の両端は空中でがっしりと固定され、魔法のせいかちぎれそうにもない。


「粛清ェッ!!」


 直後に仕掛けてくる小顔魔族。イエルカは縄の固定を利用し、跳び上がって避けたが、空中にいる瞬間を別のネクトリスが狙ってくる。


「ダラッシャァアーイッ!!」


 接近戦に一名追加。頭部がセミのような魔族が横から突っ込んできた。

 イエルカは蹴りでカウンターを決め、セミ魔族の腹をくぼませた。そして着地したのと同時に自身を縛る縄をセミ魔族の首に巻きつける。イエルカが絞めようと腕を引いた時、縄がフッと消えて塵となった。使い手のネクトリス隊メンバーが解除したのだ。

 邪魔はされたが自由になった。イエルカは剣を構え直して果敢に攻める。しかしながら、敵の猛威は加速する。


「ブロァアッ!!」

「滅殺ッ!!」


 風を操る魔法と水晶を操る魔法が組み合わさり、複雑な技となって襲ってきた。それに加えて敵の戦い方が奇妙になっている。

 敵2人はキレよく捻り、叩き、回る。下りるよりも落ちたほうが速いという理屈で、効率的かつ非生物的な戦い方だ。


(っ……なんて動きだ……!)


 無茶で不細工、そして予測不可能な魔族2人にイエルカはたじろいだ。

 その間にも水晶魔法が地形を変え、風魔法がバランスを崩す。そこに差し込まれるネクトリス隊の攻撃の嵐はすさまじく、性格はさておき、技術や連携の一流っぷりを示している。


 下手したら四天王に並ぶレベル。彼らはイエルカに物怖じせずに任務を遂行している。そもそもドラガが退いて専門家が対応に当たっている時点で風情などない。ガチで殺しにきている。


 その時、小顔とセミの攻撃の手が緩んだ。ネクトリス隊の前座が終わったようだ。


「始めェッ!!」


 号令と鐘の音が響く。ここからが本番。

 隠れていたネクトリス隊メンバーが魔法を生み出す。


「何だ……?」


 イエルカの瞳に花が映る。上空で傘のように開いた碧色の花模様から魔力を感じる。第一特務隊より数倍大きい魔力だ。


「!」


 足が浮き、宙をもがく。イエルカとその周りの建物や砂利が浮き上がり、制御が効かなくなっていた。


(何が起こった……!? まずいぞ……死んだら終わりだ……!)


 物を掴むことも軌道修正もできず、イエルカは浮き続けていた。


 ネクトリス隊は対円卓騎士部隊。無論、イエルカを倒すためだけの技術も存在する。今回は一度イエルカを殺してから進化能力を阻止する作戦だ。


「シャイィイッ!!」


 遠くに移動していた小顔魔族が偉そうに喜ぶ。何かの合図があったのか、イエルカを囲むように壁が現れ、その直後、遅れてやって来た人間軍兵士たちが殺到した。


「陛下ァーッ!」

「陛下を守れーッ!!」


 兵士たちは壁をよじ登り、たまに踏み台にされながらイエルカのもとへ進む。そしてある範囲に入った途端、体から血が噴き出し、声を上げることもできずに死に絶えていた。

 次々と死体が量産されていく反面、上空の花模様にヒビが入り、部分的に膨らんでいる。

 結界も許容限界らしい。わずかに感じる重力を手繰り寄せ、イエルカはふわりふわりと外へ向かう。

 死体を取っ掛かりにして壁の上に登ると、体がやっと普通に戻った。だが、こちらへ魔王軍の騎兵隊が走ってきているのが見えた。


「……!」


 イエルカは考えてしまった。『このままでは皆が死ぬ』と。

 今の陣形も統率もない勇気だけの人間軍にネクトリス隊と魔王軍の相手をさせたら大損害を受けると思った。


「後退だ!! 全員この場から後退せよ!」


 これがイエルカになりきれないアネスの欠点だった。

 中身はあくまで『別人』だということ。彼は適切な指揮などできない。イエルカのように話すことはできても、イエルカのように戦争をすることはできない。

 ここで数千名の兵士たちを戦闘に参加させておけば、犠牲をかえりみなければ、ネクトリス隊も魔王軍騎兵隊も倒せていただろう。魔法能力の差異があるとはいえ、数の力は確実だ。


 イエルカアネスにはその判断ができなかった。

 その結果、村落は魔王軍が制圧し、人間軍の戦線は揺らいでいた。


 騎士王がいてあの状況が好転しないのは珍しいどころか空前絶後だった。

 後方で指揮に戻っていたドラガは疑ってすらいた。


「イエルカが撤退したのか?」

「どうやらそのようで……」

「……」


 ドラガはそこで変に勘ぐるほど優柔不断でもなく、キッパリと好機として受け取る。


「戦線を伸ばすぞ。ラッサーとデスクードの軍を最右翼に回せ」

「はっ」


 部下の間を伝令が走る。いよいよ大詰めだ。

 無理をしてでも人間軍がカバーできない範囲に手を届かせる必要がある。その理由は、人間軍がある一人の男に頼りきっているからだ。


 魔王軍は村落奪取をきっかけに攻勢を強め、互いに死人を増やしながらも、人間軍を徹底的に追い込んだ。

 色とりどりの魔法が炸裂するのは大半が人間軍側だ。士気や作戦で埋められない魔法能力の差が出ている。

 夕刻が近づく頃、明らかに濃くなってきた敗色は人間軍に焦りと怒りを広げ、もはや混乱となっていた。


「ウチの魔法兵はどうした!」

「もういません! 敵兵との撃ち合いで共倒れです!」

「魔法兵なしでどう戦えと……! 援軍要請だ!」


 ある場所で兵は減り、


「余ってる兵なんかおらんわ! 全員手一杯だぞ!」


 ある場所で余力は消える。


「敵が多すぎる! 全滅しちまう!!」


 ありとあらゆる場所で死が飛び交う。


「親衛隊! 抜剣!!」


 中には善戦を繰り返す者たちもいた。しかしあくまで少数の功績。多くは投降の選択肢もなく負けていき、人間軍の戦線は下がり続けた。


 魔王軍の大勝だ。誰もがそれを確信していた。


「……中央突破で終わりか」


 ドラガは手応えのなさにがっかりした。


「追撃戦の用意でもさせておきますか?」


 部下が提案すると、ドラガは「いや……」と少し考え、既に視界に入っていた敵司令部のある城塞を見た。

 人間軍が撤退した時、それを追撃すると厄介な事になる。せめて敵にいるあの男を始末しなければ。


 ドラガ単独で城塞に突入してしまおうか。それでも勝てることは明白だ。そんな窮地を察したのか、あの男が城壁の上に現れた。


「…………」


 指先一つ要さずに、男の能力は光り輝く。

 光線の出力と位置はともに完璧。光の柱は続々と並んで壁となり、彼とドラガの間に一本道を作る。


「あ~? 誰だったっけなァ~……背中なら覚えてそうだが……」


 ドラガは不敵に睨みつけ、対する男は勇気をかざす。


「だったら死ぬまで覚えとけ!」


 ドラガと同じ戦場で散り、同じ戦場で蘇った男。


「俺ァ、カミロ・ブレイズだ!」


 光線の騎士が立ちはだかる。


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