第37話 ノクァラ前夜祭
【人類】
騎士王の帰還によって王都ノクァラは祭のように賑わっていた。そこかしこで賛美の声が上がり、王城の周りは人でごった返している。
そうして日が沈み始めた頃の、王城の執務室にて。
「――現在はネヴィ司令官を筆頭として人間領の維持に努めています」
もみあげ
「と、ペルフェリアでの被害はこんなものです。一時は王都に魔王が来るのではと証券取引所がパニックになったりしましたが、魔族の王都……アークガルダへの進軍が間に合って、まさに神が舞い降りた気分でしたよ」
自身が不在の間に起こった事件の報告を受け、イエルカは窓を背にしたイスに座り、どこか不機嫌そうな顔をしていた。
「感想は後だ。転送妨害を受けた者はどうなった」
「えーと、地上への帰還を妨害されたのは2820人と推定されています。今のところ帰還が確認されたのは陛下のみですから、あとは取り残されていると」
「交渉だ」
食い気味に言われ、士官は「……何ですと?」と固まった。
「魔王軍と交渉をする」
イエルカは確かに言った。
「人間軍兵士1人につき30分、魔界への次なる侵攻を遅らせる。負傷兵でも死体でも構わん。取り残された同胞たちを救出するぞ」
加えて内容までも、さも当たり前かのように、肌を焼くような熱量を持って。
「しょ、正気ですか……!!?」
それはあまりに前代未聞だった。
「無茶です! 魔族と人間の取引は前提からして成り立ちません! 停戦や捕虜だって滅多に無いのに!」
これは種族と種族の生存戦争だ。目的は金でも土地でもなく、敵の絶滅。人魔会談という百年に一度レベルの特例を除けば、そこに取引や妥協の余地はないはず。
「定型句だな。教科書でも読んだか?」
イエルカの眼力がグッと強まり、士官は背筋を凍らせる。
「現状の最大戦力なら魔族に勝てる可能性は高い。だがな、世界中から軍を集めてるヒマはないんだよ。そんなことをしてたら魔界へのトンネルが塞がれる」
イエルカは戦う王としての圧倒的迫力を放っていた。
「何のために魔界に進軍したか考えろ。軍の立て直しに時間が欲しい魔族共は必ず食いついてくる。今ほど交渉に適したタイミングはない」
理路整然としていて、士官が口を挟む隙もなかった。
今は魔界への突入手段を保つことが最優先。カミロが帰ってくれば話は別だが、無い物ねだりをする軍人はここにはいない。
「な、なるほど……確かに」
「そう不安がるな。ニコトスも死んで、我々は今までにない優位を手にした」
本日二度目、士官は固まった。今度は空から金塊が降ってきたような衝撃だった。
「…………え、い、今なんと? ニコトスが……あのニコトスが死んだのですか?」
その名前の大きさゆえに疑ってしまうのは無理もない。しかし騎士王が言うならば、それは事実に他ならない。
「そうか、まだ皆には言ってなかったな」
イエルカはわずかにハッとしてから言う。
「ニコトスは殺してきた」
『魔王軍四天王で超大物、あの偉大なるニコトスが騎士王に
このニュースは瞬く間に、月が昇りきる前には王都全域に届いていた。人から人へ、新聞を一枚も使わずにだ。
どれだけ人間にとってニコトスが強大な存在であったか、ニコトスの死がどれほど人々へ希望を与えたか。
「騎士王陛下バンザーイ!」
「あのニコトスって、あのニコトスか!?」
「遂にやられたんだよ! 伝説の魔族が!」
花火が上がる。肉と酒の匂いの中に光が混ざり、夜の民衆たちの熱は増すばかり。この騒ぎは一週間は続くだろう。
その中心、台風の目――王城の中腹にあるバルコニーでイエルカは夜風にあたっていた。
「陛下」
黒い肌のクールな女性、警察大臣のシェーラが影から出てくる。
「こちら調査書です」
シェーラは紙の束をイエルカに渡した。
「急ぎで把握できた『イエルカ様と呼び、かつ孤児だった人間』のリストとなります」
「これを半日足らずで?」
「陛下
「さすがの記憶力と人脈だな……」
紙をめくると、膨大な量の名前と性別と職業が羅列してある。これらの情報が意味するものはイエルカしか知らない。
「それで、これは何に使うのか聞いても?」
ふとシェーラが背中に尋ねた。
イエルカは室内に入り、机の上に紙の束を置く。
「ただのアンケートだ」
あくまで秘密。それでいて順調に進んでいることにイエルカは内心で安堵していた。
そんな時、シェーラは「それと陛下」と別の話を始める。
「エサノア様の捜索に進捗がありました。エサノア様のものと思われる頭蓋骨が見つかったそうです」
そして突如として淡々と、イエルカの情報処理能力を詰まらせた。
「は?」
花火の音がイエルカの動揺をかき消す。
シェーラは何も気づかずに話を続ける。
「アネス様の指示で中立区域を調べた結果、土の中から頭蓋骨の一部が見つかりまして。それをアネス様に……まあその、舐めてもらったところ、エサノア様に変身しました」
「…………」
「それに諸々の状況を考慮しまして、現在エサノア様を殺害した犯人を捜索中です」
「わかった……引き続き頼む」
シェーラは部屋を出ていった。
「…………」
なんとも大事な時に、なんて最悪なニュースを。
イエルカはバルコニーで夜空を見上げ、花火に向かって微笑んだ。
(
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます