第34話 母なる悪魔 ②


 サンヴァルレリ聖堂の一角で2人の魔族の衛兵が談笑していた。


「こりゃ耳寄りだぜ。反ワルフラ派の首領がジグロムなんじゃねーかっつー噂があってさ」

「え、そうなの? 俺ぁネクトリス隊の隊長って聞いてたけどよォ」

「その隊長こないだ横領でクビになってたろ」

「だからワルフラが無理やり辞めさせたんじゃ、てことだよ。敵を追っ払うためによォ」


 そんな噂話の途中で、バッタみたいな魔族が肩を落とす。


「……なんかぁ、俺ら人間みたいだな。自分より強い奴に勝てねぇからってグチグチ裏で喋るだけでよォ」

「そうかぁ? でも人間ほどチビじゃねぇだろ。人間ってのはもっとさ、こんくらいの身長でさ」


 ハトみたいな魔族が手を腹部あたりに持ってくる。


「はぁ? お前そりゃ低すぎだ」

「え、そう?」


 ハト的には適正かと思っていたが、何やらおかしい。手の位置じゃなくて全体が低い。膝から下が無い。


「あれ、違うな。お前が低くなってんのかぁ」

「あら~、俺って死ぬの……かも」


 瞬間、2人まとめて細切れになった。

 見事な断面の肉片が四方に張りつく。


 サンヴァルレリ聖堂にはもう一人の侵入者がいた。


 鉄の仮面で顔面を隠し、白いローブで全体を隠した謎の者。

 何を隠そう、中身はイエルカ。彼女の任務は『警備の完全な破壊』と『ニコトスの精神移住用の肉体の処分』だ。


(やる事多くないか……?)


 心労が拭えないまま螺旋階段を上がる。その先には白い棺桶の並ぶ部屋があり、女性魔族の遺体が何体も保管されていた。

 これら全てが精神移住用の肉体だ。イエルカは剣で一つ一つ細切れにしていく。


(これで32体目……まだまだ終わらないか。散り散りになってるから見つけづらいし……)


 時間も少ない。テキパキやっていても間に合うかどうか。


 イエルカが部屋を出ると、そこで丁度、変な魔族と出くわした。


「ヒャッハー!! このモッチー様の担当エリアで暴れてんのはどこのどいつだァ!?」


 一本角と甲殻を持った筋骨隆々の奇天烈な魔族だ。モッチーと言うらしく、身長は3メートル弱。


「ケッヒヒヒヒ! テメェ下克上かァ!? ニコトス様なら倒せると思ってよォ! テメェみてぇなのは山ほど見てきてんだ! 血祭りだぜェ!!」


 舌で短剣を舐めている。しかも二刀流なので交互にすごい舐めている。


(なんか弱そうだな……)


 イエルカは剣を抜くのをやめた。


 ワルフラが言っていた注意点その2。

 『魔法は使うな。排気魔力で人間だとバレる』。

 魔力に敏感な魔族の前での魔法は要注意。

 魔法による攻撃は勿論、身体強化や回復もできない。事前に使うことも不可能。


(フィジカルでやり切ればいい話だ)


 イエルカの決断からの行動は早かった。

 繰り出したのは、予備動作のない神速の上段突き。


「グギャベッ!」


 モッチーの顔に正面から拳がめり込んだ。

 怯んだものの、モッチーは二本の短剣を左右から近づける。イエルカは宙にいて無防備。


「!」


 短剣はローブだけを裂いた。イエルカはあそこから即座に屈むという人間離れの動作をしていた。


 着地したイエルカのもとに短剣が二本とも飛んできたので、彼女は両方のを手で掴み、投げ返した。


「グギァッ!」


 モッチーの両目に短剣が突き刺さったが、まだモッチーは倒れずに耐えている。


「かなり頑丈……」


 そこに跳んできたイエルカが……


「だなッ!」


 飛び蹴りで短剣を押し込んだ。


 モッチーは死んだ。頭部がグチャグチャになってな。


 近距離戦闘とは難儀なものだ。互いの意識が争い、挙動を読むことに脳の容量を奪われ、動作が鈍り、距離感がおかしくなったりする。

 その根底にあるのは死への恐怖。誰だって傷つくこと、痛むこと、死ぬことを嫌がる。それが生物としてのあるべき姿。


 しかしイエルカの場合はまるで違った。


(傷つく心配がないというのは楽だな。自分のやりたいように戦える)


 白い床が血に染まっている。


(それに一人というのも良い。案外こうやって魔界で暴れてるほうが、性に合ってるのかも)


 足音を殺して廊下を進み、新しい部屋の扉を開ける。

 その奥にもまた扉があり、間の小部屋には着替え中の魔族がいた。


「はっ!? 誰だおま――」


 問答無用でイエルカに真っ二つにされる。

 作業で殺された哀れな魔族であった。


 小部屋には分厚い革製のつなぎの衣服とバケツのようなヘルメットが置いてある。


(防護服か……?)


 不穏な香りがする。

 イエルカは奥の扉をゆっくり押した。


「……!」


 またもや白い室内で、そこに飛び込んできた不審者イエルカに視線が集まった。


 人間の子供が4人、部屋の中央にある1メートルもないくぼみの中に生きている。

 それも乳児と幼児。まだ一人では生きられない年齢だ。


(なるほど、人間の子供を育てているのか。さすがのニコトスでも中途半端な年齢では生み出せない、魔族も人間も一から育てる必要があると……)


 博物館で興味の薄い展示を見るように、イエルカは通り過ぎようとする。


(いや待てよ……)


 ふと足が止まった。頭をよぎるある予感。

 人間の子供なら無関係だと思っていたが、この場所にいる事自体が疑いの種だ。


(コイツらも精神移住用の肉体なんじゃないのか?)


 イエルカは剣の鞘を握った。

 この子供たちを駆除する必要がある。




 30分後――。


「なぜ歩けんのだガキ共が! 私が君たちくらいの頃はクマとり合ってたぞ!」


 イエルカは左に乳児2人の入ったバスケット、右に男児1人を抱え、女児1人を肩車していた。


「どこいくの~?」

仮面これ外して!」


 子連れ狼、子供たちに殴られながら奔走中。

 

 聖堂内を走り回り、イエルカは白い棺桶の並ぶ部屋に着いた。


(この部屋で最後……しかし時間がないな……!)


 イエルカは子供たちを入口前に置き、剣を引き抜く。


 この部屋に保管された肉体を破壊すればニコトスの策の一つを先回りで潰せる。

 今までは子供の目に見せていなかったが、この切迫した状況では配慮もできない。


「よく見ておけ! 未来を担う戦士たちよ! いずれ君たちに受け継がれる人類の業だ!」

 

 その時だった。


 轟音とともに天井が抜け落ちてきて、部屋内の棺桶が全て押し潰された。


「……」


 イエルカは唖然とした。仕事が終わった。それ以上に、抜け落ちた天井の上に乗っているのは……


「ワルフラ……いったい何を……」


 なぜか一人、ワルフラが膝をついていた。


「……なぜ負ける!?」

「まだ負けておらんわ」

「計画はどうした!?」

「700年分の重みがあってな。人間を生ませた後に第二段階が待っていた」


 ワルフラに傷は無く、そっと立ち上がった。


 こうなれば単純な戦いだ。衛兵は全て始末し、逃げ場も封じた。なおも敵は逃げていない。廊下からくる光に影が映っている。


「やはりもう一人いましたか」


 既に背後、部屋の入口に少女ニコトスがいた。

 元の姿は保ったまま、背には不気味な翼付きの脚が生え、後方には黒い甲冑の騎士が構えている。

 例の4人の子供たちは瓶のような入れ物に密閉され、その黒騎士たちの手に収まっていた。


「変装などせずとも……どうせイエルカでしょう? あなたの味方殺しは知っています」


 ニコトスのベールに隠れた目が妖しく笑った。

 彼女は良い燃料を注いでくれた。


「ほう……これはまた……」


 殺気立ったイエルカは仮面とローブを脱ぎ捨て、ワルフラの前に並び立つ。


「殺し甲斐がいがありそうだ」


 対ニコトス戦の始まりだ。


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