第33話 母なる悪魔 ①
魔界の北極近くに、細長い湾曲した島がある。
その島は大陸にある山脈の延長線上にあるため標高が高く、何故か雪が降っている。
来訪者が2人。しきりに雪が踏みしめられる音がする。
ワルフラは六本足の馬に乗り、その後ろには
「魔界に雪って降るの?」
イエルカがぼそっと聞いた。
魔界は単なる地下世界。太陽光は届かないはず。
「魔界に天気は無いが、ここは魔法で無理やり降らせてるんだよ。一種の防衛装備だ」
とワルフラが答える。
「魔力の無駄じゃない?」
「まあな。最近は節約させてるけど、アイツそういうとこで
「……早く殺したくなってきた」
「計画通りにな」
馬が下り坂に差し掛かり、目的地が見えてきた。
「……」
魔界の天井に咲く植物は光り輝き、常に壮大な星空が広がっている。地上でも見れなさそうな嘘みたいな美しさだ。
星空、雪、木々、それらの調和は永遠のような魅力を放ち、その先を
『サンヴァルレリ聖堂』。
魔王軍四天王『ニコトス』の居城。
そう、2人はニコトスを殺しにきたのだ。イエルカは賭けで勝利し、ニコトスの命を奪う権利を手に入れた。
作戦会議は済んでいる。ワルフラは協力的に情報を差し出し、イエルカは純粋にそれを受け取った。
「ニコトスは『魔族を生み出す魔法』を持っている。魔力があれば無制限にだ。事実、魔王軍の半分はニコトスが生み出しているからな」
「そ、そんなに……?」
「それほど大きな存在だ。そしてニコトスの魔法は応用が効く。人間の死体とフルネームがあれば、その人間と同じ人間を生み出せる。貴様らのフルネームを隠す文化はそれ故だ」
「え……マジ?」
「やはり知らなかったのか」
「形骸化気味だったというか……全名開示もあるし、まさか魔族一人のせいでそんな文化が出来たとは……」
「まあ、それも無理はない。ニコトスは実質的な不老不死だしな」
「え」
「落ち着け、殺せないわけじゃない。ニコトスの生命創造魔法には『精神の移住』という使い方もある、という話だ。それで長年、だいたい700年は生きている」
「肉体を移りながら長生きしていると」
「そうだ。だから精神移住を妨害するため、ニコトスの力を削がなければならん。そこで一度、ニコトスに適当な人間を生み出させる。奴は人間を生み出すと数日は動けなくなるからだ」
「そんなので殺せる?」
「いや、まだ足りない。ニコトスのストックしている移住用の肉体も全て破壊する。奴は四天王だ。最低でもそれぐらいはせんと倒せない」
「了解」
「それともう2つ、注意点がある」
サンヴァルレリ聖堂は白一色の建物で、教会や家とは異なる不思議なデザインをしている。
言うなれば、缶詰の周りに尖塔が立っている。尖塔の中腹と缶詰の間には渡り廊下があり、生活感とは程遠い。
その缶詰が本館で、両開きの入り口を抜ければ普通に中に入ることができる。
入ってすぐに階段を下り、少しの廊下を歩くと、円形の大広間に出る。どこからどこまで真っ白で、中央の床には巨大な照明が埋め込まれている。
「ニコトス」
大広間にはワルフラだけが立っていた。
ポツンと一人、白の中に黒がいる。
いや、もう一人、天井に逆さまで立っている者がいる。
「おや、ワルフラ様」
白い肌、白い外套、白いベール、そして何より、ワルフラの半分しかない背丈。
ワルフラが言っていた注意点その1。
『ニコトスの肉体は今、4歳だ』。
人間で言えば11歳か12歳。つまり先入観は捨てねばならない。
「極秘とは聞いていましたが、護衛も無しだなんて。よほど寝首をかかれない自信がおありで」
ニコトスはやはり見た目に似合わぬ口振りと表情を持っている。
「早急の用でな」
「というと?」
「人間の体は残っているか。あれば産生を頼みたい」
ワルフラがそう言うと、ニコトスは天井を歩き出した。
「サモナ・レヌータがオススメですよ。彼女はもう少しで死にます」
「もっと強い人間がいい」
「あぁ……円卓ですね。となると……」
ニコトスは大広間から別の廊下へ。ワルフラもその後を追う。
「アークガルダが陥落したようですが、そちらはよいのですか?」
「よくはないな。破壊された都市機能の移転が進んでいるが、軍の精神秩序は乱れかけている」
「……随分と楽観的で」
「悲観するには足りないだけだ。貴様にもジグロムの使者が来ただろう」
「ええ、引きこもるなと怒られました」
「引きこもるな」
「…………」
ニコトスは天井から床に飛び移り、白く広大な壁を見上げて何かを探す。
「2回目の産生になるので今後半月は魔族を生めませんよ。それに産生の間隔が短いので――」
「構わん」
「わかりました。今すぐ取り掛かります」
いっぱいに背を伸ばしたニコトスは壁に付けられた取手を引き、中の棚板をスライドさせる。
そこには女性の遺体が眠っていた。
裸体に布を被せられ、穏やかな老いた顔をしている。
「エサノア・ロットロッド、母の身命に答えなさい」
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