第27話 クワッズ・オーバー・クワッズ ②


 魔界での戦いは終わりを覗かせていた。


 甲板には赤い血が滴り、小さな竜の死骸が積もっている。マストの下には上半身の右側くらいしか原型のないケイスが横たわっていた。


 ケイスは負けた。使用可能な戦力が鳥竜フェイルノートのみだったのもあってか、ジクロムと魔王軍の砲撃に焼かれて死んだ。


 ジクロムは軍艦のへりから顔を出し、少し遠くのほうでオデットを倒したばかりのドラガに声をかける。


「おいおいドラガぁ~、お前個人競技やってんのか? 一人で暴れんな」


 ドラガが振り返った。


「調子良さそうじゃねぇか」

「当然。こっちも1人終わったばっかだ」

「5匹目の竜は見れたか?」

「その前に死んじまった。というか、死体回収忘れんなよ」


 ジクロムに言われ、ドラガは「あぁ……」と仕事を思い出す。


(水蒸気の浮力で……いや、魔力の無駄だな。潜って取ってくるか……)


 オデットの死体は海の底にある。ドラガは水上歩行魔法を外して直立不動で沈んでいった。


「やっぱあの人、おかしい強さしてるよな……」


 旗艦の乗組員たちがぼそっと話している。


「歴代四天王強さランキング上位だからな」

「何だそれは」

「上司にしたい歴代四天王ランキングでも3位だ」

「誰が作ってるんだよ」


 四天王は何かと話題に事欠かない。


 船首のほうで、顔に穴のある魔族の女がほっとした様子でジグロムに言う。


「さすがにお二人が揃うと楽勝ですね」

「俺一人でもな」

「最後のあの女も、今さら円卓騎士でもない魔法使いなんて――」


 魔族の女の頬にジクロムの長い指が食い込んだ。


「ちゃんと見てたか? 防護壁を一人でつくる女だ。キッチリ殺さなきゃ後で腐る」


 ジグロムは怒っているのかわからない口調で、指を女の眉間の前に持ってくる。


「二、三番艦は火炎球用意、六、七、八番艦は総員でかいおうだん用意だ。狙いはあの村、あの女な」


 あの女――サモナは人類村、あの集落にいる。


 魔族の女が彩光魔法を空に放つ。それに対応して各艦の魔法使いたちが整列し、集団で魔法を練り上げていく。

 一度目で使用した照準を用いれば、それに沿って火炎球を放つだけ。簡単に終わる。


 ジグロムが手でゴーサインを出すと、魔族の女が振り向いて旗を上げる。


「火炎球撃てェッ!」


 全232発の火炎球が放たれた。




 サモナは集落の中央、瓦礫の上を進む。


「はぁ……はぁ……!」


 集落は炎に包まれ、逃げ場はどこにもない。ケイスが死んだことでロンゴミニアドも死に、味方はゼロ。


 それでもサモナは、最後の望みに賭けるしかない。


「!」


 まぶしい。空が燃えている。

 敷き詰められたような火炎球たちが近づいてきている。


(防護壁を張らなきゃ……でも回復のリソースが無くなる……そうなったら私一人で……!)


 サモナは過呼吸になりかけながら瞬時の選択を迫られた。

 どっちみち死ぬ。それは事実だ。その中での最善は防護壁を張ること。


 しかしサモナの手は震え、魔力が上手く形にならない。焦りが加速し、光がさらに遠のいていく。


(死ぬっ………………)


 目をつむった。

 人生が終わる音がする。


 ゴオッ、と轟く。


「…………」


 永遠に感じる数秒の後、自身の鼓動が聞こえた。


「…………!」


 死んでいない。サモナが目を開くと、驚くべきか、防護壁が展開されていた。

 サモナではなく仮面にローブ、高身長の不審な奴らによって。


「大丈夫ですかな? 何かお困りごとがあれば我々、人類協会にお任せあれ!」


 あの頭領もいた。12名の人類を信じる生き残り達。

 所々に傷は見えるが、全員がまとまって巨大な防護壁を展開している。優秀な魔法使いだ。


「え、誰……怖っ……」


 サモナにとっては知らない不審者だ。


 次いで、防護壁の外に火炎球の破片と衝突音が広がる中、集落の炎の奥から足音が出てくる。

 サモナは目を疑った。5名の人間軍兵士たちが生き残っていた。


「み、皆さん……!!?」

「サモナちゃん、無事で良かった!」


 体格の良い男の兵士がサモナの両肩を叩く。


「あ……」


 サモナはその生き残りの兵士たちを見て、更なる絶望に襲われた。

 あらかたのケガは治っているが、全員、この状況をひっくり返せるカードではないのだ。


 それなら言わなければならない事がある。


「えっと…………ぁ……」

「?」

「っ…………!」


 言葉が喉の奥から出てこない。


(はやく言わなきゃ……私が…………)


 もう時間がない。


(私たちのために、命を捧げてくださいって……今すぐ死んでくださいって…………!)


 勝つためには、生きるためには、彼らを犠牲にしなければならない。自身を犠牲にする勇気が起きなかったのに、他人にそれを願わなければならない。


「あの!――」

「サモナちゃん、わかってる」


 突然、兵士たちはぞろぞろと歩みを始める。


「…………え」


 サモナの横を通りすぎ、兵士たちは人類協会の面々から水上歩行魔法をかけてもらい、船着き場から海に足を下ろす。


 兵士たちは防護壁の限界までたどり着いた。


「遺言は届けてくれよ」


 生きていても戦力にはなれない。生きていてもすぐに殺される。この現実を芯まで飲み込んでいた彼らには、恐怖も不安もなかった。


「人類に栄光あれ、ってな!」


 兵士たちは全員、笑顔で手を伸ばして蘇生鏡に身体を吸われる。


 彼らは人類協会の者から蘇生鏡の存在を聞かされていた。だからサモナに言われずとも、自らのやるべき事を知っていた。


 これが最後の望み。蘇生鏡の生死交換を用いた戦力の回復。

 これは元よりオデットが『負けた場合の最終手段』としてサモナに任せていた奥の手だ。


 残酷だが合理的。無傷の戦力が5人手に入る。

 問題は生き返る者がランダムであること。こればかりは運、どうしようもない……が。


「人生2回目、ラウンド2ぅ~」


 蘇生鏡から出てきた最初の一人は、円卓騎士ケイスだった。


 2人目、3人目、4人目は全て騎士の男性。困惑している様子がないことから、人類村に招かれた蘇生鏡を知る人間軍兵士だとわかる。

 何故ここまで統一性があるのか。それは犠牲となった兵士たちの超集中的な願望が、直近以前の記憶を忘れさせ、記憶を読み取る蘇生鏡に適応したから。


「って、あれ、オデットは……?」


 ケイスはサモナに首をかしげた。


「まだです。この魔導具の仕様はランダムなので繰り返す必要があります。もしくは……」

「もしくは?」

「オデット様はまだ生きているかです」


 良いことか悪いことか反応に困り、ケイスは「マジか」と呟いた。


 その時、魔王軍が動く。


かいおうだん撃てェッ!!!」


 橙色の釘のような物体が高速で防護壁に触れると、防護壁全体が一気に割れた。

 これが壊王弾。3隻の軍艦から一発ずつ発射されていた。

 

 壊王弾とは防護壁魔法を突破するための特効薬。使用はやや面倒でリスクも大きいが、それだけの価値はある。ジグロムは備えていたのだ。


 その直後、というかほぼ同時に、矢の雨がサモナたちの視界に入る。


(ドンピシャで攻撃を合わせてきた……!?)


 サモナも人類協会の面々も、さすがにこの速さは読めなかった。


 矢先と目が合う。防護壁魔法を練り上げる前に到達することは明らか。

 防御にはもっと速い、光のような速さが必要だ。だからこそ、この光が願われたのだ。


 横一線の光のベールが全ての矢を焼き払う。

 とてつもない威力の光の群れ……いや、光線だ。


 生き返ったのは彼で5人目。


「カミロ~っ!!」


 ケイスの気の抜けた歓声が響いた。


「ったく、何だこの状況……」


 ということで、カミロ見参。




 *




「今出てくんなバカ!!」


 イエルカは投影画面を怒鳴りつけた。


「まあそう言うな。彼らだって頑張ってんだ」

「カミロ殺した奴がよく言うわ……」


 魔王の冗談に呆れたイエルカはソファに深く沈み込んだ。


「戦況も特にひっくり返ることはないだろ。カミロってドラガにメタ張られて負けてたし」

「うーん、そっか……」

「でも四天王一人くらいは倒してほしいけどなー」


 とワルフラは頬杖をつく。


「それ取って、そこのお肉」

「あいよ」




 *




「…………」


 魔王軍こっちは20隻の艦隊だ。

 旗艦の上でジグロムは確信した。


 この艦隊を連れてくるべきではなかったと。


「全艦、防護壁を張れ」


 ジグロム自らが指示を出す。それほどの緊急事態。

 カミロがいると集団戦闘は不利しかない。あの無尽蔵の光線がとにかく厄介なのだ。


「カミロが来るぞ。アイツに文句が言いたきゃ生き延びろ」


 緊急の彩光魔法が空に上がる。青いやつだ。


 その後、彩光魔法を上回る光の柱が集落のほうに見えた時、兵士たちは顔面蒼白で防護壁を急いだ。


 一方、状況説明を聞いたカミロは矢面に立ち、腰についた武器を構えていた。

 つかつばのみの剣『アミロリック』。そこに刃を生み出すのはカミロ自身だ。


 天まで届く光線が刃となり、超極太の光線剣となった。


「あの船をやればいいんだな」


 海の上、星空の下、光と熱を持った一本の剣が左から右へと動き出す。

 目標は数百メートル先の大艦隊。とはいえカミロにとってはゴミをほうきで掃くのと同じ作業量だ。


 巨大な光線の刃は海を撫でれば大波を起こし、岩に当たればどろりと溶かす。

 一隻目に当たり、竜骨から最下部の帆までが消えてなくなった。

 二隻目は途中で防護壁構築を諦めた者がいたために間に合わず、三隻目、四隻目と同様に撃沈。


 凄まじい被害の猛襲だった。

 防護壁を張れたのは6隻。旗艦とその両側の艦、光線が来るのが遅れた左翼のうち3隻が残存。


 つまり14隻が撃沈。

 ほとんどの船体が溶けて消えた。


 海に浮かぶ残骸。死と煙の臭い。終わる戦いへ戦士たちが出揃う。


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