第26話 クワッズ・オーバー・クワッズ ①
透明化した炎竜ガラティーンが海面スレスレを飛行し、風圧による波と
ガラティーンが一瞬だけ翼を畳むと、海面に立って怯えていたサモナが透明の誰かに引っ張り上げられた。
「わっ!」
ガラティーンは急上昇する。その背に乗っているのはケイス、オデット、サモナの3人。ケイスが操縦、オデットが透明化の担当だ。
「……陛下、消えちゃったんだけど……!?」
海面を見下ろしたケイスはイエルカを探してキョロキョロしていた。
「あれは転送魔法と防護壁魔法の合わせ技です……! おそらくイエルカ様は強すぎたために転送された……さすがです!」
解説するサモナにケイスが「何も良くないよ!」とツッコむ。
その通り、何も良くない。全てが最悪。
人間側の唯一の勝ち筋が消えたのだ。さらに最悪なことに、逃げ筋も消えたに違いない。
「!」
オデットに戦慄が走る。
ドラガとジグロムがこちらを見ている。
空を飛ぶ透明を捕捉している。
「サモナッ! 防護壁!!!」
反射的に叫んだ。喉の正しい使い方が間に合わないほどに急だったが、サモナは迷わず対応してみせた。
ガラティーンを中心とした球状の壁が広がると同時に、地面から空にかけての空気が大木のような形で凍りつく。
防護壁の周囲全ての空気が固体化した。
これがドラガの『
「やっぱ本物のドラガかよ……!!」
オデットは改めて四天王の恐ろしさを思い知る。
「ナイス防護壁……でも動けないね。ガラティーンに溶かしてもらおう」
「ダメだケイス。せっかくの透明の位置がバレる」
「もうバレてるでしょ」
「いいや、まだいける」
オデットが触れているものは合わせて透明になるが、今回は防護壁の作った空間が裏目に出ている。
能力の規模で負けている以上、透明が意味をなさずに殺される可能性は高い。
地上ではドラガとジグロムが共に上を眺めていた。
固まった空気が世界樹のようにそびえ立っている。
「……殺したか?」
ジグロムがさらっと
「いや……面倒な魔法使いがいるな」
固体化空気が厚いためにオデットたちは見えないが、ドラガの感覚は凍っていない空洞を捉えている。
そんな時、ジグロムが
「……オイ」
「俺は白兵戦はやらない。もっと手際良くやる」
ジグロムは艦隊のほうへ歩く。
「お前もせいぜい気をつけろ」
「……あ?」
全くもって舐め腐った忠告だった。
「魔界の空に穴をあけたのは奴、オデットだ」
次の瞬間、ドラガの背後に巨大な影が降りてくる。
「!」
突然の衝撃。ドラガの肉体に牙が食い込み、既に百メートルは押されている。
(いつの間に抜け出しやがった……!)
ドラガに食らいついていたのは槍竜ロンゴミニアド。速さが売りの大蛇型の竜だ。その背にはサモナが乗っている。
海上を高速で押されながらドラガは腕を広げた。
手のひらあたりの空気が歪み、温度操作の予兆が見える。
その直後にロンゴミニアドがドラガを離し、急停止した。
「……!」
ここであの速度からゼロに……逃げたか。
しかし不思議なことに、勢い余って吹っ飛ぶドラガが海面にぶつかることはなかった。
サモナがドラガに防護壁魔法を与えていたのだ。
(防護壁は……魔法を遮断する!)
これが防護壁魔法の真髄。ほぼ完璧な衝撃吸収と魔力遮断を備えている万能魔法なのだ。
まあ、防護壁は本来集団でしか使えないはずだが。
つまりドラガを閉じ込めた状況。外部から内部への干渉をできなくする代わりに、内部から外部への干渉もできない。
それだけでもドラガへの対応としては十分だが、仕上げはここからだ。
「バッチコォーイ!!」
ガラティーンに騎乗したオデットが待っている。
このまま行けば防護壁とオデットが衝突するが、ドラガがそれを疑わないわけがない。
(オデットは『透明の騎士』……だが、それ以外にも何かあるな!)
魔界の空に穴をあけ、固体化空気から脱出した。透明になるだけの男に出来ることではない。
ドラガは手の内を調べるためにあえて衝突しにいった。
防護壁内部を超高温に保ち、オデットを迎える。
最初にオデットではなくガラティーンの鼻先が防護壁と触れると、そのまま防護壁内に入ってきた。
「透過か!」
ドラガはつい口に出した。
高温すら意に介さない突入……まさに透けている。
ただそれは不正解だ。オデット曰く、この能力は『透明でも何でもない』。
「……!?」
ドラガの腹部がガラティーンの鼻先と触れた時、おかしな感覚が体を貫いた。
「ッ!」
ドラガはとっさに海面を蹴って背面跳びをする。
ギリギリでオデットとガラティーンを避けたドラガは、たまたまそこにいた軍艦の側面に激突した。
軍艦が大きく揺れ、波が高く踊る。
ドラガの脇腹は拳一つほど、キレイに
(この傷跡……なるほど、透過能力じゃねぇな。消してやがる!)
『温度操作』という理不尽な能力に打ち勝てるのは、これまた理不尽な『触れた全てを消す能力』。
(今のアイツは高熱も冷気も届かねぇ……体に触れた全てを消す、いわゆる『無敵状態』ってとこか。竜もセットだから移動にも支障は無いだろうな)
オデットがドラガと睨み合う。
(俺の二段階目……『消去能力』……!)
彼は透明になるだけの男にあらず。対象は彼と彼に触れているもの。その対象を透明化もしくは不可触化させる。
なぜ後者が知られていないかと言えばオデットが前線で戦うタイプではないからだ。それと普通に危険すぎるから。
(ちと使いづらいが、これで勝てる!)
オデットは自信に満ちていた。
ドラガについた防護壁は一部が消去された影響で消滅した。ここから二度目の防護壁をつけることは困難だ。
つまり短期決戦。ドラガが広範囲を攻撃する前にオデットが倒すしかない。
「行くぞ!」
「中途半端だ」
既に、オデットの後ろにドラガが立っていた。
「まるで無敵じゃねぇ」
「……!?」
「今のオメーは体内の酸素量や気圧を魔法で維持してるんだろうが、唯一外部から取り込んでるものがある」
ドラガの手に握られた金属質の筒が、オデットの後頭部を狙っていた。
これはドラガの温度操作でだけ扱える、とある周波数の電磁波を発する魔導具だ。
「それは光だ。目の前見えてんだろ」
ドラガはとうに見抜いていた。オデットは眼で光を、相手を見ている。つまり電磁波を受け取っているのだ。
魔導具から出た指向性の電磁波がオデットの脳内の水分子をほんの少し振動させた。
するとオデットは眠るように力を失い、ガラティーンから落ちる。
あっけない敗戦。彼の敗因は消去能力を洗練させていなかった事だ。だからこんなにすぐにも、反撃も文句も言わずに海に、闇に沈んでいく。
「今度からは電磁波も分別して消しとけ。って、音は聞こえねぇんだったか」
オデットを下に見ながら、ドラガはついでにガラティーンの頭を
(……
ドラガの目線は次の標的に向いている。
*
ここで一旦、中継を。
魔界のどこか、王冠の間と呼ばれる講堂には、魔法によってある兵士の視界が投影されている。
騎士王イエルカと魔王ワルフラ、この観戦者2人はその視界映像を見ながら大いに盛り上がっていた。
「ダァーッハッハッハッ! やったれドラガァ!」
イエルカがグラス片手に拳を上げた。
それに対してワルフラは噛み締めるように天を仰ぐ。
「いや~、オデットならいけると踏んでたんだけどな~」
「言い訳か? お? 負け惜しみかぁ!?」
「うるさっ。まだ負けたわけじゃないだろ」
「もう敗北同然だわ! ほら見てみろ!」
イエルカが映像の右上を指差す。
「ケイスも死んだぞ!」
なんともテンションが乱高下する日であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます