第25話 乱れ舞い散る生存戦争 ③
再び出会った、最凶の魔族に。
鏡の中から復活したのは、多大な犠牲を出した末に討たれた魔王軍四天王、ドラガだった。
「………………」
ドラガは状況を掴むために落ち着いている。
この一瞬だけが騎士たちの最後の暇だ。
イエルカは全力で思考を巡らせた。
(なぜドラガが……! 何が蘇生鏡だクソが!!)
魔族用の魔導具ゆえに制限があるのか、それともルルテミアが最期に何か仕掛けたのか。
ともかく反省する機会が訪れてくれるよう、この最悪のシナリオを突破せねばなるまい。
(以前とは違う。オデット、ケイス、サモナ……まあ最悪ケイスだけでいい。彼らを生かしたままドラガを倒す……そんなことが出来るのか?)
イエルカがグランノットでドラガを倒した時は、村一つ分ほどが焦土と化し、広大な森林が異常な暑さによって死んだ。
(無理ぃ……じゃないかぁ……?)
味方を守って勝ち抜ける気がしない。
ドラガはそれほどの存在。魔族の中でも群を抜いて強力な魔法を持ち、破壊力と対応力は超一流。
人間軍にとっての奥の手が大量破壊兵器エクスカリバーであるように、魔王軍の殲滅担当はドラガ。直接的な戦闘能力、間接的な被害規模は凄まじいことこの上ない。
はてさて、どうしたものか。
「ハァ~イ、ドッラッガァ~」
ジグロムが船着き場のほうでニヤニヤしている。
「……テメー、誰を犠牲にしやがった」
蘇生鏡に気づいたドラガは怒りをあらわにしたが、その時のその一言が、すぐそばのイエルカをハッとさせた。
(!……そうか、ドラガは私が蘇らせたとは思っていないのか……! そして今の同族愛。これは使えるぞ!)
普通は敵に助られたとは思わない。この意外性とドラガ自身の性格を組み合わせた先に、ほんの少しの希望がある。
イエルカは胸に手を当て、前のめりに訴えた。
「ドラガ! 君を蘇らせたのは私だ! 助けてほしい……!! ここから救い出してくれ!」
涙目寸前、本気の表情。国宝級の演技が光る。
しかも蘇生時に
「…………あァ?」
ドラガは明らかに機嫌が悪そうに疑っていた。
状況の複雑さも相まって、頭部にかかる影が濃い。
(くっ……無理があったか……!?)
イエルカは固唾を飲んだ。2人の間で空気が凍っている。
「……」
(どうだ……?)
「…………」
(いけるか……!?)
「………………」
(この間は何だ……)
「……………………けっ」
(おっ?)
「……わーったよ」
(ほっ)
一安心。
ドラガはイエルカに詰め寄り、至近距離で言う。
「俺は自分より強い奴が好きだ。イエルカ、テメーのこともな」
「……は?」
「テメーの考えてる事はわからねぇが、返す恩はあるかもしれねぇ」
そして振り向く。
「ジグロム、コイツだけ見逃せ」
ドラガは浅はかな計略を見抜き、魔王軍として最低限の筋を通した。それはイエルカ以外の人間の死を意味する。
「……ンー、アー、いいだろう。どのみちソイツは飛ばそうと思ってた」
軽い返事の直後、ジグロムが高らかに指を鳴らす。
「っ……!」
何かやられる前にと、イエルカは海面を蹴った。
ジグロムの首ぐらいは飛ばしておかないと、残る味方たちの勝機は無くなるだろう。
剣を構え、嘘みたいなスピードで駆けるイエルカを、青い半透明の正八面体が閉じ込めた。
「!」
周囲には魔王軍の魔法使いたちがいる。どうやら準備済みの作戦のようだ。
イエルカは正八面体の壁面を内側から叩く。
「待て! 私だけでは意味がない! 彼らを……味方たちを!」
海水ごと閉じ込めた正八面体は徐々に透明度を下げ、風をまとって消えようとした。
最後に正八面体の中から見たのは、ジグロムの恐ろしげな顔面と伸ばされた左腕。どうだ、近づいてみろと挑発していた。
しかしすぐにジグロムはその気を失った。表情が固くなり、左腕がわずかに下がった。
イエルカが――笑っていたから。
(ありがとう魔族共。残飯処理は任せたぞ……!!)
悪魔でさえ眉をひそめる邪悪な顔だった。
そう、ここまではイエルカの想定の範囲内。残されたオデットたちが死んでも、それはそれでアリなのだ。
この正八面体が転送魔法の一貫なのは知っている。
(私への対策とは『遠ざける』こと。そんなものだろうと思っていた。魔界脱出には強い味方が必要だが、これなら私一人で帰れる!)
最初からイエルカには2つのルートがあった。
一つ目はオデットたちと協力し、魔界の天井にあけた穴からシンプルに脱出するルート。
二つ目はジグロムの持ってきたイエルカ対策を誘発し、一人で帰還するルート。
終始どちらのルートにも行けるよう動いていたイエルカだったが、ついに今、やってのけた。
(唯一の懸念はどこに飛ばされるか不明な点だな。地上と魔界を行き来する魔法は無いだろうから、順当に行けば魔界のどこか、魔王軍の面前。いや……違うな。勝ち筋が無いから遠ざけたのだ。となると行き先は、私がいても被害が生まれない僻地……)
とにかく四天王と軍隊から逃れたことは大きい。敵の存在が消えてしまえば地上への帰還のハードルは著しく下がる。
あとは飛ばされる場所次第。
次にイエルカの視界が晴れた時、そこに現れたのは無音と殺風景。
足元には海水がこぼれ、それが排水溝に流れている。どうやら室内らしく、四方八方が空色っぽい素材の壁や床で、照明は高い天井からの淡い光一つのみ。
「…………」
独房かとも思ったが、後ろを向くと、縦にも横にも大きな空間があり、五本の石柱のようなものがある。
この装飾の無さは魔族のそれだ。
イエルカは自らの鎧の音を聴きながら歩き、石柱の裏に何かがあるのに気づいた。
「我々以外は外に出てもらってる」
魔王ワルフラが隣に座れと促す。
「一緒に見ようぜ。賭け試合だ」
砕けた口調のワルフラ、テーブルとソファ、そして大量の飲食物。パーティーの用意は完璧だ。
「…………私は何を賭ける?」
イエルカはソファに腰を落とし、唐突な状況よりもワルフラと二人きりになれたことに微笑んだ。
「歴代の全円卓騎士のフルネーム」
「君は?」
「四天王ニコトスの命」
その2つは鍵穴と鍵屋のような関係。ただその価値は戦争の大局を左右するほどに果てしない。
「ふっ、ハナからニコトスを殺す気はないのか」
「貴様とて自分の首は絞めんだろ」
イエルカはワルフラからグラスを受け取る。
「乗った。私は当然、ドラガとジグロムに賭けるぞ」
「我輩はオデットとケイスに」
2人はグラスを掲げる。
「「乾杯!」」
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