第23話 乱れ舞い散る生存戦争 ①


 ケイスとオデットの出会いは11年前だった。


 詳細は省くが、家族を皆殺しにしたケイスが鉛中毒で死にかけていたところを、反政府軍との突発的戦闘に負けたオデットが助けたことから2人は知り合った。省いた詳細はまたいつか。


 倒壊した厩舎きゅうしゃで横になるオデットとケイス。

 共に疲労困憊、血みどろの状態で、迎えを待つように語らっていた。


「竜が財宝を好むって噂……マジなのな」

「…………」

「それで鉛中毒になってちゃ世話ねぇぜ」

「……竜のせいじゃないし」

「竜が勝手に鉱石掘ってたせいだろ。金に紛れて鉛があったんだ」

「…………」

「まあ確かに、悪いのは竜じゃねぇな。悪いのはこの世の中だ」

「…………」

「お前は若いから知らねぇだろーが、これでも昔よりは平和なんだぜ」

「……平……和?」

「疑問符を付けんな。俺にも本当の意味はわからん」


 その時、わずかな馬の足音が地面から伝わってきた。


「お、援軍が来たな。あの規模だと、陛下の軍か? あー、お前にゃ悪いが、陛下に見つかったら騎士の仕事からは逃げらんねーぜ。どうする?」

「……?」

「騎士になって見ず知らずの人類のために戦うか、今まで通り渓谷で竜たちと暮らすかだ」


 ケイスがぎこちない様子でオデットを指差す。


「俺か? 俺ぁ死ななけりゃそれでいい。要は軍隊で騎士やってるってことだ」

「じゃあ私も騎士になる」

「早いな……」


 後先を考えないケイスに対し、オデットは立ち上がって地平線の向こうに目をやった。


「ま、心配しなくても面倒な事は俺が引き受けてやるよ。お前は竜とワチャワチャしてりゃいーんだ」




 *




 ケイスの名を叫ぶ声がする。


 ジグロムは虚を突いてケイスの首を取っ捕まえ、船着き場に立っているオデットに見せつける。


「もっと必死になれよオデット~。お前の大切な姫君が泣いちまうぞ~」


 心底バカにした態度で、ふざけた作り声だ。

 すかさずオデットが腕を上げ、空に彩光魔法を射出した。


「ジグロム……左腕も切っとくんだったな……!」


 これは開戦の合図。高く上がった黄色い光は、祭に怠けている人間軍の兵士たちの目を覚ました。


「おぉ~、優雅な花火だ。それで何だ? 酔った兵士を引き連れて戦うってのか?」

「テメーにはそれで十分だ」

「オデット~、お前はやっぱり人間だ。感情を先に歩かせると痛い目を見る」


 ジグロムは首を圧迫しまくったケイスを投げ、オデットが受け止める隙に、自らも彩光魔法を放った。


「これが戦争だって事を忘れるなァ!!」


 空が朱色に輝く。


「!」


 オデットは身を震わせた。


 輝きの正体は炎。大量の火炎球魔法がこちらに向かってきている。


 それは炎を帯びた金属球を放つ魔法であり、着弾時には破裂して炎と金属片を飛散させる。

 ここ100年ほど戦場で頻繁に使われる魔法で、束になったときの威力は残酷極まる。


 人の集まっている祭の会場に降り注げば、地獄絵図になることは想像に容易い。


 落ちて爆ぜる。もう既に何人の人間が死んだだろうか。音や揺れが収まらない。

 オデットは後方からくる光のほうを向く気が起きない。


「なっ……!?」


 しかしその姿勢は、前方の地獄をありありと視界に入れることになった。


 魔王軍の軍艦が続々と近づいてきている。

 3本マストの帆船が20隻、兵力にして一万を超える大艦隊だ。火炎球もそこから飛んできている。


「ハッハッハーッ! 戦争ってのはな、数多いほうが便利なんだよ! そっちは何人だ!? あァ!? お前の軍隊は質素だなぁ! オデット~!!」


 ジグロムは炎に照らされ、海の上で踊り狂うように笑う。

 勝つことよりも傷つけること。それこそが彼の信条、楽しみ。


 それを知るオデットは、気絶したケイスの首と手首を回復しながら、勝利を放棄していた。


(こっちのマトモな戦力は俺とケイスだけか……陛下はいねぇ……ただ幸い、俺の能力は逃走向きだ。ジグロムの魔法じゃ透明を捉えることはできない。だったら逃げるのがベスト……!)


 オデットはケイスを巻き込んで透明となり、炎のないほうへ走り出す。


 透明とは完全なる透明。足音や呼吸音は残るが、そこは炎の音でかき消される。


 オデットとケイスを知覚することは至難の技だ。それを分かってか、ジグロムはその場に留まり、蘇生鏡を叩いた。


「アー、お前らに耳寄り情報だ。この蘇生鏡はタダで死人を生き返らせる道具じゃない。生者と死者を交換するんだよ。蘇生の代償は使用者の命」


 誰を見るわけでもなく、一人でペラペラ話す。


「つまり正しい使い方は、生かす価値の無い雑兵に詳細を告げずに使わせること。等価交換じゃなくて等量交換だからなぁ、ココ大事」


 何かを抱えた緑肌の巨人型魔族が3人、艦隊のほうから飛んできて、出来る限り多くの痩せ細った魔族を蘇生鏡に突っ込んだ。


「まずは、無知で無価値なやつを選んでおき、この鏡に魔力を注ぎ込ませます。するとなんと!」


 蘇生鏡の水面が波紋を浮かべ、何度も光る。

 痩せ細った魔族たちは崩れて消え、全てが別の肉体の糧となる。


 これが蘇生鏡の正しい使い方。特定の死者を蘇らせるためには、その死者の知り合いを何人も用意して運に任せなければいけない。


 今回の場合は……


「パンパカパーン!!」


 ジグロムが左腕を広げ、成功の証を奏でた。


 蘇生鏡の水面から這い出てくる魔族たち。

 彼らは蘇ったことに驚き、その様は有象無象に見えたが、一人だけは例外だった。生来のオーラなのか、砂利の中の金のように目につく者がいる。


 近くの雑木林を走っていたオデットは息を呑む。


「……!?」


 。蘇生された魔族の中で一人、透明化したオデットを認識したやつがいる。


「なぁ、気づいたかオデット、お前の知ってる奴もいるなぁ。そう! ほとんどは知らないザコだが、ただ一人だけ~……」


 ジグロムは蘇生した魔族たちを押し退け、切り裂き、最奥の一人と顔を合わせる。


 その魔族はつぎはぎだらけの灰色の肌で、奇術師のような格好をした単眼の女性。背丈はジグロムより低い2.5メートルほど。

 彼女こそが蘇らせたかった死者であり、ごく最近に亡くなった魔王軍の一角。


「ルルテミアぁ~!! アッハッハッハッ!!」


 ジグロムの隣に立ったのは、元魔王軍四天王ルルテミアだった。


 別名『六殺女帝ろくさつじょていルルテミア』。

 彼女の有する魔法は、魔力という物質を広範囲まで感知し、かつ操作することができる。操作する魔力に制限はなく、一方的に遠距離から敵の体内魔力を奪えるため、この時代においては全方位に猛威を振るっていた。


「……こんな旧式の魔導具で……すごい非効率」


 ルルテミアは蘇生鏡を見上げ、呆れつつも感心していた。


「…………ツマンネー女」

「何?」

「いやー、別に。生き返って何よりだぁ、ハハハ」

「それで、私は何をすればいいの。というか……私……」

「だー、昔のことは気にすんな。お前は逃げたネズミを捜せばいいんだ」

「いや、でも…………私は…………」


 ルルテミアは考え込み、そして違和感を持ったままに空を見た。


 蘇生したばかりで混乱している面もあるが、それ以上に彼女を混乱させるものがある。それは生前の記憶と、あの空の何か。


「ア、どうした? ルルテミア」


 ジグロムの呼びかけに応じず黙ってしまったルルテミアは、その感知能力で確かに観測していた。


 嵐をく日の光を――。


「ッ……!!」


 空で一瞬、流れ星の煌めきのような何かが光る。

 その後は本当に1秒にも満たない事だった。


 ルルテミアは最初、誰に殺されたでしょうか?

 答えは明快。魔王ワルフラの手によって。

 ルルテミアの中でどう処理されているかは不明だが、知っていることは事実。それが問題なのだ。


 だから今すぐ、さっさと、迅速に。


「お前は出てきちゃダメだろがァアーーーッ!!!」


 騎士王イエルカの一撃がルルテミアの首を断ち切った。


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