第22話 それはもう魔界村では


 人類協会という名の仮面ローブ集団に囲まれた円卓騎士2人は林道を行く。


「ガルルルルル」


 今にも噛みつきそうなケイスを押し込めながら、オデットは人類協会の頭領を見上げた。


「なあ、そろそろここがどこか教え――」

「あー! それについてですね。既に他の方にも説明しましたが……」


 頭領は浮わついた声の持ち主で、常にペテン師のような話のクセを持っている。


「ほぼ無理です」


 今だって絶望を先回りさせたおかげで、オデットが思わず「あ?」と顔をしかめている。


「あなた方が穴をあけて降りてきた場所は魔族の首都アークガルダ、でしょう?」

「……ああ」

「この地下世界において、アークガルダをとするなら、ここナワルビン島は。つまり最も遠い位置にあるわけです」

「………………はぁ!?」


 球体の表と裏。地下世界だから地上ほどの距離はないにせよ、遥か遠方であることに変わりはない。


「それにアークガルダへ行くには海を越えなければなりません」

「マジぃ~……?」

「まっ、明るくいきましょうよ。ここで我々と一生を過ごせばハッピーですから」

「ぜってー嫌だ……」

「ははは、オデットさんは魔族の近くにいることが不安なのでしょうが、ご安心を。このローブと仮面には浄化作用があるので、魔族の出すも、人類の出すもキレイにしてくれるのです!」


 人類を崇拝しているという感情以外の判断材料がないせいで、どれもこれも信じがたい。

 ただ現在地に関しては、後で地図でも貰えば真偽がわかる以上、信じるに足るかもしれない。それでもなお絶望的なことに変わりはないが。


(クソ最悪な状況だぜ……何人が転送されたのかも、何人が生きてるのかもわからねぇってのに、海を渡れっつーのは泣きっ面に蜂だ。そもそも魔王軍に見つからずに帰れるとは思えねぇ)


 オデットは騎士王がいない時のリーダーとしての役割を持つ。だからひたすらに頭をブン回しているというのに、帰る方法が一つも思いつかなかった。


(…………どーすっかなぁ……これ……)


 オデットのしかめっ面はしばらく続きそうだ。




 頭領とその仲間たちに導かれ、オデットとケイスは海沿いの集落を訪れた。


「見えてきましたよ、あれが人類村です」

「なんじゃその名前……」


 そこはオデットが思っていたカルト集落とは違っていた。


 海洋に面している蹄鉄の形に作られた集落で、そこそこの規模がある。住居は魔族基準のためドアも敷地も大きく、石灰の白色を基調としている。通路は石畳、船着き場も完備と、魔法のおかげで進んでいるようだ。

 集落内は仮面ローブの魔族たちで賑わい、人間が来訪した記念で祭を開催していた。


「あ、ほら見てください。昨日やって来た人間軍兵士の方です」

「…………なんか倒れてっけど」

「どうやら魔族と交わったせいでお互いに死にかけているようですね」


 頭領は平気で物騒な事を言う。


「ぷっ! 魔族とヤったのかよあのオッサン!」


 ケイスがアヒャヒャと腹を抱えていた。元気そうで何よりだ。


 その後、オデットは人間軍兵士たちに「そのうち作戦会議をする」と言い残しておいて、頭領が好き勝手に案内するのに従う。


「あちらの空き家を確保しておりますので、どうぞご自由にお過ごしください。あっちのほうが飲食街で、あっちには教会、あれは蘇生鏡でそっちは港です」


 聞き慣れない言葉が通りすぎた。


「ソーセージ卿?」

「待て、何だ蘇生鏡そせいきょうって」


 ケイスとオデットがすかさず食いつく。


「文字通り、死者を蘇らせる水鏡ですよ。三百年前まで使われてたんですけど、四天王ニコトスが台頭してからは単なるランドマークですな、アハハハ」


 船着き場から離れた海上に、巨大な金属製の輪があった。そこへ繋がる道はないが、錆びもない。


「……今も使えるのか?」

「ええ、手を触れれば、その人の死んだ知り合いが出てきます。ただまあ、けっこうランダムですし、本来は魔族用の魔導具ですから、オススメはしませんよ。それじゃ! ごゆっくり!」


 頭領が足早に立ち去る。

 船着き場にオデットとケイスが残された。


 時刻は昼下がり頃。とはいえ常に星空なので、この楽観的になれない状況と合わせると、2人の気分は落ち込む一方だった。

 集落のほうは祭で騒がしい。派手な花飾りをつけて踊っている者がいたり、魔族と酒を酌み交わしている人間がいる。


(能天気だな……)


 オデットが祭から目を背け、横目で蘇生鏡を眺めていると、ケイスが肘で小突いてくる。


「ねえねえ、誰を蘇生すんのさ~」


 そのニヤニヤとした顔に呆れ、オデットは背中を向けた。


「やんねーよ。あーゆーのは裏があんのが世の常だ」


 彼はいつも通りに見えて、行き先が不明瞭で、祭にムカつき、胸騒ぎがしている。一歩一歩が地面から浮いているようだった。


 魔界に救いの手はない。こんな集落で何ができるのか、答えは未だに出ていない。


「…………ねえ、ちょっと」


 ケイスの声が尖った。


「諦めてない?」


 素直な言葉にオデットの足が止まる。


「……あ?」

「帰るの、諦めてるでしょ」


 ケイスが意外と核心を突いてくるので、オデットは振り返って反論する。


「そりゃ間違いだ。俺は全員で帰るのを諦めてる。下手したら数千人が転送されてるかもしれねぇんだ。その全員を集めて、海を渡って……無理な話だろ」

「じゃあどうすんのさ」

「……一人だけでも帰る。俺ぁ死ぬ気はねーよ」


 オデットは反抗心が捻り出した答えで取り繕うしかなかった。実際それが一番な気はしていたが、受け入れられるはずもなく……。


「だったら帰る? 今から」


 いや、ケイスはそうでもないらしい。

 彼女が神妙な顔で「ロンゴミニアド」と呟くと、長大な竜が海から飛び出してきた。


 これもケイスの操る竜『槍竜ロンゴミニアド』。

 白い蛇に短い四本足が生えたような、幽玄で優雅なうねる体。それぞれの足の付け根には翼が生え、白く豊かな毛は首から尻尾の先にかけて揺れている。顔は竜らしい猛々しさを持ち、青い角を備えている。


「…………」


 オデットはその竜の意味をわかっていた。


 ロンゴミニアドは最速の竜。その背中に乗って駆けたなら2時間とかからず地上に戻れる。しかし当然、積載量に制限はあり、5人かそこらが限界だ。


「別にいいよ、私は。2人で生きて帰れるなら」


 一切の笑みが無い、ケイスの本心のようだった。

 いつもは自由奔放な彼女が放つ感情の重みがオデットにのしかかる。


「ハッ……この俺がそんな挑発に乗るとでも?」

「ううん。私は私への想いに応えるだけ。竜だけじゃなくて、オデットのことも大切。でも道端で飲んだくれてる兵士がどうなろうと興味はない」

「…………」


 ケイスはそういう奴だったなと、オデットは改めて理解した。

 部外者の関心とか無責任な期待とか、そういうのをアレルギー並に嫌っている。


「…………お前、蘇生鏡使ってみろ」


 だからオデットは、対等な者であり続ける。


「え?」

「戦力増強のための実験だ。もしかしたら、魔族以外も蘇るかもしんねぇだろ。竜とかよ」


 オデットが照れくさそうに言葉尻をすぼめると、ケイスは快く口角を上げた。


「わかった」


 蘇生鏡は下部に花弁らしき装飾が施された直径5メートルの銀色の輪っかであり、何もない海上に屹立している。輪に囲われた面には水が張っていて、魔法の力で空中に保持されている。


「ん」

「あいよ」


 蘇生鏡へと近づくため、オデットがケイスの足元に触れ、水面歩行魔法をかける。

 魔法が苦手なケイスに対し、オデットは昔から地味な魔法を覚えるのが得意だった。


 ケイスは一歩ずつ波紋を広げながら、小さく波打つ海面に足を乗せていく。

 摩擦が少なく、常に揺れ動く海面を歩く際にはバランス感覚が必要とされるが、そこはケイスの得意分野だ。


 やがて蘇生鏡の前に立ったケイスは、水鏡たる蘇生鏡に手を伸ばす。

 思い浮かべるのは、死んだばかりの竜のジョルテ。


 指先が水面と接着する――その寸前、先んじるようにして水面の向こうからが出てきた。


「……へ?」


 見知らぬ手がケイスの手首を掴んだ直後、


「ヒハッハッハッハ……」


 気味の悪い声を響かせて水面から顔が現れ、ケイスの手首を握り潰した。


「ンー、ご機嫌よう、オデット」


 魔王軍四天王ジグロム、彼とその軍が到着した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る