第12話 月暈のジアメンス ③


 砕け散る――。


 土砂が弾け、山の斜面を転がる。ほとんどが伐採されたこの斜面は樹木がまばらで視界は良好。


 まさに戦闘にはもってこいの場所だ。


「……ッ!」


 土埃の中からアネスが飛び出した。

 魔族を仕留め損なったアネスは撤退戦の最中。山を下ってペルフェリアの拠点に戻っていた。


(『光線の騎士』の残りは約5分……手札の中では一番の火力だ。あとの手札は扱える自信がない……ここで倒す!)


 斜面のせいで重力に引っ張られるような走り方になるのを制御しつつ、アネスは振り向く。


 全力投球。数十発の光線を平行に放った。

 高温、高速、太さも十分。当たらない道理はない。


 2人目が土埃を抜ける。追いかけてきたのはジアメンスだ。

 直後、光線が円柱形であるために生じる隙間にジアメンスはスルリと飛び込み、当然のごとく突破した。


「なっ……!」


 アネスは目を疑った。続けて光線を放つ。今度は少しタイミングをズラしながらクロスさせた。


 それも二度のステップと一度の身を翻す行動だけで回避される。

 ジアメンスの異常な精度の身のこなし、判断力、脚力。どれをとっても老体とは思えない。


 一方のジアメンスもここで気づく。


(この隙間の粗さ、此方こちらの挙動を無視した乱発……彼はカミロではない。ならば何者だ……?)


 光線の騎士カミロではない誰か。ジアメンスには心当たりがなかった。

 それもそのはず。模倣の騎士アネスは新人。まだ任命式も行われておらず、人類側にすらあまり知られていない。


(名をく前に、お手並み拝見……)


 ジアメンスが左右に手を伸ばし、魔力を形に変える。これが彼の得意技。

 手のひらから白い光輪が巨大化し、2つの丸い刃となって斜面を走る。


 地面を削って樹木を断ち、アネスに迫る光輪。


「!」


 アネスは岩を蹴って跳躍し、光輪の穴をくぐる。

 そして着地した先に来た光輪を間一髪でかわす。いや、訂正しよう。


「…………」


 アネスの右腕は切れた。

 手首の先がキレイに分断された。


 ドバドバと流れる血からアネスの目が離れない。人生で初めての大怪我に彼の脳は追いつけなかった。


「……っ!」


 アネスは縦の格子状に光線を撃ち、牢屋のような仕切りを作った。

 ジアメンスがそれに突っ込むとは思えない、その場しのぎの壁だったが、やはりジアメンスは見逃さなかった。


「クァッ!」


 縦格子のわずかな隙間から、13発の光輪が飛び出した。


 アネスは避けられない。圧倒的物量と右腕の痛みによって。


 勝負は決着。アネスの眼前で光輪は停止し、ジアメンスがアネスの首を掴んでいた。


 アネスは付け焼き刃での戦い方を間違った。

 光輪は光線とは性質が異なり、高速回転する金属に近い。そのため横からの衝撃には弱く、やろうと思えば鉄さえ溶かせる光線とは相性が悪い。

 ジアメンスに勝てる見込みはあったはずだ。とはいえジアメンスもそれは把握しているので、更なる攻防が必要だが。


(この徽章きしょうは間違いなく円卓の証……また新たな円卓騎士が増えたということか)


 ジアメンスはアネスの胸元についたバッジを見て、大体のことを察した。


「……あなたのお名前は?」

「それは、という意味で?」

「お任せします」


 この世界において、フルネームを教えることには特別な意味がある。


 アネスは腹をくくった。実地訓練と称してこの地へ派遣された時にはなかったものを、流血という非日常から汲み上げた。


「私はアネス・リヒ――」

「お待ちください!」


 良いタイミングで横入りしてきた第三者の凛々しい声。山の斜面の隣のほう、崖の上に人間がいた。

 アネスは命拾いと邪魔が並行してきて複雑な気持ちになる。


「ジアメンス殿とお見受けします」


 ローブを着た褐色肌の男が馬に乗っている。

 ジアメンスはアネスの首を掴んだまま、褐色の男に顔を向けた。


「……そちらは?」

「私は第一魔術団所属、ナザック。この場は退いてもらいたい」

「脅迫ということでしょうか」

「いや、これは交渉だ。早速ぶしつけだが、ジアメンス殿がペルフェリアに来た目的をお教え願いたい」


 ナザックは軍人気質の真面目な男で、トリッキーな印象はない。信用には値するだろうか。

 それでもジアメンスは怪しみつつ、低刺激かつ大雑把な答えを選ぶ。


「ペルフェリアの戦いの調査です。元より戦闘目的ではありません」


 ジアメンスに戦闘の意思はなかった。ゼナーユを四天王にするための虐殺は戦闘には入らないので。


「それは丁度よかった。交渉の席を設けましょう」

「………………丁度、というのは?」


 ジアメンスは静かに聞いた。

 返される答えがこの後の惨事に繋がるとも知らず。


「我々は! 魔王ワルフラ殿がハマーロを殺した犯人であるを持っている! これが我々の差し出す交渉材料!」


 それは結論だけで効力を持つ最強の武器。


 ナザックには大きな自信があった。魔族といえば下克上バンザイ、実力主義の野蛮な知的生命。魔王を引きずり下ろす手段に食いつかないわけがない。


「そして我々の要求は『模倣の騎士アネス』の身柄とペルフェリアからの魔王軍の完全撤退!!」


 この要求は安すぎたが、それもまた狙いである。

 新人の円卓騎士の命と、ペルフェリアに残ったカスみたいな魔王軍兵士の撤退。魔王軍側のデメリットはほぼ皆無。ジアメンスはさぞ受け入れやすいだろう。


「…………」


 その安さに加え、ジアメンスは娘のことを思い浮かべた。幼い頃にフェンリルの首を絞めた思い出、共に人間の串焼きに挑戦してみた思い出。

 100年を超える歴史がある。それらを前にすると自然に口角が上がり、手のひらが前に出る。

 そこに融和の心は……


「まさか」


 あるはずもない。


 ジアメンスは手から光輪を射出し、ナザックを正中線に沿って真っ二つにした。


「ぁへッ…………?」


 ナザックはパックリと、馬と一緒に左右に倒れた。


「ここで魔王様からの御言葉を一つ。『交渉を穏便に済ませる最良の方法は、半殺しにすることだ』」


 これが半殺し。半分にして殺すこと。


 ナザックの後方で待機していた人間軍の兵士たちが姿を見せ、ジアメンスを大きく包囲した。

 第一魔術団の精鋭、騎兵、弓兵、全てが揃った大包囲網だ。この数、この質にジアメンスは勝てない。


 そう、彼だけなら。


「先生ー! こっち~!」


 どこかから聞こえたゼナーユの声が轟音に巻き込まれる。地震、暗雲、夕日、全てが動き始めた。


 斜面の頂上が張り裂け、大地の芯のような何かが顔を出した。

 土が流れ落ち、根がひっくり返る。人間の兵士たちは空を見上げ、あまりのスケールの違いに身動きがとれなくなった。


 絶え間なく大きく、際限なく重い、真黒の怪獣が山を覆う。

 これが城塞都市の人間一万人以上を使うことで完成したゼナーユの生成生物『アサイラサイラ』。ちなみにメスである。

 尖った鼻と赤く輝く丸い目。頭から尻尾まで鱗がびっしりで、足先には鉤爪がある。全体的な風貌はワイバーンやサメを思わせるが、足は左右あわせて12本生えており、表皮にはトゲが無数についている。


「おお、ゼナーユ殿。素晴らしい出来ですね」

「でしょ~? しかもしかも……」


 ゼナーユはアサイラサイラの背に乗っている。


「じゃじゃーん! スペシャルゲストでーす!」


 ゼナーユが手で示した隣にはなんと、ワルフラが立っていた。

 魔族のトップ自らが戦場に降り立ったのだ。


「魔王様! グランノットから帰ってこられたのですね!」

「うむ。娘の晴れ舞台だ、急がぬ理由はあるまい」

「さすがでございます……!」


 ジアメンスはしみじみとお辞儀をした。

 対するワルフラのテンションは波打っている。


(コイツ……本当に我輩のこと信じてるのか……?)


 なぜなら普通に不安だったから。


 魔王ワルフラの『仲間殺し』が知られている。


 理由が解明されていなくても、その事実が知られていることが既に大問題なのだ。

 『魔王ワルフラは勝てる戦いにおいて自軍の司令官を殺し、自軍を敗北に導いた』。この事実が魔族側に知られてしまえば、魔族たちがどう暴れるかは想像もつかない。人間軍側もこの事実を丁寧に扱わなければならない。


 だからまず、騎士王イエルカに伝えられる。

 それが然るべき対応であって……まあなんとも、悲しき事であった。


 イエルカはワルフラと繋がっている。

 つまり、ワルフラは知られた事を知れる。

 そして、イエルカはワルフラに手を貸す。


(まあはしてたワケだし、イエルカも手伝ってくれるし、それでなんとかなるか)


 さらばペルフェリア。ご臨終である。


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