第8話 光線の騎士
人間領にある二階建ての屋敷の、ほどよい日差しが入る一室にカミロと一人の女性がいた。
「母さん、しばらく家を空けるけど、ミアといつもの人が世話してくれるから。そうだ、これ、ここに置いとくよ」
カミロはベッドの上の母親に声をかけた。八芒星のアミュレットを幼い頃の家族写真の前に置き、カミロは母親の顔を見つめる。
喋ることも動くこともできない母親からの反応はなかったが、カミロにとっては生きていることが大切だった。
ガチャリ――カミロの妹、ミアが扉を開ける。
「兄貴、そろそろ時間だぞ」
「……わかってる。てゆーかノックをしろ」
カミロはぶっきらぼうな態度で答えた。
ともに廊下を歩いていても特に楽しい会話はない。
「…………」
「…………」
この兄妹は仲が良い。ただ、一度トラブルで家族が離散したときから、少しぎこちないままの関係が続いている。
「な、なあ、グランノットってさ、魔王領に近いんだろ?」
ミアがおずおずと聞いた。
「それがどうした」
「……最前線には四天王がいるって言うじゃん」
「だから危ないってことか?」
「うん……」
「…………どうせ戦いは起こらん」
「……本当に?」
こういう会話は初めてではない。今まで何度もミアは不安を口にしてきた。その度にカミロはため息をつき、適当にあしらってきた。
大丈夫だ、生きて帰る。その言葉が言えなくなったのは若い頃だった。
家族や仲間からの思いがなければ不安なのはカミロのほうだ。しかし彼は不器用だった。
カミロは立ち止まり、ミアの背中を強めに叩く。
「いてっ!」
押し出されたミアは背中をさする。
ミアが振り返ると、真剣なのか無愛想なのかわからない
「胸張って待ってろ」
カミロのひねくれた言い方にミアはむすっとする。
「……はぁ? 何だよそれ……」
実際、どこかのバカが大陸一つ消し飛ばしたせいでここ半年間、大きな戦いは起こっていない。グランノットでの任務も特務部隊が仕事を終わらせるまで見張っているだけのものだ。
「……あのさ」
ミアがうつむきながら言う。
「今回の任務が終わったらさ、母さんと、私と、兄貴の3人で、ゆっくり飯食おうぜ。昔みたいにさ」
素直で可愛げのある妹を久しぶりに見たカミロは微笑みを隠すように先を歩く。
「…………好きにしろ」
グランノットは人間領と魔王領の境界の中で最も突出した部分。魔王軍に狙われやすいが、ある事情によって人間軍が見捨てることはない。
そんなグランノットを敵へ渡さないためにカミロは派遣された。円卓騎士随一の汎用的火力を持つ彼でなければグランノットは奪われていた。
何よりカミロは『戦争嫌い』だった。そのため彼の戦闘スタイルは味方の保護に傾倒しており、グランノットの『土地を占領し続ける』という任務内容に適していたのだ。
しかし、想定する相手は最高でも魔王軍四天王。
表立って戦うことの少ない魔王が勝負を挑んできた場合、カミロは撤退しか考えていなかった。
それが残酷な結果を招くなど知らずに。
「……………………」
イエルカは息のないカミロを見下ろす。
カミロは右前腕と下半身が斜めにえぐり取られていた。まるで一撃で終わったかのような負傷だ。
周囲の被害もなく、カミロの死体は木の下にあった。魔王ワルフラが上手くやったのだ。
全て丸く収まり、イエルカは安堵していた。
衣服と板金鎧は魔法で予備のものを取り寄せて装着したし、もちろん剣も、新品同様のものがイエルカの手にある。
イエルカはなめらかな動作で剣を構えた。念のために首を落としておこうかと、
「!」
馬の足音が聞こえた。
イエルカはすぐさま剣を納め、悲劇の顔になる。
「イエルカ様!」
騎士王親衛隊を率いて現れたのは、髭を整えた熟練の騎士、デルロット。
デルロットは死体に気づくと言葉を失った。
「!……」
「ドラガは私が滅したが……カミロはもう……」
イエルカは拳を握りしめる。
「…………戦況は……どうなった?」
ほぼ察していることを聞く。
死体の手前、言いにくいことではあるが。
「……勝利、かと」
雲の奥で月が輝く。イエルカがドラガを倒し、後方にいた魔王軍を全滅させた時、空は暗くなっていた。
夜風が血の匂いを運ぶ22時頃、戦場は屍たちとともに眠りにつく。
グランノットの戦いは終結した。
結果は人間軍の勝利。魔王軍は9割が死亡もしくは降伏し、それに対して、人間軍も3割が死亡という大損害を受けた。だいたいはドラガのもたらした被害だが、魔王軍側もカミロとイエルカの手によって多くが葬られた。
兵士たちが祝杯をあげる裏で、イエルカは士官たちを集めた会議を行っていた。
「グランノットは我々が手にした。一方で第一軍団は半壊、カミロも失ってしまった。勝利の功績は称えるべきだが……正直に言って、今はそれどころではない」
イエルカは深刻な面持ちで腕を組む。
「明らかに魔族の勢いが激しい。ドラガの乱入もそうだが、今後はもっと苛烈になっていくだろう」
激動は人間軍も同じだが、それは黙っておく。
「だからこそ、我々は目的地に急がねばならない。明日にはグランノットを抜け、特務部隊、並びに円卓騎士オデット、ケイスの両名と合流する」
深刻さが一転、イエルカは熱意の眼差しをしていた。
「これは戦力の確保であり、戦争終結の鍵を取りに行く重要作戦でもある。彼らが任務を完遂させていることを祈ろう」
とてつもない重要性が次の目的地にある。
今度の円卓騎士も一筋縄では行かないだろう。
『透明の騎士』――オデット。
『竜神の騎士』――ケイス。
知略に長けたオデットと殲滅力最強のケイス。
この2人をどう始末するか決める前に、真面目な話はこの程度でいいだろうと、イエルカは組んでいた腕を解いた。
「酒を持ってこい。今夜は祝勝会だ」
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