閑話日和


【人類】



 グランノットに向かう道中、イエルカ率いる人間軍は休憩をとっていた。

 霊廟教会が近くにある古い要塞に陣取り、兵士たちは午後の行軍に備えて腹を満たす。


 イエルカはとある事情で食事をとる必要はないのだが、食べたほうがエネルギー効率は良いので軽食と茶を用意していた。


(この調子なら明後日の夜を待たずに到着か……ん)


 イエルカはテーブルの上に青い甲虫オサムシがいるのを見て、腰に据えたナイフにこっそり手を伸ばす。

 斬られる運命など知らない甲虫がイエルカへ歩み寄った時、サモナが手で誘導して追い払った。


 イエルカは手をテーブルの上に戻し、何食わぬ顔でティーカップを持つ。


「サモナ、君は虫が苦手じゃなかったか?」

「はい。でも……エサノア様ならこうするかなと」


 サモナはしおらしい顔になっていた。

 対するイエルカはそんな場合ではない。不意に出てきた死者の名に動きが止まり、念のためにと聞いてみる。


「……な、なぜエサノアが?」

「あ、いえ、なんとなくです。最近話せていないなーって」

「……そうか」


 イエルカは口振りから単なる偶然だと判断した。


「意外だな。親交があったのか」

「じ、実は……」


 サモナは照れ臭そうに笑う。


「何人かでイエルカ様について語る会を開催していまして、そこで意気投合しました」

「なる……ほど」

「お互いの境遇も似ていたので……」

「野良犬に噛まれて死にかけたのか?」

「多分それじゃないです」


 サモナはかすかな決意を持ちながら目をそらす。


「私には、家族がいません……赤子の頃に死んだと聞いています」


 戦争孤児はこの時代ではさして珍しいものではないが、本人にとっては重荷である。だから今まで打ち明ける事はなかった。

 しかし最近の友人エサノアの失踪を受けてサモナは不安になり、この人に打ち明けたい、そう思ったのだ。


「そうか…………」


 今だって、イエルカがどう反応するか不安で仕方がない。


「私はサモナのことを家族だと思っていたが、君が言うなら間違いなのだろう」


 意地悪っぽく放たれた言葉にサモナは眉を八の字にして嬉しがった。


「そっ、そんなぁ~……!」

「訂正するのは君だ」


 イエルカはティーカップを傾けた。


「……では、あの…………私はイエルカ様の妹でしょうか? それとも娘?」

「……………………知らん」


 グランノットまであと少し。


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