第5話 グランノットの戦い ①


 苔と雑草が生い茂り、一本ずつ挿したような針葉樹が並び立つ。平らな土地ではあるが深い森林のために進軍は難しく、霧が出ていて視界も悪い。


 ただ、日暮れのグランノットは静かだった。

 今日この時までは。


「全員注目ー!!!」


 荒々しい大声が森の奥まで響く。


「俺たちが戦闘休止状態に入ってから約3ヶ月が経過したわけだが、こないだ四天王が一人死んで何かと魔族どもがうるさくなってる」


 マントをなびかせる男が一人。鎧の上からでもわかる体格の良さと、引き締まった雄々しい顔。


 彼は『円卓騎士カミロ』。

 10代の頃から活躍を続け、現在はグランノットで指揮官を務めている。


 カミロの周囲には五千に満たない兵士たちが壁のように整列している。だが、ほとんどの目にはほころびがあった。


「おい」

「はっ」 


 側にいた部下がガマガエル似の人型の魔族を兵士たちの前に突き出した。


「こーゆー闇討ち狙いも多い。とはいっても全員、自分の弱さを知らないザコだ」


 カミロは剣を抜き、それを地面に投げる。


「武器を取れ。俺に一撃当てられたら生かしてやる」


 これは単なるショー。膠着状態の長期化による士気の低下を少しでも抑えるための彼なりの策であった。


 逃げようとした魔族の後ろでが灯る。

 いくつもの白い光の線が縦に伸びていた。


 ビーム――表現としてはそれが正しいが、いかんせんこの世界に同じものは存在しない。そのためにこの光線は未知の現象、神の力の借り物として扱われている。そして、この光線は高熱を伴う……。


「あぎぃっ!……」


 光線に触れた魔族の指が溶け、痛みと恐怖に歪んだ顔が照らし出された。


 全てを諦めた魔族は剣を握って突撃する。


「ぐっ……おおおおおおぉぉぉおーーーっ!!!」


 勝てるわけもなく、ショーの餌食になる運命。


 誰もがそう思った瞬間、木々の合間を縫うような疾風が吹く。


「!」


 一人の騎士がどこからともなく割って入り、ロングソードで魔族の剣を受け止めた。


「一つ、捕虜で遊ぶな。二つ、余計な光を出すな」


 騎士が人差し指を動かすと、地中からツタが生えてきて魔族を地面に縛りつけた。

 魔法というやつだ。同時に土埃が晴れ、気品ある姿が光の柱に照らされる。


「三つ、私が来ることを伝えておけ」


 騎士王イエルカがそこにいた。


 見間違えられない姿を見て、騎士王の合流を知らなかった兵士たちは一斉に動揺した。

 戦闘から離れていた彼らにとって、騎士王はいるだけで士気を上げる神のような存在。畏敬の念を抱きながら騎士王の言葉を待つのみである。


「カミロ、暇そうな君に忠告したぞ。元気なのは何よりだが、騎士としては不十分だ」


 イエルカはロングソードを背中に納めた。


「これはこれは、偉大なる騎士王陛下。森で迷子ですかな? 帰り道はあちらですよ」


 横柄にもカミロは鼻で笑う。


 こうなったらもう止まらない。イエルカも反撃を始め、表情を巧みに駆使してカミロと言い争う。


「人魔会談が終わり、ペルフェリアも落ち着いた。だから来たのだと……そうか、説明せねばわからぬ男だったな、すまない」

「……会談で手にした成果が円卓騎士の死体だけだった陛下に何が出来るか、俺にはわかりませんね。説教しに来たわけじゃないんでしょう」

「君が無様に死んで晒し首にされる未来を変えに来たのだよ。我が親衛隊七千名と第三魔術団がいれば、このほこりまみれの戦場もキレイになるさ」

「そんな数だけのハリボテが無くても元からグランノットはキレイですよ。血が流れてねーんだ。膠着こうちゃくが続くならそれに越したことはない」


 カミロは懐柔できる性格ではない。変に譲ったりしずめたりすることに意味はない。

 的確に弱い点を突く。そうすると上手く扱えることをイエルカは知っていた。


「……カミロ、なぜ君にグランノットを任せたか、これも説明が必要か?」

「………………」


 カミロは口をつぐんで眉をつり上げた。


「残り1割の人類がこの世界を救うのだ。悠長にしていては全てが枯れる」


 イエルカはカミロの横を通り過ぎる。


「さあ、作戦会議だ。今週中には仕掛けるぞ。私はそれほど滞在できんからな」


 グランノットにある空き家に士官を集め、敵味方の戦力、戦闘の進め方を共有する。

 イエルカたちが援軍に来たことで魔王軍との戦力差は拡大した。もはや圧勝は確約されたも同然。


 さてもさても、イエルカにはもう一つ、果たさなければならない目的がある。


(今回のり方は……一択だな)


 初回ウーテスで学んでいたことだった。

 最も疑われず、最も事後処理が簡単な殺害方法とは、それすなわち……


(敵と味方をぶつけて殺す!)


 自らの手の汚れを最小限にするにはそれがベスト。

 敵を犯人として掲げれば、立派な戦死の完成だ。


(カミロを敵将と戦わせる……それでカミロが負ければ大成功、カミロが勝っても私が殺して成功。勝率の高い戦いだ。いや、敵将によるか。できれば四天王クラスと戦わせたいところだが……)


 カミロが死にやすいという意味でも、カミロの死が疑われにくいという意味でも、敵将は強いほうが良い。


(こればかりは運だな……)




 2日後の13時、魔術団が集団砲撃を開始。

 これを開戦の合図とし、グランノットでの戦いが始まった。


 魔王軍も騎士王の援軍という急展開に備えてはいたが、それでも人間軍が圧倒的な優勢を維持していた。


 地理的にグランノットには主な戦場が2つある。

 それを踏まえて、元からグランノットにいた兵士とイエルカの連れてきた第三魔術団を第一軍団と第二軍団に分け、カミロは第二軍団の指揮官に配置した。イエルカ自身は後方の予備軍団として親衛隊を従え、不足の事態に備えて待機する。

 人数は第一軍団に偏っており、その数は第二軍団の約4倍。これはカミロ一人でその差を補えるためだ。つまり、カミロの能力が戦場を掌握すればイエルカが出ずとも勝てる算段だ。


 円卓騎士という個の力。この世界においてはそういう突出した個人の使い方で勝敗が決する。


 それはもちろん、相手側も同じである。


「ドラガです! 『四天王ドラガ』と思われる魔族が右翼の第一軍団と交戦中! 第二軍団のカミロ様が単独で向かっておりますが被害は甚大!!」


 走ってきた兵士が報告を終えた時、イエルカは地面を向いていた。


「っしゃあっ!!」

「え!? イエルカ様……!?」

「気のせいだ! 私も向かう! 第一にいる魔法使いは防御戦! 残りは後退! 第二にも伝えておけ!」


 偵察では一切捉えられなかった四天王の登場。これは完全に予想外で、期待通りだった。


「私は一人で向かう! 親衛隊は第二に合流! 今より親衛隊の指揮官をデルロット中将に移す! 近衛の力を忘れるな!」


 瞬時の命令でカミロの穴を埋めた後、イエルカはさっそうと騎馬隊の前を駆け抜ける。


 誰に向けたのか、イエルカは他人に見せられない邪悪な笑顔をしていた。


「待っていろ!! 私が着くまでなァ!!!」


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