第6話 グランノットの戦い ②


 グランノット東部は焼け焦げていた。


 到底、進軍などできそうにない森林を魔王軍四天王のドラガが抜けてきたのだ。軍団を引き連れて。

 そのまま戦場である緑の大地に乱入し、人間軍の第一軍団と交戦。魔王軍兵士は後衛に徹するだけで、全てはドラガの独壇場だ。


「防護壁! 急げ!」


 人間軍魔術団の魔法使いたちが連なって半透明の壁を形成した。

 それはドーム状の大きな壁を展開する魔法。集団でなければ使えず、あらゆる衝撃に耐えうる高等技術である。


「どこだ……!?」


 魔法使いたちは汗を滴らせ、攻撃を待った。

 ドラガという脅威は受けることしかできない。


 それぞれが防護壁を見上げる。

 どこに現れるのか。誰もが魔法杖を握る力を強め、次の防御方法を考えていた。


 防護壁を展開して数秒後。短いようでいて長い時間が経ち、副団長の男が気づく。


「おい! 防護壁崩れてるぞ! 何やってんの!」


 防護壁上部に小さな穴が空いていた。

 熱さで誰かの気が緩んだのだ。


 ハッとした一人の若い魔法使いが顔を上げる。

 摂氏45度の防護壁内は頭がうまく回らない。


「あっ、補填しま…………す…………」


 目の前にいる怪物と目があった。


 これが四天王なのだと、絶望なのだと。

 熱い皮膚と凍りついた体の芯が、彼らの死を予感させた。


 そして……


「全員退避!!!」


 カミロが森を抜けてきた。


 縦に並ぶ木々と垂直に交わるように、無数の光線が空間を走る。


 カミロの称号は『光線の騎士』。

 高熱を帯びた光線を自由な場所に、自由な大きさで放つことができる。形状は直線かつ円柱に限るが、それでも規格外の量と質を両立させた能力である。


「!」


 怪物が斜め後ろに跳び、光線を避けた。


「クソっ!」


 広がる戦場を見て、カミロは歯を食い縛った。


 防護壁がかつてあった場所には焼死体であろう骨と灰が転がっている。魔術団はほぼ壊滅、カミロは間に合わなかった。

 その悔しさを筋力に変換し、カミロは戦場に一人で立っていた異質な魔族を睨みつけた。


「お前が……ドラガか!」


 初めて相対する魔王軍四天王。


「オメーにゃ俺ぁ殺せねぇ」


 ドラガはすさまじく不気味で、戦慄を煽る外見をしていた。

 人間のような四肢や指があるが、そのほとんどは不正確に編み込まれた筋繊維がむき出しとなっており、頭部と脚部にのみ白く滑らかな皮膚がある。特に頭部は特殊で、白いケープのような皮膚を被っており、腰のほうにまで伸びている。皮膚の裏地は赤く、裾にあたる部分には8つの触手が付いている

 体長は約2.3メートル。胸部に口唇があり、顔面に相当する部分はない。


 これこそが魔族。人に似ているようで似ていない。人類に恐怖を抱かせるために生まれたような肉体と精神。


「はっ、所詮は魔族だな。この俺の前に姿をさらけ出すってことがどういう事か! 教えてやる!」


 カミロの一声で、極太の光線がドラガを襲う。


「シャァッ!」


 しかし光線を全身に浴びたドラガは、あろうことか前進を開始した。


(すり抜けた……熱に耐性があるのか……!?)


 カミロはすぐさま剣を構えた。

 熱に強い体質。魔族ならばありえる話だ。


 まだ焦る段階ではない。

 出力を上げた光線を放ち、重ね、削っていく。


 それで勝てない相手は今までいなかった。幾多の戦場を勝ち抜いてきた。

 しかしドラガは、明らかに話が違った。


「『光線の騎士』か……そのまんまだなァ、テメーはよォ!」


 撃てども撃てども光線は散っていく。

 光線が霧のように変質する様子を観察して、カミロはある答えにたどり着いた。


(まさかコイツ……光線の温度を下げている! 体に触れた一瞬で冷気を……いや、熱を操れるのか!)


 霧散して無効化される光線、焼け焦げた戦場。これらから導かれる答えがドラガの能力。


 人間軍がつけた通称は『地獄のドラガ』。戦闘後に焦土と凍土を残すことから名付けられた、なんとも安直かつ明確な名である。


「冷ませばそれまで! 芸がねぇんじゃねぇか!」

「くっ……!」


 高熱は無効化され、衝撃も通用しない。


 今度は光線が縦に出現して壁となり、円筒の中にドラガを閉じ込めた。


「オイオイ……マブいじゃねーか」


 ドラガはまさに井戸の底。周囲の確認ができない、わけがなかった。


「なァ!? カミロちゃんよォ!」


 ドラガは光線の向こうに腕を伸ばし、正確にカミロの首を掴む。


「ぐあっ……!!」

「魔族と人間の目ん玉がおんなじなわけねぇだろ! テメーらにゃ見えねーもんも見てんだよ俺ァよ!」


 赤外線や紫外線をとらえる生物がいるように、ドラガが識別できる光の波長の範囲は人間を上回る。


 首が潰される前にと、カミロは剣を振るう。

 カミロの剣『アミロリック』に刃はない。なぜならば、刃はカミロ自身が作り出すからだ。


「ウラァッ!」


 カミロは細い光線を刃として、ドラガの右腕を切断した。

 ライトセーバーと言うと未来に行ってしまうため、光線剣といったところだろう。


「チッ……」


 右腕が宙を舞う最中、ドラガは左拳を繰り出した。


 腹にめり込んだ拳はカミロの体を潰し、大きく吹っ飛ばした。

 さらにドラガは炎熱を後方に放つことで爆発的な推進力を発揮し、吹っ飛んでいるカミロに追いつく。


 ドラガに気づいたカミロは、吹っ飛んだ速度のまま二本足でバランスを取り、後ろに勢いを保ちながら光線剣で斬りつけた。

 直後、光線剣は温度低下で無効化され、同時に並行させていた光線の束も無効化された。


 打つ手がなくなったカミロはドラガの接近と自由を許し、異常な高温と低温を1秒足らずで受けた。

 にもかかわらず効果はなく、カミロは人の形を保っていた。普通であれば気化するか凍死するかだ。


(やっぱ鎧があると通じねぇか……)


 ドラガとカミロ以外の自然環境は被害を食らっている。

 さすがにお互い、普通の装備で挑んでくる者ではなかった。


「うざってぇな!」


 ドラガはカミロの髪を掴んで思いっきり投げる。


 行き先は川。緑の大地と森林に挟まれている。

 激しい水飛沫とともに入水し、カミロは水の存在に気づいた。


(川……!? まずい!)


 生ぬるい川の中でカミロは焦り、もがくように岸へ向かう。


「ぷはっ!」


 川から森のほうへ上がって息を再開した。

 カミロの後ろには今しがたてついた川がある。少しでも遅れていたら氷漬けになっていた。


 どちらにせよ痛い目にあうのは確定したが。


 顔面狙い、ドラガの拳が迫る。


 圧倒的フィジカルと推進力、そしてカミロのしぶとさへの怒りから生み出される渾身の一撃。当たれば今回はタダじゃ済まない。

 この対戦カードは相性が悪すぎた。風と塵が戦うようなもので、カミロ側に防ぐすべはない。


「ふざけやがって……ッ!!」


 敗北という二文字がカミロの脳裏をよぎる。

 認めたくない苦しみがすぐそこにある。

 一人では勝てない。せめてあと一人。あの人がいてくれれば、と。


 瞬間、森がざわめく。

 影に潜み、風に乗る。


 ナイフのような眼光をたぎらせて、絶体絶命のカミロのもとへ、さらなる殺意がやって来た。


 は背後からカミロの肩を強く掴み、ロングソードを振り上げる。


 ガンッ!――


 イエルカはカミロを後ろへ引き寄せ、ドラガの一撃を防いでいた。


「下がれ、私が引き受ける!!」


 威風堂々と背中を見せつける。ここからは騎士王イエルカのターンだ。


 いざ選手交代。

 カミロを殺す? 何の事やら。


「騎士王か……いいねぇ」


 ドラガの血潮が騒ぐ。過去最大の敵の登場によってカミロは眼中から追い出された。


 その一方で、森の奥へ、カミロは足を回して走り続けた。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!!」


 敗走と呼びたくない意思に悩みながら必死に走った。

 とりあえず休憩して、イエルカに加勢するか別の魔族どもと戦おうかと、おぼろげに考える。


「はぁ……はぁ…………ぁ……?」


 突如として影が濃くなり揺らめき出す。

 背後で何かが光っている。


 ドラガの攻撃の余波かと思って振り返ったカミロの目に飛び込んできたのは、紫色の炎の壁だった。


「……何だこれは…………壁……!?」


 熱くはないが燃えている。

 まるでそれは何かを分断するように広がっており、右と左、見渡す限り続いている。


「いかにも、背後は壁だ」


 何者かの、内臓を握り潰すような声だった。

 ドラガでもイエルカでもない。


 カミロの体は固まり、呼吸すらも忘れてしまう。

 正体を確かめなければと、カミロはゆっくりゆっくり振り返る。


「貴様の前には誰がいる?」


 魔王、その名をワルフラ。

 絶望の体現者が立っていた。


 そう、彼ら――騎士王と魔王は『交替』していた。


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