第4話 城内報告


【魔族】



 魔族は警戒心が強い。極度の実力主義であるため、常に背後に気を張りながら生きている。

 四天王となればその警戒心は壁に目があるのと同義。


(つまり軽率な不意打ちは不可能。段階を踏まなければならぬ。まずは優先順位の低い者からだ……)


 魔王ワルフラは現状での最大値を探っていた。

 最終目標は四天王の殺害として、それ以外にもターゲットはいる。


 しかしワルフラはあまり前線で躍動するタイプではないため、結局は難しいのだ。

 この低温高湿すぎて鍾乳洞より雰囲気のある魔王城からどう手を下すべきか。


「ルルテミアの死によって出来た四天王の空席……今、兵士たちは武功を上げ、新たな四天王になろうと奮起しています。この高まった士気を利用しない手はありません」


 戦略会議室で魔王と同じく机を囲みながらも、腰の低さと恐ろしさを持つ魔族の古老がいた。


 『ジアメンス』――魔王の側近であり魔王軍最古参の軍人。

 灰色の乾いた肌から生えた三本の細腕。左に一本、右に二本。石像のような形相と死にかけの白髪には恐ろしさが、古びた杖と質素なローブからは腰の低さが。


「ジアメンス、貴様は本当にこの機会に興味はないのだな?」

「私は魔王様の側で命を尽くす所存。今さら四天王の座に目は動きません」

「……フム」


 ワルフラは机に置かれた地図に目をやる。


「ペルフェリア戦線の司令官は貴様の娘だったな」


 魔王領南西部のペルフェリアにはジアメンスの娘がいた。


「左様でございます。我が娘、ハマーロは最も四天王に近い逸材……きっと魔王様のご期待に答えることでしょう」

「フッ、娘は四天王に興味アリか。ならばこうしよう」


 ワルフラの指先がくうをなぞる。

 すると青白い霧のような物体が現れ、収束し、短い文章になってから完全な球となった。


「公布せよ、『満月の夜までに大勝を収めた者を新たな魔王軍四天王とする』……とな」


 青白い魔法球をジアメンスに渡したワルフラは、次いで手のひらに魔力を集める。


「そして……」


 その魔力から生み出されたのは純白の内部に朱色の炎がこもった結晶。

 神秘的な置物のように見えるそれを受け取ったジアメンスは目を丸くした。


「これは……?」

「特殊な魔法を込めた結晶だ。ペルフェリア戦線には人間軍に第一魔術団がいる。あやつらはウジのようにしつこい。ハマーロに渡せ」


 ワルフラはわずかに口角を上げる。


「要は、お膳立てというやつだ」


 それはハマーロを四天王にするという事実上の宣言だった。


「何という幸せ……ハマーロも喜びます……!」


 魔王自ら勝利を手助けしてやろうという計らいにジアメンスは声を震わせた。


 魔族の頂点に認められたという至上の幸福。それがあるからこそ目的は影に隠れる。


 先代魔王の時代から仕えるジアメンスにはワルフラも絶対的な信頼を置いている。

 だがワルフラからすれば密約の前ではそんな信頼も歴史も安物だった。


 世界のために。理由はそれだけ。


(覚悟せよ……!)




 *




【人類】



 イエルカはこの頃、調子に乗りすぎた事をつくづく後悔し、毎晩ベッドの上で反省を繰り返していた。


(節操なく始末するとツケが大きくなるな……斬新な解決策に浮かれていたが、これからは慎重に動かねば……)


 一人殺せば睡眠時間が30分減る。もちろん罪悪感ではなく事後処理の厄介さによって。


 円卓騎士ウーテスの死亡による影響はそこそこであった。若き騎士としてもてはやされていた彼が四天王と相討ちになり、英雄として弔われる。


 そこまでは良かった。真の問題はその後。

 戦争という観点から見て、円卓騎士の戦力は最低でも一般兵五千人分。上位ともなればそれはまさに人類を背負う存在であり、戦力的に最重要であることは言うまでもない。




 会談から4日後の昼。

 人間領西部の都市に構えられた城、その中の執務室に2人の女性がいた。


 騎士王の側近『サモナ』はイエルカの横に立っている。


「ペルフェリアに合流予定だったウーテス様が死亡し、戦況が更に悪化しています。総死者数は一万に上り、早急な穴埋めが必要です」


 サモナはイエルカを真似したストレートの長髪の女性で、顔立ちや声のトーンはとても優しい。背格好は平凡で、服装も肌を見せない白と紺のフォーマルなものだ。


 彼女の視線の先には常にイエルカがおり、紙一枚をめくる姿でさえ憧れるほどだった。


「円卓騎士は5人全員が動けないか。新人の男もまだ力に慣れぬようだしな……」

「キヴェール様の謹慎を解くというのは」

「却下だ。ペルフェリアを更地にされたらたまらん」


 イエルカがここまで悩んでも解決しないことは珍しく、彼らは円卓騎士の重要性を痛感していた。


「1人欠けるだけで一大事だというのに2人欠けるとは……難儀なものだ」

「ええ……」

「ところでエサノア捜索の進捗はあるか?」

「いえ、残念ながら」

「そうか……」


 イエルカは目線を下ろした。


 エサノア失踪という謎の事件……という体裁にされた特殊性癖女殺害事件。

 人見知りのエサノアは失踪しそうかと言われればしそうな性格のため、魔族の仕業だという声が上がった程度でイエルカが疑われる事はなかった。


「ペルフェリアには私が行こう」


 さらっと言い放ち、イエルカは腰を上げた。


「なっ……またですか!?」

「軍を寄越すよりは私一人のほうが速いし、親衛隊は後から続けばよい。早急な穴埋めだろう?」


 馬で駆けるよりも魔法を使って走ったほうが速いのは周知の事実。


「どうせ死なぬのだ。心配される命はない」


 おすそ分けできそうなほど自信に満ちたイエルカの立ち姿にサモナは納得しかできなかった。


 最強の騎士王が再び猛威を振るうのだと。


 イエルカが執務室の扉へ向かった。その時、鉢合わせするように扉が外側から開かれる。


「騎士王陛下へ伝令ッ!!」


 息を荒くした男の兵士が現れた。

 勢いが良すぎてぶつかりそうになったが、イエルカはそんなことでは怒らない。


「……話せ」


 兵士は一呼吸置いてから言う。


「昨夜、ペルフェリアの戦況が逆転! 魔王軍の司令官ハマーロが死亡し、魔王軍が退却しました!」


 予想外というか奇想天外。伝令に来た兵士自身ですら信じられない出来事だった。

 イエルカは唖然とした顔を正してから問う。


「何が起きた……?」

「農村での交戦中にハマーロが単独で突貫し、魔王軍の兵士たちを巻き込んで自害したとのこと……」

「第一魔術団の策ではないと」

「はい。現在は原因を調査中のため勝利報告にはなりませんが、ペルフェリアの奪取は近いそうです」


 しばしの沈黙の後、サモナはイエルカと目を合わせた。


「イエルカ様……これはなんという僥倖ぎょうこう……!」

「くッ……フフ…………!」


 察しのついたイエルカはだらしない笑いが出そうになって口を押さえる。


「ああ、これで一歩前進だな」


 それもまた本音だ。しかし奥底では……

 

(そちらも仕事が上手なようだ。魔王ワルフラ!)


 思わぬ儲けものに喜ぶほかない。


 あの密約があるとこういう事態が起こる。

 円卓騎士の死で魔王軍に優位を差し出したように、司令官の死で


「ペルフェリアの対応は我が友に任せよう。私たちは予定通り南下、まずはグランノットに向かう。そこで南方面軍と合流し、膠着こうちゃくばかりの鬱屈な森を切り開くぞ!」


 協力とも言えるような形で戦力不足が解決し、イエルカの方針は元に戻った。


「ということはイエルカ様……カミロ様に会われるのですね……」


 その反面、サモナは固唾を呑んでいた。

 あの男――カミロのことを危惧したからだ。


 カミロという名を思い浮かべると、イエルカは沸き上がる怒りを原動力にせざるをえない。


「……フン、良い機会だ。今一度、円卓騎士の在り方というものを叩き込んでやろう……!」


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