3話・王子二人
今日も今日とて、ソニアはシャルルの寝顔を眺めていた。朝いつもスッキリ目を覚ますソニアと違って、シャルルは寝起きが悪く、朝はなかなか起きないのだ。
シャルルの整った高い鼻筋を見て、ソニアは「うふふ」と口元を緩める。長いまつげを見ているのも、薄く開かれた唇を見ているのも、穏やかな寝息と共に上下する胸を見ているのも、ソニアに多幸感をもたらした。
シャルルの隣で眠るようになって、だいぶん経つが、シャルルの寝ている姿はいくら見ても飽きない。シャルルの顔の造形がソニアは大好きだった。
見ているとドキドキするし、同時にとても幸せな気持ちになって心が潤う。
「……ん、ソニア……?」
「あっ、おっ、おはようございますっ」
夢中になって眺めているうちにやがてシャルルは起きてくるのだが、そのたびソニアは慌てて居住まいを正すのだった。きっとこうもじろじろと顔を眺めていることを知られたら、あまりいい気はされないだろう。
バレていないかしら、とどぎまぎしながらソニアはシャルルに微笑む。
「……暖かくなっても、眠いものは眠いな……」
「そ、そうですね、今は……ティエラリアでは『夏』なんですよね?」
「ああ。君からしたらようやく『春』くらいの気候に感じるかな」
ようやく、山の麓あたりの雪が溶けてきたが、遠くに見える山の上の方はまだまだ白く彩られているままだった。ティエラリアの夏の時期は短い。あっという間にまた雪が降るようになるから、雪が本格化してくる前にできるだけ復興を進めたいとシャルルは話していた。
「そうだ。そういえば今日、もしかしたらノヴァが来るかもしれないと連絡が入っていて」
「ノヴァくん?」
シャルルは頷く。
ノヴァ。シャルルの甥――つまりは、カイゼルとマリアの息子だ。
普段は親交国に留学に行っていて、ソニアはまだ二回しか会ったことがないが、幼いながらとてもきれいな顔をした男の子で、大変可愛らしい子だった。
「どうしたんですか? 向こうで学校に通っているのですよね、今はお休みなんですか?」
「ああ。どうも、運悪く台風の被害で校舎がやられたみたいで……。元々老朽化が問題視されていたようで、これを機に本格的に補強工事を行うらしいんだ。ほとんど建て替えとかで」
その間、臨時休校になったのだとシャルルは話す。
「王都で兄貴たちとゆっくり過ごすんだと思っていたんだが、どうも
「まだ若いのに、真面目ですね……」
「うん、多分兄貴に似たな。兄貴ももう俺が物心ついたときには大人顔負けになってたから」
「ふふ、そうなんですね」
兄のことを話すときのシャルルはいつも目がキラキラしている。そんなシャルルを見てはきっと兄のカイゼルのことが大好きなのだろうと、ソニアは微笑ましい気持ちになるのだった。
「何事もなければ今日辺り馬車が着くと思うんだ。きっと君に会うのも楽しみにしているから、よかったら時間を作って会ってやってくれないか?」
「もちろんです! 私も楽しみです」
ソニアがはにかみながら答えれば、シャルルも優しく目を細めた。
◆
そして、昼を告げる鐘が鳴らされる頃、ノヴァはやってきた。
シャルルに呼び出されたソニアは作業用に着ていた服から普段着に着替えて、ノヴァが待つという応接室の扉を開ける。
応接室とはいっても、簡易的に作られた建物に設けられたものだから簡素な部屋ではあるのだが、ちゃんと部屋の中央には大きな机が置かれていて、ノヴァは脚の長さがまだ合わない椅子にちょこんと座っていた。
ソニアが来たことに気がついたノヴァは振り向くと、にこりと微笑み、ぴょんと飛び降りるように席を立った。
「こんにちは、ソニアさん。今日もごきげん麗しいですね」
「ノヴァくん!」
ソニアを見上げ、挨拶をするノヴァはまさしく美少年という容姿をしていた。シャルルがこのくらいの年頃ならば、こういう見た目だったろうか。シャルルと同じ濃い銀の髪は美しく、明るい黄緑色の瞳は丸く大きく煌めいていた。もちろんまつげは長い。
シャルルとは叔父甥の関係であるから、正しくはシャルルではなくて父親のカイゼルに似たのだろう。カイゼルはひげを生やしているせいでずいぶんと厳かな印象があるが、実はひげを剃ったらカイゼルもシャルルとそっくりなのかもしれない。
「建国祭以来ですね、結婚式の時も、建国祭の時もあまりお話しできませんでしたから、しばらく一緒に滞在できそうでうれしいです」
まだ声変わり前の高い声をしているのに、流暢にノヴァは喋る。とても十歳とは思えないほどだ。
「私もまた会えて嬉しいです。ノヴァくんのお話しもたくさん聞かせてくださいね! ……ええと、それから……」
ソニアはノヴァの傍らにいた美青年に目をやる。目が合うと、ニコリと微笑まれた。
線が細く、柔和な雰囲気を持つ男性だった。薄いブラウンの髪を長く伸ばし、後ろで結んでいるのがよく似合っていた。彼もまた席を立ち、ソニアに握手を求めた。
「初めまして、僕はエリック。ノヴァが留学しているカラディスの第三王子だよ」
「あっ……は、初めまして」
差し出された手をソニアは慌てて握り返す。
カラディスの王子――。しかし、まだ一度も会ったことはないはずだ、とソニアは思いを巡らす。
「あはは、僕は三番目だから『お前は行かないでいい』って言われちゃって結婚式にも建国祭にも行けなかったけど、君とはずっと会いたかったんだ。なにしろ、あのシャルルのお嫁さんだろう?」
そんなソニアの思考を読んだのか、エリックは朗らかに笑う。そして、目を細めたエリックはソニアを上から下まで舐めるように眺めた。なんだかその視線がむずがゆくてソニアは身じろいだ。
「……エリック、人の嫁をそうじろじろと見るな」
「ごめんごめん、あんまりきれいな人だから、つい、ね?」
シャルルに低い声で制されても、エリックはあまり悪びれず、ぺろりと舌を小さく出してウインクをして誤魔化す。
「ノヴァから話は聞いていたけど、本当にお美しいね。今度招待状を出すから、カラディスの舞踏会に一度来てくれないかな? 君のドレス姿も見てみたいな」
「え、ええと、あっ、ありがとうございます……!?」
「なんならドレスも一緒に贈りたいくらいだけど……さすがにそれはシャルルが怒るだろうからなあ」
「当たり前だ」
シャルルが片眉をしかめながら、エリックを睨む。だが、エリックは怯んだ様子は一切無く、ただただニコニコと笑顔を浮かべるばかりだった。
「あの、お二人はご友人なのですか?」
なんとなく近しい雰囲気にそう問えば、シャルルよりも先にエリックが反応した。
「うん。カラディスとティエラリアは持ちつ持たれつの親交国だから。ノヴァが今カラディスに来ているように、俺もティエラリアで過ごしていたことがあるんだ」
「わあ、そうだったのですね!」
「気になる? いいとも、いくらでも話を聞かせてあげるよ。よかったら今夜……」
「エリック。昔話をするなら俺も一緒にいいかな」
「はは、旦那が目の前にいて口説くもんじゃないな」
エリックはわざとらしく、シャルルの目の前で両手をヒラヒラと振る。
「僕もノヴァと同じ学校で学んでいてね。でも、どうせ休校だし、それならまたティエラリアに来たいなあ、って。ついて来ちゃった」
おどけていたエリックだが、不意に真面目な表情を浮かべ、シャルルを見上げた。
「雪崩の話は聞いたよ。災難だったね。僕の国は災害復興のノウハウが結構あるからさ、なにか手伝えるかなと思うんだ」
「……そうか、ありがとう」
シャルルは口元を緩め、謝意を伝える。そしてソニアを振り向いた。
「ソニアはあまり知らないかな。エリックのカラディスという国はとても豊かで世界でも珍しいほど四季のはっきりした国なんだが、自然災害が多くて、災害の対策や被害を受けてからの立て直しには長けているんだ」
「長けているというか、慣れているというか。まあ、ご先祖様に感謝だよね。僕たち自身はそんなに気にしないで生活してるよ! 大体小規模なやつがよく来て『またかー』って感じで!」
「……あと、国民性はこんな感じで、大らかで朗らかなんだ。明るい人が多いから楽しい国だよ」
「そ、そうなんですね……」
アルノーツは閉鎖的な国だったから、知らなかった。
ティエラリアで暮らしていくのなら、ティエラリアのことだけではなくて、周辺諸国のこともちゃんと学んでいかなければとソニアは拳を固くする。
「エリックは頭は悪くないのに、いつもふざけてばかりなんです。一国の王子なのに……」
「王子って言っても、僕は三番目の王子だからねえ。バチバチし合ってる兄たちに巻き込まれるのはごめんだし、ちょっと遊んでるくらいでちょうどいいんだ」
ノヴァはむっつりと眉をひそめる。同じ学校に通う王族同士、ノヴァとエリックもまた仲が良いのだろう。
「そんなわけだからよろしくね。じゃあ、親族水入らずで話したいこともあるだろうから、僕は先に失礼するよ」
「ああ、部屋は廊下で待機している侍女に聞いてくれ。またな」
シャルルに頷いて見せ、エリックはゆっくりと歩き出す。
「え?」
そしてなぜかエリックは再びソニアの手を取った。
「じゃあまたね、ソニアさん♡」
たっぷりと含みを持たせながら微笑まれ、ソニアは戸惑う。
「ええと」としどろもどろになっているうちに、エリックは「じゃあねー!」と足取り軽く退室していった。
「……全くアイツは……。ソニア、アイツのすることは真に受けなくていいから。今度会う時は俺の後ろにでも隠れていて」
「え、あ、は、はい」
「エリックはいつもこうなんです。美人を見つけると見境なく近づいていって……ソニアさんもビシッと言っていいですからね!」
ノヴァはほおを膨らまし、腰に手を当てて怒りを示す。大人びてるノヴァにしては子どもらしい反応になんだか感動しつつ、ソニアは「うーん」と眉を寄せた。
(……なんだか、独特な方ですね……?)
握りしめられた手を、ソニアは呆然と眺めた。
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