4話・聖女の力
ノヴァとエリックがやってきて数日。ノヴァは叔父として慕うシャルルのそばで過ごすことがほとんどだった。
朝はソニア、シャルル、ノヴァの三人で朝ご飯を食べた後はシャルルとノヴァの二人で復興のための仕事に赴き、ソニアは畑に行って作物の世話をしに行くため、二人と別れるのが常だ。
今日もソニアは裏庭の畑に向かうが、先客がいた。
スラリと細い手足のシルエット、束ねられた薄茶色の長い髪――エリックだ。
目が合うと、すぐにエリックは目を細めて微笑む。
「やあ。君がここの畑を育てているんだってね。聖女さん」
「は、はい。……えーと」
迷いながらも、ソニアは頷く。まだ『聖女』と呼ばれることには慣れていないが、否定する言葉はなんとか呑み込んだ。
「……ティエラリアはとにかく寒いからなあ。野菜なら大根とかキャベツとかが育てやすいと思って種をいくつか持ってきていたんだ。よかったら使って」
「わっ。ありがとうございます!」
ニコリと笑いながら、エリックは懐から小さな袋を取り出して、ソニアに手渡してきた。広げると、彼の言うとおり小さな種が中に入っていた。
「ここほどじゃないけど、僕の国も冬はガッツリ寒いからね。寒い気候でも育つ作物の研究は進めているんだ、結構雪も積もるんだよ」
「四季がハッキリとある国だそうですね、夏はとっても暑くなって、冬はとても寒いのだとか……」
「そうそう。君のところは四季はあってもそんなに極端じゃないでしょう? アルノーツは過ごしやすそうでいいなあ」
エリックと話しながら、ソニアは少しホッとする。初めてエリックと会った日、「少し独特な人だなあ」という印象を持ったけれど、こうして話をしていると、いい人そうだ。
「君が一人で畑をやっているの? 女の子に一人でこんなことさせてるなんて……」
「あっ、えっと、そ、そんなたいそうな規模ではありませんし……その、『検証』の意味合いがありまして」
「検証?」
目をぱちくりとしたエリックにソニアは頷く。
「はい。私には『聖女』の力がある――らしいのですが、使おうと思って使うと、やりすぎて作物を枯らしてしまうんです。でも、シャルル様の仮説だと、もしかしたらただ普通に育てているだけでも成長促進をさせられるのでは? ということで、ここの畑は私一人で育てているんです。お試しで」
「……へえ」
「あっ、でも、畑の土を運んだり、力仕事はシャルル様がほとんどしてくださってて私は本当に種撒いたり、苗を植えたり、水をまいたり程度で……!」
「ふふ、力仕事まで君一人にさせてたらひどいよね。シャルルはそんなことしないよね」
「はい! シャルル様はお優しいですからね!」
エリックは昔馴染みだと名乗った通り、シャルルのことをよくわかっているらしい。シャルルが優しい人物だと認められていることが嬉しくてソニアは顔を綻ばせる。
「なるほど。……『聖女』の力、ね」
「本当に私がお世話しただけでなにか効果があるのか、それをどう活かしていくべきかはまだわからないのですが……」
「君一人でティエラリア全土をまかなえる規模の畑を世話するわけにはいかないものね」
「そっ、そうなんです。でも、色々試してみないことには、何もわからないままですから……」
「はは、もちろん、そうだろうよ。良いと思うよ、初めてのことに臨むときって、大体そんなものだろう?」
エリックは金色に見える明るい色彩の瞳をスッと細める。
「ごめんね、本当はお水かなにかあげにきたんでしょう。僕のことは気にしないでいつも通りお世話をしてあげて?」
「えっ、あっ、は、はい! 」
促されて、ソニアは少し慌てて支度を始める。
樽に溜めておいた水をじょうろにすくい、たどたどしく畑にまいた。
(昨日は芽が出たんですよね! 今日はもっと大きくなるかしら)
エリックの存在が気になりつつ、ワクワクとしながらソニアは水を与えていく。
「……」
「あっ、すごい、今、ニョキッと伸びましたね!」
昨日芽ばいたばかりの小さな葉は少し大きくなり、丈がニュッと伸びた。目に見えてわかりやすい変化にソニアは喜ぶ。
「……いやいやいや」
「?」
エリックは苦笑いで小さく手を横に振る。
「どうかしました……?」
「……あのさ、これ、シャルルは何か言ってた?」
「え? 『やっぱり君はすごいな』と仰ってましたが……」
「うーん、いや、まあ、そうだよね、そうとしか言えないよね」
手で口元を覆い、目を斜め上に泳がせながらエリックは苦い声を出す。
「あのね、ソニアさん。普通は水まいた瞬間に植物が成長するってことはないんだよ」
「えっ」
「いやあ、すごいね。『聖女』、かあ……」
――普通では、ない――?
狼狽えるソニアに、エリックは今度はニコッと笑ってみせる。
「君はこれで、力を使っていないって感覚なの? ……君が本当に力を使ったところも見てみたいな」
「えっ、えっと、それは……」
ソニアは先ほどエリックから貰った種の入った袋に目をやる。
「……でも、私、力を使うと本当に一気に枯らさせてしまうので……」
「植物が枯れるのってそんなに悪いこと? 種も残らないの?」
「は、はい」
「うーん、そうか。それは残念」
エリックは軽い調子で言うと、笑みを深めた。
「君に会いに来てよかった。面白いものが見れたよ。他にも君がどんなことができるのか、知りたいな」
極めて友好的な笑みを浮かべ、エリックは甘い声でそう囁いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます