第41話・それから
◆
アルノーツでの魔物騒動があったものの、予定通り開催されたティエラリアの建国祭はいつも以上の盛況ぶりを見せた。
例年であればティエラリアに魔物が多いことを理由に参加を辞退する国が、最近のティエラリア王都周辺での魔物の出没数減少の知らせを受けて出席するようになったり、普段ならばもっと来賓への警備にコストがかかるのだが、そのコストを別のところに回せるようになり、より華やかな祭とすることができたりと、そんなわけで今年の建国祭は非常に賑わった。
「どうなるかと思ったが、ダンスの練習も間に合ってよかったな。君が義姉さんと頑張って練習していてくれたおかげだ」
「きょ、恐縮です……」
アルノーツからの救難要請があったのは建国祭のじつに二週間ほど前のことだった。フェンリル達を急ぎ走らせ港町カイトンに赴き、その日のうちに事態を解決して一泊したのち、すぐさま帰国してようやくなんとか間に合ったのだった。
その活躍はティエラリアはもちろん、各国の来賓もすでによく知っていて、ティエラリア王家による伝統の踊りを披露する際には「あれが噂の『聖女』か!」と非常に大きな盛り上がりを見せた。
それをシャルルが「花の国から来た俺の最愛の花嫁だ」と言って煽るから、ソニアはガチコチに固まって不自然すぎるほど口角を上げて微笑むしかなかった。
(この……怒涛のいたたまれなさは……結婚式の時のことをちょっと思い出しますね……)
ともあれ、リリアンをはじめとする侍女隊が今日の日のためにソニアのことをとびきり美しく、華やかに磨き上げてくれたおかげで、黙って微笑んでさえいればソニアは思わず息を呑むほどに美しかった。
ティエラリアでは貴重な生花を柔らかな細い金糸のような髪に絡ませたソニアはまさに『花の国から来た美しい花嫁』の容貌だった。
ソニアは多くの人に囲まれている緊張感の中、隣にいるシャルルを見上げる。
今日の彼もまた、一段と男前に見えていた。端正な顔だちがハッキリと見えるよう、前髪をあげ、惜しみなくその凛々しいルックスを晒していた。
ふと、目が合うと、シャルルはソニアの手をとり、口付けてみせる。巻き起こる歓声。
狼狽えるソニアにシャルルは少し茶目っ気混じりにウインクして見せた。
ここに誰もいなければソニアは「わー!」とか「きゃー!」とかの類のことを叫んでいたが、今この場でそんな姿を見せるわけにはいけないことくらい、教養のないソニアも弁えている。
ソニアは少し迷って、シャルルの片手を両手で包み込み、そしてそのまま彼の胸に甘えるように自分の身を預けた。
出番を終えて、控室で二人、少しだけくつろぐソニアとシャルル。シャルルは長い指先でソニアの細い髪をゆっくりとときながら、優しい声で囁いた。
「『聖女』と呼ばれるに相応しい美しい気品に溢れた花嫁だ、とみんなが言っているのが聞こえた」
「恐縮すぎますね……」
「聖女と呼ばれるのはまだ慣れない?」
「……はい。でも、私は『聖女』で、持っている力はちゃんと使って、お役に立ちたいなと思います」
シャルルはスッと目を細める。
「君はここにいてくれるだけでいいんだけどな。……いろんな意味で」
あまりにも愛しげな目つきと声色にソニアは慌てて首を振る。
「そ、そんな、私、なんだかんだで『聖女』の力がなかったら、それこそなんの取り柄もない女ですから」
「俺は君が『聖女』じゃなくても好きになっていたけどね」
「ひえ」
「いつも君、そういう反応するよな。そろそろ慣れてほしいが……」
「すすすすすみません」
シャルルは苦笑したのちに、一転して真顔になって、ソニアの目をじっと見つめた。
「……そういうところも好きだよ。素朴なところとか、斜め上でも自分で色々考えて行動しようとするところとか、嘘がつけないところとか、結構頑固なところとか」
「私、頑固ですか……?」
「最初の頃は俺がなにを言っても「私は罪人ですから……」って言い続けてたろ」
ソニアはぐうの音も出てこなかった。
シャルルはくすくすと笑う。その間にも、シャルルはソニアの髪に指を絡ませていて、少しくすぐったい。
「君は?」
「えっ、わ、わたし?」
「君は俺のこと、好きなところある?」
「……え、えーと……」
急に振られるとは思っていなかったソニアはわかりやすく狼狽える。
ちらちらとシャルルを窺い見れば、絵に描いたように美しく整ったその容姿で愛しげに目を細めてソニアを見つめていて、さきほどは我慢していたが、今度こそ耐えきれずソニアは「ひゃー!」と思い切り悲鳴をあげた。
「か、か、か、顔が良すぎます!」
「顔? ……君、俺の顔が好きなのか?」
シャルルはきょとんとして、ソニアに聞き返す。
ソニアは涙目でコクコクと頷いた。
(ほ、ほんとうはもっと色々あるのに、一番俗っぽいことを挙げてしまった……!)
思わず口をついて出てきてしまった自分のあまりにも浅い『好きなところ』に、我がことながらソニアはショックを受けていた。
だが、あまりにもシャルルの顔は良かった。そして、ソニアは事実シャルルの顔の造形がとても好きだった。
(アイラのことを『イケメン好き』だなんて言えない……)
――なんだかんだ、似たもの姉妹なのかもしれないとソニアは頭を抱えた。
「……そうか、嬉しいな」
だが、ソニアの思いとは裏腹に、シャルルは顔を綻ばせて見せる。
「……えっと」
「顔は自分の意志で選べるものじゃないからな。性格や言動よりも、努力ではどうしようもできない部分だろう? 俺の顔が君の好みでよかった」
ソニアが「どうして?」と疑問符を浮かべながら、シャルルの表情を窺い見ると、シャルルはそう言いながらうっすらと白い歯を覗かせながら、ひときわ爽やかに笑っていた。
(ま、眩しすぎるんですが!?)
そして、シャルルの大きな手のひらがソニアの手を優しく包み込む。
「結婚式でも誓った。今日の建国祭での夫婦の踊りの時でも、誓った。けど俺は、今ここでもう一度誓うよ。俺は君の良い夫であり続けたい。……これからも、よろしくな」
「は……はい……」
シャルルのあまりにも強すぎる顔の良さに圧倒されたソニアは、とうとうこの場では『他にもあるシャルルの好きなところ』を挙げられずに終わった。
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