第40話・落としどころ


「あ、あたし? ふふん。なるほど、姉は有り余る力を使いこなせない落ちこぼれだから、代わりに神様はあたしを優秀な聖女として生まれさせたんだろう、ってこと?」


 急に名前が出てきたことに、機嫌を良くして金色のロングヘアーをたなびかせたアイラだが、「いいや」とシャルルは静かに首を振った。


「君は彼女の『調整役』なんだ、アイラ王女殿下」

「……どういうこと?」


 アイラは愛らしい顔をひきつらせた。


「ソニアの聖女としての力は過剰すぎる。普通にはその力は扱えない。……だから、君は、彼女のその過剰すぎる聖女の力をちょうどよく使えるように『調整役』として生まれてきたんだ」


 アイラは目をぱちくりとさせ、一拍置いてからシャルルに食ってかかった。


「……なにそれ。あたしが、お姉様のおこぼれで聖女の力を使ってた……ってこと!?」

「ああ。ソニアの過剰すぎる力を妹である君が借りるような形で受け取って、そして力を行使していたんだ。そうならば、ソニアがいた時は問題なく力を使えていた君が、ソニアがアルノーツを離れてからは聖女の力が弱まっていったことにも説明がつく」

「……っ」

「君はティエラリアにも一度やってきたな。ソニアにも会っただろう? ……その時、もしかして、弱まった力が少し回復しなかったか?」


 心当たりのあるらしいアイラはぎり、と歯を噛み締めたようだった。


「あなたたちの国にも同じ伝承があるかはわからないが、俺たちティエラリアとアルノーツの国境近くにある集落では『大神は祝福を間違えることがある。そして、そのあと『調整』をするのだ』という言い伝えがあるそうだ」

「そ、そんなのは、単なる伝承だ! まさか、そんな……」

「だが、実際に起きていることを考えてみてほしい。ソニアがいた時にはアルノーツの国に魔物は存在していなかった、妹アイラ王女も力を使えていた。だけど、ソニアがいなくなったらアイラ王女はどんどん力が弱まっていき、聖女の加護が薄れたことで魔物がやってくるようになった」

「……くっ」


 ケイオスは苦虫を噛み潰したような表情でシャルルを睨んだが、このまま二の句が告げられることはなかった。


「貴国の王女、聖女アイラは単身では聖女の力を使うのはままならない。彼女は過剰な力を制御できないでいるソニアが傍らにいることで、はじめて聖女の力を扱うことができる」

「……なんてこと……」


 嘆き声をようやく絞り出せたのはアイラ本人ではなく、彼女の母マルガレータだった。

 アイラは青い顔で自分の爪を噛み、ソニアとシャルルを睨んでいたが、それだけだった。


「……なので、ご提案なのですが」

「なんだ……ッ、ソニアをアルノーツに帰すというのか……?」

「そんなわけはないでしょう、私は『聖女』であるかどうかに関わらず、妻を一人の女性ひととして愛しています」


 ケイオスは驚きで目を見開き、王妃マルガレータは「まっ」と言いながら少しだけ頬を赤らめて怪訝にシャルルとソニアを交互に見た。


「それが大前提であるうえで申し上げますが……敗戦国に温情をかける条件である『聖女』を、益もないのにお返しするわけないでしょう? 貴国はもう少し他国との関わり方を学んだ方がいい」


 瞳を伏せ、落ち着き払って言ってみせたシャルルにケイオスは眉間に皺を寄せたが、今の自分の立場を弁えているのか、苦言は呑み込んだようだった。


「ティエラリアでは先日、雪崩れにより国境近くにあった集落が一つ潰されました。私、王弟シャルルはその地に領主として赴く予定です。ソニアと共に国境沿いに住まえば、恐らくアルノーツにも加護の恩恵がいくでしょう」

「……つまり?」


「ご提案です。ティエラリア王国王弟妃ソニアの力を貴国にお貸しするその代わりに、報酬として貴国の農畜産物の三割をいただきたい」

「さ、さんわり!? お、おい、本気で言っているのか?」

「妥当なところでしょう。今後魔物に頻回に襲われるようになれば、三割以上の被害が出ることは見込まれますし、聖女の力は実りを与える力もあるのですよね。と、なれば力による報酬物として求めるにはむしろ良心的な数字かと思いますが……」


 シャルルは顎に手をやり、「ふむ」と考えるそぶりを見せる。

 整った容姿であるゆえに、そういった所作も堂に入って見える。


 ソニアが完全に棒立ちでいるのは、「俺に任せて」と言われているから――という以上に、ただただ話の展開についていけないから、というのが正直なところだった。


(……ウロボス様の集落が辺境領として再興されるという話も、私たちがそこに住まう予定というのも、私……初耳なのですが……)


 だが、その情報自体はハッタリではないのだろう。

 この交渉はハッタリかもしれないが。


(アルノーツ王国とのことが無くとも、元々あの地に辺境領としてお住まいになる予定はあったのでしょう。ここぞとばかりに、交渉している……というところでしょうか……?)


 ぼんやりとソニアがそんなふうに考えているうちに、シャルルは「そうだ」と笑顔で手を叩き、改めてケイオスに条件を打診した。


「恒常的に三割、そしてティエラリアの要請があればアルノーツ王国において特段の理由がない限り、要請に応じて任意の農畜産物を任意の量融通する、あたりでいかがでしょうか」

「……!」


 ケイオスは絶句する。


 ――だが、『魔物による被害』を考えると、どうやら頷くしかないようだった。


 ◆


「……」


 王の間を退室してからもソニアは放心状態だった。


「な、なんだか、まとまってしまった……?」

ティエラリア俺たちの方が圧倒的に上の立場だからね。当然だよ」


 はは、とシャルルは先ほどまで国王陛下らを脅していたとは思えないほど爽やかに笑って見せた。


「……まあ、ぐうの音も出ないようにしてやるのはこれくらいかな。あんまり絞ってもそれで本当に困るのは王ではなくて国民達だからな……」

「シャ、シャルル様、すごいですね……」

「ちゃんとした検証は今後になるが、おそらく、国境沿いに君がいればアルノーツの国の3分の2ほどはカバーできるんじゃないかな。そして、君の力の受信役としての妹を経由すれば余裕でアルノーツ国全土に聖女の加護を与えられるだろう」

「ええと……」


 本当に大丈夫なのだろうか、とソニアが不安な表情を浮かべていると、シャルルは目を細めながら説明を続けた。


「君がティエラリアの王都で住まうようになってから魔物の勢力が弱まった地域とその範囲をまとめていたんだ。それを参考に計算してみた」

「な、なるほど……?」


 いつの間にそんなことをしていたのだろう。

 そういった調査もフェンリル騎士団の職務の一つなのだろうか。


「ティエラリア王都から、アルノーツの王都まではさすがに範囲外みたいだけどな。それで君の妹はどんどん力を失っていたわけだ」


 『調整役』と言われた時のアイラの表情を思い返し、ソニアは複雑な気持ちになる。

 お互いに『そういうふうに生まれてしまったから』としか言いようがないが、ソニアはアイラに対して憐憫の気持ちが浮かんできていた。


(私が一人ではまともに力を使えないから、これまでアイラが代わりに『聖女』として頑張ってくれていたのだから……。『あたしはお姉さまのおこぼれで力を使っていた』みたいに思わずに、今まで通り自信満々でいてくれたらよいのだけど……)


 いままでは少し、歪な形だったけれど、お互いの力を自覚したこれからは姉妹二人で協力して聖女の力を使い合うことができるだろうか。


 カイトンで魔物を殲滅するときに二人で力を使い合ったのは、少し楽しかったなと思い出しながら、ソニアはアイラがこれからも『アルノーツの聖女』として活躍することを祈った。


「アルノーツの豊富な農畜産物もいただけることになったし、これで我が国の食料問題も少し解決だな。自国での生産力も並行してあげて行かなければならないが……。君の力を借りたら、少しは良くなるかな?」

「わ、私、でも、草木はやりすぎて枯らしますが……」

「色々検証してみよう。君が水やりした畑だけよく育つとかあるかもしれない。……肥料を作ってもらうとかいいかもな」

「が……頑張ります!」

「ほどほどにな。なんだか、君にやってもらうことがすごく多くなりそうだ」


 胸の前で両手を固めるソニアを見て、シャルルはクスリと苦笑する。


「君に頼り切りでも、君がいなくなった後の代が困るからな、頑張らないとだ」

「は、はい!」


 そして、ソニアは『ティエラリアの聖女』としてシャルルと共にティエラリアへ帰還した。

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