第24話・アイラのティエラリア訪問③

 そうと心を定めたアイラはシャルルにふわりと笑いかけ、歩み寄った。


「初めまして。アルノーツで『聖女』を務めております。第二王女、アイラと申します」


 『聖女』というのを強調しながらアイラは名乗ってみせる。

 シャルルも小さく笑んで返してくれたのを確認し、アイラは表情を今度は曇らせてみせた。


「すでにお気づきかもしれませんが……実は姉には『聖女』の力がないのです。本当は……あたしが嫁ぐはずだったのですけど……」


 アイラはシャルルの手を取る。

 だが、シャルルのもう片方の手がそっとアイラの手を引き剥がした。


 まあ、貞淑で誠実な方なのね、とアイラは目を細める。


「姉が私が嫁ぐのだと譲らず。姉の暴挙を止められずごめんなさい。あたし、ずっと気がかりで……。それで今回、この国に来たんです」


 アイラがこの国にやってきた理由は、姉がいなくなってから自分の力がめっきり弱くなってしまった真相を姉の口から説明してもらうためだったが、あえてアイラはそれを偽った。


 こうなったら、姉とあたしの立場を入れ替えてしまえばいいじゃない?

 アイラはそう判断したのだった。


 姉も、聖女の力が使えないなりに、薬だのなんだのを使って実は役に立っていたようだし。それならアルノーツに戻って、本物の聖女の自分の代わりをするのも、まあ、なんとかこなせるだろう。


「本当に大変な失礼をいたしました。これからは本当の聖女であるあたしが代わります。姉は……国に帰らせますわ」


 アイラはもう一度、シャルルに手を絡めた。


 今度こそシャルルはその手を握り返した――かと思いきや、シャルルの大きな手のひらはアイラの手をぐいと引っ張り、厳しい顔でアイラを見下ろしたのだった。


「あなたは何を言っている?」

「いっ、いたっ、な、何をするのよ!」


 アイラは慌てて手を引く。


「それはアルノーツ王のご判断か?」

「え……」

「あなたの独断での発言か。であれば、受け入れられるわけがない」

「……っ」


 シャルルの鋭い目線に、アイラはたまらず目をそらし、唇を噛んだ。


「姉に力がないのは、本当です……っ。使い物にならない偽物を送り込んだこと、父に代わりあたしが謝罪いたします……っ」

「……それは君の謝罪で済むような話かな」


 目を細めたシャルルに、アイラは「それは……」と言葉を濁す。


「君たちはソニアが聖女ではないと認識しながら、彼女を嫁がせたとするのなら、それはアルノーツが我々を謀ったということに他ならないが。……君はそう主張するのか? 本気で?」

「……っ、も、申し訳ありません。ですのでっ、あたしが……代わりに……!」


 シャルルは細くため息をつき、首を横に振った。


「今のあなたの発言は全て、聞かなかったことにしよう。ひとまずここはこれで手打ちにしないか?」

「なっ……ティエラリアが求めたのは聖女でしょう!? 姉には聖女の力はないのに!」


「君たちの国が彼女をどう思っているかは知らないが、我々は彼女を間違いなく聖女と考えている」

「……は?」


 アイラはぽかんと目を丸くする。

 シャルルのオリーブグリーンの瞳には一点の曇りもない。芯から姉を、聖女そうだと認識しているのだという力強い眼差し。


 あの姉が? 草木を枯らし、人の肉を腐らせる、滅びの力しか持たないあの姉が?


(……どうやって取り入ったっていうのよ)


 信じられず、アイラは顔を歪める。


「それに、だ。私は妻、ソニアを愛している。そのように軽く妻を乗り換えろと言われるのは不快だ」

「…………はぁ?」


 ますます信じられない言葉が続き、アイラは絶句する。


 あの姉が? 愛されている?

 この見たこともないような整った顔の美男子に?


「あ、あんな、ぐずったれな女を好きだなんて……あり得ない……」

「……毎日共に寝ているんだ。妻以外の女性が俺の隣で寝ることなど考えられない」

「は、はあっ!?」


 愛のない政略結婚。愛されるはずもない、偽りの聖女。どうせ冷たい夫婦関係なのだろうと踏んでいたのに。


 シャルルは瞳を狭め、形の良い眉をひそめてアイラを見ていた。


「そういうわけだ。あなたの発言は全て聞かなかったことにしよう。さて、挨拶もできたな。わざわざ来訪いただいて申し訳ないが、妻は多忙だ。今日のところはお帰り願いたい」

「ま、待って。あたし、お姉様に会いに来たのよ。お姉様に会えるまで帰るつもりはないわ」

「……さきほどと言っていることが違うようだが」

「そ、それはその……とにかく、お姉様に会わせていただける⁉︎ 三分くらい時間がもらえたらいいの、二人でちょっと話がしたいの」


 アイラは焦りつつも食い下がった。

 シャルルが目を眇める。


 その時、窓が割れた。


「ひっ」


 真っ先に声を上げたのは侍女、マリベルだった。


「……! 鳥型の魔物、前回と同じ魔物か……?」

「や、やだ、こんなときに……っ」


 聖女の力の特性で、聖女の破邪の結界を打ち破れる力を持った魔物に狙われてしまう。おそらく、聖女の力は魔物にとって脅威だから、優先的に聖女を討伐できるような習性を持っているのだろうと推測されていた。


 アイラは焦る。魔物を屠る力はアイラはあまり強くなかった。

 代わりに厄災の力を持った姉は魔物を倒す力だけはやたらと強かったから、普段は姉に対処を任せていた。

 だがいまここに姉はいない。


 元々その頻度は高くはなかったが、姉がティエラリアに嫁いでいってから魔物の襲撃はめっきりなかったから、アイラは正直気が抜けていた。


(ティエラリアは元々魔物が多いというものね! 引き寄せちゃったかしら……)


 などと思いながら、アイラはやれやれとため息をつく。


(……でも、シャルル様にあたしの力を見せつけるチャンスかもね)


 あまり得意ではないけれど、魔物を屠る力を見せてやるか――そう気持ちを切り替えた。


 しかし、魔物はなぜかアイラには目もくれず、アイラの脇をスーッと飛んでいき、部屋の扉を破壊して城の廊下に出ると、どこかを目指して飛んでいってしまった。


「……え?」


 アイラがポカンとしている間に、慌ただしくシャルルが飛び去っていく魔物を追いかけていった。


「ちょ、ちょっと、なに⁉︎ ま、待ちなさいよ!」


 アイラもまた、シャルルのその背を追いかけて走る。

 来賓室には二度目の魔物の襲来に鉢合わせた侍女長が一人、腰を抜かして取り残されていた。

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