第23話・アイラのティエラリア訪問②
「……それでは、わたくしはこちらに控えておりますので。何かありましたらなんなりとお申し付けくださいませ」
マリベルと名乗った侍女は完璧な角度でアイラに礼をして見せた。
その仕草と、アイラをもてなすための支度をするまでの一連の彼女の働きを見ていたアイラは目を細める。
(嫌味なくらい完璧にこなすじゃない。それでいて、なーんとなく、嫌な感じ)
聡いアイラは中年侍女の持つアイラへの嫌悪感を見抜いていた。
そして、その嫌悪感はわざと感じ取れるように絶妙に出されたものであることも。
(……この女、あたしに……っていうか。アルノーツに恨みがあるんでしょうねえ)
アイラははあ、と小さく息をつく。
たしか、侍女長と名乗っていたか。侍女長ともなれば、暇ではないだろうに。
(わざわざ自ら志願して、アルノーツの姫のあたしの接待役になったんでしょうね。なーんともいえない嫌な気分にさせるために!)
アイラはマリベルの性格の悪さを見抜いていた。自分も似た性質を持つからわかる。
「ねえ、姉様には会えないの? 言ったでしょう。あたし、姉様に会いにきたの」
この調子だと、姉もこの女にいじめられていたのではないかとアイラは推察する。
まあ、ぐずな姉では嫌がらせを受けていたところでそれすらもわからなかったかもしれないが。
「ソニア様はただいまお勤めをなされておいでです。今回は急なご訪問でしたから、今すぐに来ていただくということは難しいかと。お勤めのあとも王族としての予定がおありです」
「お勤め? あら、ティエラリアの王族に嫁いだらどんなお仕事があるのかしら」
「ソニア様のお勤めは王族だからではありません。ソニア様にしかできないことをしていただたいております」
「……お姉さまにしか……?」
アイラは眉を歪めた。
あの姉にしかできないこと。何があるというのだろうか。
侍女は自ら言う気はないのか、しらっとした顔で姿勢良く部屋の隅に立っている。
「なんだっていいわ、あたし、お姉さまに会うまで帰る気ないから」
「……左様ですか。申し訳ございません。わたくしにはソニア様をこちらにお連れできるような権限はなく……」
頭を下げられてもアイラは謝られている気はまるでしなかった。
「……そろそろお茶のおかわりはいかがでしょう?」
「……ええ。お願いするわ」
こうやってずっとあたしのお茶を淹れ続ける気なのかしら、とアイラは呆れてため息をつく。
そうこうして、果たしてどれほどの時間が経ったろうか。
さすがのアイラも痺れを切らしてきた。
「ねえ、お姉様のいるところに案内してちょうだいよ」
「わたくしには判断しかねます」
「ご判断できる人に聞いてきてよ。それくらいできるでしょ」
侍女は「かしこまりました」と短く言うと、礼をして部屋を出ていく。
それから間も無く、侍女は人を一人連れて戻ってきた。
「……失礼する。妻の妹がおいでになられていると聞いて、挨拶に来た次第だ。私の名はシャルル。ようこそ、ティエラリアへ」
「――シャルル様?」
シャルルと名乗る長身の男を見るなり、アイラは目の色を変えた。
(なっっっんてイケメンなの⁉︎)
短く切った髪は濃い銀の色が美しく、澄んだオリーブグリーンの瞳は大きくて意志の強そうな印象を与える聡明な顔立ち。
背が大きく、引き締まってたくましい体躯。
アイラはしばし見とれていたが、ハッとして目を丸くする。
(待って……⁉︎ シャルル、って……。そしてお姉様のことを、妻、って……)
改めてアイラはシャルルを見る。
(この人が、王弟シャルル……⁉︎)
思わずごくりと生唾を飲んだ。
(な、なによ! こんないい男だって知ってたらあたしが嫁いでたのに! こんな男、アルノーツにはいなかったわよ⁉︎)
ちらりとアイラの頭にあることが思い浮かぶ。
――今からでも遅くないのでは?
近頃のアイラは、苦痛の日々を送っている。毎日毎日、苦しい身体をおして無理やり聖女の力を絞り出し、国民の傷を癒し続けている。
アイラは本当につらい思いをして勤めを果たしていた。
それもこれも、姉がいなくなってからだ。
アイラはきっと、姉が自分を呪っているのだと思った。
姉には聖女の力の代わりに厄災の力がある。それでアイラを呪って、聖女の力を弱めて苦しめているのだと。
しかし、実はこんな美丈夫と結婚していたとは。
(なによ! ティエラリアなんて野蛮な国に嫁いでひどい扱いを受けてると思ってたのに……!)
むしろ、いい思いをしてきたんじゃないか。
それなのに、そのうえ自分のことを呪うだなんて、ひどすぎる。
アイラは姉に憤りを覚えた。
アイラはこんなに辛い毎日を送っているのに。
ティエラリアのことはよく知らなかったが、こうして実際訪れてみると、雪の景色はなかなかきれいだし、外は寒いけれど建物の造りはなかなかよくて建物の中にさえいれば暖かいし、悪くない。
――毎日辛いお勤めをしないといけないアルノーツにいるよりも、ここでこのイケメン旦那と幸せになったほうが、間違いなく、いい暮らしじゃない?
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