第22話・アイラのティエラリア訪問
◆
マリベルの息子の一件で、アルノーツがティエラリアに残した戦火の爪痕を知ったソニアはまだ救える人がいるならば、とティエラリアとの戦で負傷した人々の治療を始めることにした。
城中の王族居住区域の空き部屋を借りて、ソニアは薬作りに励んだ。
「……ソニア。頑張っているな」
「あっ、シャ、シャルル様! ありがとうございます、作業部屋と、道具の手配までしていただき……!」
「当然のことだ。君がそんなに頭を下げるようなことじゃないよ」
机の上の調合器具にかぶりつきになっていたソニアは、シャルルの来訪に慌てて椅子を引き、頭を下げた。
シャルルは苦笑し、ソニアに頭を上げるよう促す。
「君の薬は……本当によく効くんだな。みんな、感謝していた」
「そ、そんな。それこそ、当然のことです。アルノーツが仕掛けた戦のせいで、みなさんを苦しめていたのですから……」
ソニアは罪悪感から目を伏せ、かぶりを振る。
「もっと早く思い至れていればよかったのですが……」
「そんなことはない。君は……アルノーツ王の思惑により無理やり嫁がされて、それどころじゃなかったろうし。それを言うなら、君の作った薬の効力を知ってすぐに俺が思い至っているべきだったんだが……」
シャルルは言葉を切り、口元を掌で押さえながら、眉根を寄せる。
「……まさか、ここまでとは想定していなかった。あんな重傷人を瞬時に救えるほど……とは……」
「……?」
シャルルのどこか剣呑な表情にソニアは首を傾げたが、シャルルは「いや」と浅く笑い、誤魔化してしまった。
椅子に座るソニアに一歩近づき、シャルルは優しい声でソニアに問いかける。
「義姉上とのダンスレッスンもあるだろう? 無理してないか?」
「いえ! とんでもないです。私、今までずっとのんびりと過ごさせていただいておりましたから……」
シャルルの気遣いに、ソニアははにかみながら答える。
ティエラリアの国に来て、数ヶ月。こんなにゆっくり眠れたことも、毎食温かい食事を満足に摂れたことも、かつてアルノーツで過ごしていたときにはなかったことだ。
そのうえ、特に求められるお勤めもない。ソニアの体調はいままでになく調子がよかった。
「こ、こうして、私でもみなさんの力に……お助けになれることができて、嬉しいんです。戦で傷ついたけれど、まだ間に合う人たちがいるのならば、救いたい……」
「……そうか。君は優しいな」
「とっ、とんでもないです! そもそもが、全てはアルノーツが……」
「ソニア」
ぶんぶんと手を振り否定しようとするソニアを、シャルルはいなした。
「君は……アルノーツでは力のない聖女だと扱われていたんだろう? どうしてその君が、薬を作るようになったんだ?」
「は、はい。私は……聖女の力は持ちませんが、でも、妹の補佐として、妹が行う神殿での治療会を手伝っていました。怪我や病に苦しむ人は絶えません。……少しでも、力になれれば、と。それで薬学を学びました」
「……そうか」
シャルルは目を細める。その目線がむず痒くてソニアは少し頬が熱くなった。
「聖女の奇跡に期待して訪れた人たちは、奇跡でもなんでもないただの軟膏や飲み薬で対応されると嘆く方もいらっしゃいましたが、でも、怪我が治るととてもとても嬉しそうな顔をされる方もいて……」
「……やりがいがあったんだな」
「は、はい。……私、本当に、何もできないやつでしたから」
「あの国にいたときにも、君が少しでも報われるようなことがあってよかった」
「? あ、ありがとうございます」
しみじみと言うシャルルを不思議に思いつつ、ソニアは礼を言う。
「え、ええと、シャルル様。シャルル様こそお忙しくありませんか?」
「うん?」
「私の護衛任務なんて……」
「ああ、さすがにずっとそばに……とはいかずに悪いな。できる限りは一緒にいられるようにしているんだが……」
「と、とんでもないです」
表情を曇らせるシャルルにソニアはまたも慌てて手を振った。
魔物の襲撃があってからというもの、シャルルは有言実行で本当にほぼ毎日ソニアのそばに護衛としてついてくれるようになってしまった。
フェンリル騎士団として外せない仕事もあるが、日夜ほとんどつきっきりといってもいいくらいだ。
「あの……ご心配いただいておりますが、魔物のことでしたら大丈夫ですよ。あの日もたまたま魔物がやってきただけで、私は聖女じゃありませんから、私が魔物を引き寄せているわけではないと思いますし……。万が一やってきても、私は魔物をやっつけるのは得意ですからね!」
「君に魔物を葬る力があるのは知っているが、だからといって、君だって魔物が怖くないわけじゃないだろう? ……それに、君以外の人間や物に被害が及ぶ可能性はあるしな」
ソニアはハッとする。
そうだ、この間だって、まんまと部屋の窓を破壊され、侍女長の身にも危機が及んでいたのに。
自分のことしか頭になかったことを恥じてソニアはシャルルに勢いよく頭を下げた。
「た、確かに! 申し訳ありません、私、思い上がっておりました! 私のためなわけがありませんでした!」
「君のためだよ。……今のは俺の言い方が悪かったかな……」
(こ、困った顔にさせてしまった!)
バツが悪そうな表情を浮かべたシャルルに慌てて何か気の利いたことを言えないだろうかとソニアが思考回路を目まぐるしく巡らせていると、慌ただしい足音が扉の外から聞こえてきた。
「――シャ、シャルル様! 大変です」
「……どうした」
飛び込んできたのは城の衛兵である。
彼はシャルルになにやら耳打ちをし、そしてシャルルは眉間に深い皺を作った。
「……すまない。ソニア、さっそくだが少し、君のそばを離れる」
「えっ、あっ、はい」
「君のことだから何事もないとは思うが……無理はしないでくれよ」
「は、はい! いってらっしゃいませ!」
こくこくと頷き、ソニアはシャルルを見送る。シャルルはニコ、と小さく笑って見せると、足早に衛兵と共に去っていってしまった。
(……一体、何があったのでしょうか……?)
大事でなければよいけれど、とソニアは小さく胸の中で祈った。
◆
「……一体どうなってるんだ、アルノーツの王族は。来訪願いは丁重にお断りしたはずだろう。これから先、建国祭もあるから、もしもおいでになるのならばその時にと伝えたはずだ」
「そ、そうなのですが、どうも、我々の返事が届くのを待たず、ご出立されたようで……」
「……来てしまったものはしょうがないな。彼女に会わせたくはないが……」
さて、どうすべきか。
シャルルは濃い銀の髪をぐしゃ、としながら、ため息をついた。
「とりあえず来賓室にご案内しております」
「ああ、ありがとう」
追い出すわけにはいかないから、やむを得ない対応だろう。
――アルノーツの第二王女、アイラ。
彼女がティエラリアに来てしまった。
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